エピソード23:“小さな妹”
思っているほど、悪くないよ。
ハーリンはベッドの上にあぐらをかいて座っていた。
部屋の隅には、開かれていないままの魔導書が置かれている。
その代わりに――
四つの木のペグが、小さな集まりのように彼女の前に並べられていた。
彼女はそのうちの一つを手に取り、上下にそっと揺らす。
「ハーリン、一緒に遊ばない?」
彼女はゆっくりとうなずいた。
「でも……どうやって遊ぶのか、わからない」
小さな声で答える。
ペグも、こくりとうなずかせた。
「ぼくたちの遊びは、魔法を使うんだよ」
「ほんと?」
彼女の瞳に、かすかな光が灯る。
「じゃあ、わたしもやりたい」
コンコンコン。
鋭いノックの音が、部屋を切り裂いた。
ハーリンは凍りつく。
ゆっくりと、手にしていたペグを置いた。
……
おじさん?
彼女はそっと扉へ近づき、わずかな隙間から外をのぞく。
息が止まった。
柱のように背の高い兵士が立っている。
磨き上げられた鎧に日差しが反射し、まぶしくて目を細めた。
ちがう……
待って……
彼は彼女を見下ろしている。
唇が動いている。
けれど、声が聞こえない。
自分の思考のほうが、ずっと大きかった。
兵士に聞かれたら――
ユキグの妹だ。
ユキグの顔が脳裏に浮かぶ。
兵士の顔と重なり、ぼやけていく。
繰り返してごらん。お前は――?
……
わたしは、ユキグの妹。
「わたしはユキグの妹です!」
思わず口にした。
兵士はため息をつく。
「それは知っている。ユキグからすでに聞いている」
一拍おいて、
「私が聞いているのは――なぜここにいる?」
ハーリンは口を開いた。
「え?」
顔から血の気が引く。
「わ、わたしは……」
「ユキグの妹……?」
かろうじて言葉を絞り出す。
兵士は目を閉じ、鼻筋をつまんだ。
「他州から来た子どもは……」
ぼそりとつぶやく。
「いったい何をそんなに怖がっているんだ」
彼はしゃがみ、目線を合わせた。
ハーリンの唇が震える。
声は出ない。
兵士はしばらく彼女を観察する。
「見習いか?」と当てずっぽうに言った。「木彫りの」
「木彫り……?」
彼女は繰り返す。
「ユキグの仕事を継ぐために来たんだろう?」
溺れている人に投げられた縄のように――
ハーリンは激しくうなずいた。
「はい! あの、はい!」
兵士は息を吐く。
「最初からそう言えばいいものを」
うめき声とともに立ち上がる。
「家で一人のときは気をつけろ」
そう言いながら、家の中を軽く見渡した。
「何かあったら大声を出せ」
「あ、ありがとうございます……」
彼女は小さくささやいた。
鎧の背中が通りを曲がって見えなくなるまで、じっと見送る。
***
夕方。
サッ。
サッ。
ハーリンは本棚の前に立ち、木のおもちゃ一つ一つのほこりを丁寧に払っていた。
カチャ。
扉が開く。
ドサッ。
ユキグが道具袋を床に落とす。
「あああ――」
伸びをしながら家に入ってきた。
ハーリンはおもちゃと刷毛を持ったまま駆け寄る。
「おじさん! 今日、兵士さんが来た!」
「本当か?」彼は驚いた。
彼女はこくこくとうなずく。
「もうか……」
小さくつぶやく。
「言われた通りに言えたか?」
満面の笑みで――
「最初にそれを言ったよ!」
ほっとしたように、彼の肩から力が抜ける。
「おじさん……どうして“姪”って言っちゃだめなの?」
ハーリンは静かに尋ねた。
ユキグは肩をすくめる。
「街は書類が好きなんだ。“妹”のほうが都合がいい」
ハーリンは少し眉をひそめる。
ユキグは片眉を上げた。
「質問は少なく」
「書類も少なく」
彼は彼女の手にある刷毛に気づく。
「本棚の掃除か?」
ハーリンは首をかしげ、それから自分の手を見下ろす。
確認するように。
「うん!」
慌てて掃除に戻る。
ユキグはくすりと笑い、台所へ向かった。
食器を取り出しながら。
それでも、視線は何度も彼女へ戻る。
……
いつの間にか、何をしていたのか忘れていた。
カウンターにもたれ、顎に手を乗せる。
笑みがゆっくりと消えていく。
「ハーリン……」
「なに、おじさん?」
ペグを磨きながら答える。
「お金を持ったことはあるか?」
彼女は首を振る。
「もし……時々、夕飯の買い物を頼んだら……」
少し間を置く。
「やってくれるか?」
ハーリンはゆっくり振り向き、彼の顔を探る。
お金?
お父さんが、あんなに必死に働いていたのは……
そして、それでお母さんが――
胸がぎゅっと締めつけられる。
この家を、生かすために。
彼女はしっかりとうなずいた。
「その意気だ!」
ユキグは笑いながら指をさす。
「毎朝、棚の上にお金を置いておく」
「食べられるものなら、好きなものを買っていい」
「それから……」
彼女の期待に満ちた目に気づく。
「おつりは、お前のだ」
「ほんとに?」
目が大きく見開かれる。
「ああ。おつりは全部な」
彼女はその場でぴょんと跳ねた。
喜びを隠せない。
ユキグは道具袋を指さす。
「持ってきたものを見てみろ」
迷いなく駆け寄り、勢いよく開ける。
茶色の外套を取り出した。
「わあ……」
だが、ほかのものに目が止まる。
袋の底に散らばる木くず。
小さな彫刻刀。のみ。
どちらも、さびついている。
背後から、ユキグの声。
「明日から、外へ出るときは……」
「その外套を着ろ」
ハーリンはうなずいた。
けれど――
視線は、さびた道具から離れなかった。
— 作者より —
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錆びついた道具……?
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