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無限の火花の世界  作者: Rocky Pancakes
第2章:ママ……?パパ……?
18/25

エピソード17: 昔みたいに

必要なものは、すべてそこにある。

あとは、それを思い出すだけだ。

挿絵(By みてみん)

鍋の中で、湯が静かにごぼごぼと音を立てていた。

ハーリンは踏み台の上に立ち、やっとコンロに手が届く高さだった。


――トン。

――トン。

――トン。


集中した表情で、にんじんを切る。

包丁の動きは遅く、

切り口は……不揃いだった。


「いたっ——」


包丁が床に落ち、カランと音を立てた。

ハーリンは慌てて手を引っ込める。

指に細い切り傷が走り、

赤い血が滲み、ぽたりと落ちた。


反射的に、振り返る。


「……ママ……」


……


彼女は俯いた。

ゆっくりと、再びコンロの方へ向き直る。


ハーリンは出血している指を口に含み、一度鼻をすすったあと、包丁を拾い上げた。


――トン。

――トン。


***


食卓の上には、鍋が置かれていた。

……正確には、

野菜が浮かんだ熱いお湯の鍋、だった。


ハーリンはまず母の分をよそい、

次に自分の分をよそう。


「いただきます、ママ!」

明るく言って、スプーンを持ち上げた。


ズズッ——


……


スプーンが口の中で止まる。

顔が歪んだ。


ハーリンは無理やり、じゃがいもを噛む。


ごくん。


……


「ひっ……ひっ……」


一気に込み上げた嗚咽に、呼吸が詰まる。

彼女は必死に、横に置いてあったコップへ手を伸ばした。


ごくん。

ごくん。


喉の奥の熱い塊を飲み込んでから、ハーリンは顔を横に向けた。


メリルは動いていなかった。

スプーンには、まだ触れていない。

器の中身も、そのままだった。


……ママ、どうして食べないの……?


はっとする。


「あ……そっか。ごめんね、ママ……」


ハーリンは母の器を自分の方へ引き寄せた。

そして、スプーンで野菜を力いっぱい潰し、

どろどろになるまで混ぜた。


そして、また器を押し戻した。


「はい!」

ハーリンは誇らしげに言う。

「これなら、もう喉に詰まらないよ!」


……変わらない。

虚ろな表情。

動かない体。


ハーリンは眉をひそめ、考え込んだ。


……もしかして……

……ママ、お腹が空きすぎて、自分で食べられないのかも!


彼女は首を傾げ、にっこり笑う。


「大丈夫だよ、ママ。ハーリンが食べさせてあげる!」


スプーンを差し出すが——


「んんっ……」


腕が、届かない。

ハーリンは止まった。


迷いなく、食器を脇に押しやり、机の上によじ登る。


今度は、スプーンがメリルの唇のすぐ前に来た。


……それでも、反応はない。


「……ママ……お願い……食べて……」


声が、震える。

ハーリンは俯いた。


……そして——


「あ。」


顔を上げる。


「あーん」

ハーリンは大きく口を開け、見本を見せた。


ゆっくりと——

奇跡のように——

メリルの淡い桃色の唇が、わずかに開いた。


真似をするように。


「……あ。」


ハーリンは固まった。

そして、満面の笑みを浮かべる。


「あーん」


小さく鼻歌を歌いながら、

スプーンをそっと、母の口へ運ぶ。


それを見届けてから、

ハーリンは自分の口を閉じた。


「んむ……」


ごくん。


***


外の空は、橙色に染まっていた。


シャッ、シャッ。


ハーリンは床を丁寧に掃いていた。


……


すると——

箒の近くの床に、薄黄色の水たまりが広がった。


息を呑む。


その跡は、メリルへと続いていた。


「……ママ……」


……どうして、言ってくれなかったの……?


ハーリンはそっと母を支え、浴室へと導いた。


***


湯気が、空気の中を漂う。


ハーリンはびしょ濡れで立っていた。

水を含んだ袖が、ずっしりと重い。


目の前では、メリルが小さな木の風呂に身を丸めて座っている。


ごしごし。

ごしごし。


ハーリンは真剣な顔で、母の髪を洗う。

集中しすぎて、舌が少しだけ外に出ていた。


ハーレの声が、頭の中で響く。


まずは後ろ。

次は、うなじ。

耳の後ろも忘れるな。


小さな手が、優しく髪をすべる。


……


そして、一番大事なところ——


ハーリンは、ぎゅうぎゅうの浴槽に一緒に入り込んだ。

母の顔を間近で見つめ、静かに見惚れる。


……前髪。


少し考え、

彼女は真剣な顔で、こくりと頷いた。


***


居間は、炉の火だけに照らされていた。


メリルは机の前に座り、

ハーリンはその近くで、うつ伏せになって本を読んでいる。


小さなあくびが漏れた。


……でも、それはハーリンのものじゃない。


「そうだね、ママ」

彼女は小さく笑って言った。

「もう寝る時間だね」


本をすぐに閉じ、立ち上がる。


***


ハーリンは、そっと布団をかける。


メリルは天井を見つめたまま、

遠くを見ているようだった。


突然、ハーリンは母に抱きついた。


「……ママ……諦めないで」


胸に顔を押し付ける。


「まだ、そこにいるって……わかってる」


「頑張らなきゃ」


声が震える。


「……一緒に、なんとかしよう……」

— 作者より —

エピソード17を読んでくださってありがとうございます!

真実は痛い。

残酷な世界は、誰一人として見逃してはくれない。

読者の皆さんの感想をいただけると、とても嬉しいです。

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どうして私の可哀想な心をこんなふうに苦しめるの?。゜(゜´Д`゜)゜。
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