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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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聖夜

 真純とライナーを見送った後、征司が梓に声を掛ける。


「梓、これはお母さんから預かったものだ。大切に使いなさい」


 征司は梓に、日本の預金通帳とキャッシュカードを渡してきた。

 それを受け取った梓が中を開いてみると、見たこともない数字がそこには記載されていた。


「お父さん、なに、これ・・・」

「お父さんはよく知らんが、お母さんが言うには梓へのギャラだ、って言ってたぞ」

「ギャラ・・・?」

「梓はドイツでお母さんのサポートとして働いていたんだろう?」

「そんなっサポートって言っても、大したことは・・・」

「それでもお母さんは、梓がいてくれたからコンサートを成功させることが出来たって言ってたんだ。その働きに対する報酬なんだから、受け取っておきなさい」

「・・・・・・わかった。ありがとう。またお母さんにも電話する」

「うん、そうだな。じゃあ、そろそろお父さんも帰るよ。加夜子もレオも待っているし」

「レオ・・・・・・?」


 梓がレオという名前を聞いて、もしかして自分が知らないうちに兄弟が? と勘違いしそうになるのを見た純平は、すぐに教えてあげた。


「梓、レオっていうのは、征司さんたちが飼っているゴールデンレトリバーのことだよ。めっちゃ人懐っこくて可愛いヤツだから、梓も気に入ると思うよ」

「ゴールデン・・・レトリバー・・・」


 犬のこととは思わず、身構えていた梓は拍子抜けしてしまう。


「ほら、家も病院の社宅から、新築を建てて引っ越したのは知ってるだろう? そのあとにレオを迎えたんだよ。梓も純平くんも、年末は向こうに帰ってくるよね?」

「うん・・・」

「はい、そのつもりです」

「その時にまた、ゆっくり飲みながら話そう。夏見先生たちも、梓と会えるのを楽しみにしているから、二人で帰っておいで」

「わかった。楽しみにしているね」


 梓の幸せそうな顔を見届けた征司は、そのまま駅へと向かう。

 梓は征司の後ろ姿を見て、少しだけ寂しさを感じたが、来週にはまたすぐ会える。そう自分に言い聞かせて、純平と花純と共に教室へ戻って行った。


 そのあと午後のレッスンでは、花純が来たことにより、特に高校生の上級者たちから、こぞって指導をお願いされていた。

 ついさっきまで、飯倉真純がここにいたことを聞いたら卒倒するだろうと思い、それはナイショにすることにした。


 そして梓には、年明けから本格的に講師として生徒の指導をしてもらうことになった。年末の休みまでは、教室内のことを手伝ってもらうことにする。

 肝っ玉母ちゃんこと町田は、出勤して早々梓を紹介されると、


「(主に主婦層の)生徒が減ったら夏見先生の責任だねぇ・・・」


 などと脅していたが、それでも純平を助けてくれる人がいてよかったと、内心では安心していた。


 今日のレッスンが全て終わり、片づけを済ませ、戸締りをして外に出る。

 花純は一足先に帰っていた。

 純平は右手に梓のキャリーを引き、左手は梓と手を繋ぐ。


 昨夜から今日にかけて、自分の人生が大きく変わっていった。

 梓と再会し、教室を譲り受けることになり、そこで梓と一緒に働き、そして梓との生活を始める。


 先週までの自分には考えられないようなことが次々に起こっていた。


 今朝起きた時には、夢だったのか? と思ったが、隣に梓がいる感触を確かめて、やっぱり夢じゃないと実感する。


 バイオリン教室から純平のマンションまでは、徒歩約15分。その中間地点に、純平がいつも行くコンビニがある。


「梓、お腹は?」

「んー・・・空いているけど、この時間から作るのはね・・・」


 時刻はもうすぐ夜9時30分になろうとしていた。


「俺の家、いま冷蔵庫空っぽだし、ここで何か適当に買って行こうか」

「そうだね」


 二人でコンビニに入ると、店員は皆、赤いとんがり帽子をかぶって接客している。そしてデザートの棚には、小さいサイズのケーキがホールで売られており、今日がクリスマスイブだということに今さら気が付いた。


「そっか・・・昨日からのゴタゴタで、すっかり忘れてたな」

「うん、私も。ねえ純平くん、せっかくだからそれっぽいもの買って、二人でパーティーしようよ」

「俺はいいけど・・・梓はコンビニのものでいいの?」

「私は純平くんが一緒だったら全然構わないよ。それに、日本のコンビニはとっても品質が良くて優秀なんだから」

「ははっ、うんわかった。チキンも売ってるし、ケーキは・・・チョコ以外なら何でもいいよ。好きなの選んで」


 それから二人でいろいろ買い込み、マンションへと向かう。


「おじゃまします・・・・・・」


 梓は緊張しながら、純平の住む部屋に足を踏み入れる。

 

 1LDKの部屋は、男性の一人暮らしにしてはきれいに片付けられており、梓は一瞬本当に一人か? と妙な勘ぐりをしてしまった。

 しかし思い返せば、純平の実家の部屋もいつもきれいだったなと思い出し、純平はきれい好きだったと納得した。


「そこに適当に座ってて」

「純平くん、私も一緒に手伝うよ」


 全てコンビニの商品なので、そんなたいそうなことはしないが、それでも何もせずにはいられず、二人で袋を開けて準備をする。


 買ってきた商品をローテーブルに並べ、小さな飲みきりサイズの冷えた赤ワインで乾杯し、二人だけのささやかなパーティーが始まった。


「昨日は高級寿司で今日はコンビニって、なんか笑えて来た」


 コンビニで買ったカルボナーラを食べながら、梓は笑っていた。それにつられて純平も笑う。


「そうだな。でも、クリスマスは来年もあるし、今度はもうちょっといいところに連れていくよ」

「ホント⁉」

「うん、約束する」

「うれしいっ・・・楽しみにしてるね」


 そう言って笑顔を向ける梓の目をまっすぐ見て、純平は告げる。


「だから梓。突然いなくならないで。俺もう、あんな思いしたくない・・・」

「純平くん・・・・・・」


 純平は梓を抱き寄せ、梓がここにいることを再確認する。こうしていないと、また梓のいない日常に戻りそうで怖かった。


 あんなに辛い思いは一度で十分だ。今度こそ耐えきれる自信がない。

 そんな思いを秘めたまま、純平は梓を抱きしめた。


「梓、今度の休みに喜代さんに会いに行こう」

「純平くん、一緒に行ってくれるの?」

「当たり前だろ。喜代さんには俺もお世話になったし、ちゃんと挨拶しないとな」

「ありがとう。お祖母ちゃんもきっと喜ぶよ」


 こうして二人は、次の休みに喜代の家に行くことにした。

 後期高齢者となっていた喜代だが、身体は健康そのもので、医者にもほとんどかかることなく過ごしているらしく、そんな喜代に会うのを二人は楽しみにした。


 それから交代でシャワーに入り、寝ようというところでひと悶着。

 どっちがベッドを使うか、ソファーで寝るかで揉めた。


「私は居候なんだから、私がソファーで寝るっ」

「ダメだ。梓はベッドを使って。俺がソファーで寝る」


 話は平行線。時刻は深夜0時を回り、クリスマスイブからクリスマスになった。それでも互いに譲らない。


 デジタル時計が12月25日の表示になったのを見て、純平は勇気を出して聞いてみた。


「・・・・・・もし、狭くてもいいなら、一緒にベッドで寝る?」


 大胆なことを言いながらも、純平の顔は真っ赤だ。そんな純平を見て、梓も小さく首を縦に返事をする。


 純平はその夜、自分が知らない梓をたくさん見つけ、そしてこれからのことに思いを馳せた。


 瞳の色は黒じゃなくて、少し焦げ茶色なんだな。

 白く透明な肌は見えるところだけじゃなく、全身を包んでいて凄くキレイだ。

 梓の身体全部が柔らかくて、ふわふわで気持ちがいい。

 右の脇腹に二つ並んだほくろが双子みたいで可愛いな。

 クレーンゲームで取ったぬいぐるみをずっと持っていてくれたんだ。しかも名前まで付けて。

 昨日まで一人で寝ていたベッドに、梓がいることが信じられない。

 梓と寝るにはこのベッドは狭いな。新居に移る時は、もう少し大きいベッドを買おう。


 梓は今日が初めてなんだ。ヤバい・・・嬉しすぎて泣きそう。


 梓の声、肌のぬくもり、自分を見る熱い眼差し、そのどれもが愛おしくて切ない。

 純平は大切な存在を壊さぬように優しく、自分の腕の中に閉じ込めた。


☆☆☆


 翌朝、少し明るくなった部屋で微睡の中、梓は目を開けた。

 目の前には自分のものではない腕が見える。その腕の主は、自分の背中の後ろで静かな寝息を立てて寝ている。


 寝起きの悪い純平はそう簡単に起きないだろう。そう思い静かに身体を起こし、ベッドを抜け出そうとすると、腰からお腹にかけて腕を回され、グイっと引っ張られたと思った時には、すでに純平の腕の中に戻っていた。


「・・・・・・どこいくの?」

「純平くん、起きてたの?」

「ん・・・今起きた。それより梓、身体大丈夫?」


 薄目を開けて聞いてくる純平に、梓は夜のことを思い出し、恥ずかしくなる。

 初めて見る純平の身体は、意外にも筋肉質でとても引き締まっていた。

 朝から目の前でその身体を見た梓は、思わず見惚れてしまう。


「なんとか・・・大丈夫」

「そっか、なにかあったら言って。今日一日ゆっくりしてていいから」


 自分の身体を労り、気遣ってくれる純平に対し、梓は気持ちが込み上げてくる。それからぐるんと身体を純平の方に向け、首元にしがみついて囁いた。


「純平くん・・・・・・愛してる」


 それに対して純平も答える。


「俺も愛してるよ、梓」


 二人は見つめ合うと、自然と唇を重ねた。

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