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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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外堀

「お父さん、お母さん! それに花純ちゃんも!」

「梓~!」


 真純がいつもの如く梓に抱きつこうとすると、梓はそれを両手で全力で阻止する。そして人差し指をビシッと真純に向けて言い放った。


「お母さん! 昨夜はどれだけ飲んだの⁉ お父さんもライナーさんもっ! 三人とも電話は繋がらないし、ここに来るまで誰も折り返しもしないなんて・・・!」


 朝の怒りがぶり返した梓は、いい大人三人を道の真ん中で叱っていた。

 その様子を後ろから見ていた花純は、プププッと笑いを堪える。


「すまん、梓・・・」

「許してっ! マイエンジェル!」

「|Entschuldigungごめんなさい・・・」


 娘に叱られた大人三人はシュン・・・となる。


「ほらほら、のん兵衛三人も梓も純平も、とりあえず上に行こうか」


 花純は落ち込む三人を引き摺って、2階へ上がる。純平と梓も、その後ろからついていった。


「おおっ、純平くん。ここが君の大切な職場なんだね。立派じゃないか」

「ありがとうございます。ところで皆さんお揃いでどうしてこちらに?」


 純平は花純だけが来ると思っていたのに、征司、真純、ライナーの三人が来たのを疑問に思い尋ねる。

 その純平の疑問を、花純が説明し始めた。


「まあ、用件としては二つ・・・いや三つあるんだけど。ほぼ、意思確認みたいなもんかな。まず一つ目。いま現在この教室は私の名前と名義で運営されているけど、それを純平に譲ろうと思ってる。もちろんやるでしょ?」


 昨夜、真純から冗談のように言われたことが現実になった純平は、すぐに答えが出せなかった。それを見て、花純はさらに付け加える。


「そりゃあね、突然一人でやれなんて言わないし、名義が変わってもサポートするよ。でも、私は常に一緒にいるわけじゃない。ここで、梓」


 名前を呼ばれた梓は、緊張の面持ちで花純を見る。


「梓には純平と一緒にこの教室を運営してもらいたい。本当はだいぶ前から考えていてお姉ちゃんに言ってたんだけど、この人がムダな抵抗ばっかりするから、時間が掛かってさ。でも、昨夜の話を聞いた限りでは、お互い一緒にいたいって話だし、梓も日本ですぐ働けるし、いいと思うんだけど、どう?」


 正直なところ梓は、日本に残ると決めたものの、働き口をどうするか悩んだのは事実だ。しかし、ここでバイオリン講師として働けるなら、これ以上のことはない。


「花純ちゃん、私にできるかな・・・」


 梓はやりたい気持ちと、不安が入り混じった気持ちを吐露する。それを見た花純は優しく語りかけた。


「大丈夫。梓は私の一番弟子だよ? それに純平だっている。心配ないよ」

「・・・・・・純平くんは? 私にできると思う?」


 梓に聞かれた純平は、自分が最初の頃どうだったのか思い出しながら答える。


「俺だって最初は出来るか不安だった。だけど、無我夢中だったっていうのもあるけど、気が付けばなんとかなっていた。周りが助けてくれたのも大きかったし、案外やれば出来るよ。俺もいるし大丈夫。一緒に頑張ろう?」


 花純と純平に励まされた梓は、ここで講師としてやっていく決心を固めた。

 大好きなバイオリンで仕事ができる。それを思うと、多少の苦労や不安など何も問題ない。そう思えるのはやっぱり、純平の存在が大きいと改めて思い直した。


 それと同時に純平も、花純からこの教室の運営を引き継ぐ覚悟を決めた。


「そして、最後三つ目の用件。このためにお姉ちゃんと、お義兄さんに来てもらったんだ。梓、この上の住居に住まない? 純平も一緒に」


 二人は予想もしていなかったことを言われ、しばし頭の中でいまの言葉を整理する。

 この上で? 純平と、梓と、二人で・・・?

 困惑する二人をよそに、花純はなおも話を続けた。


「このビルってさ、元々うちの父の弟、つまり叔父のもので、3階の住居に叔父は一人で暮らしていたんだ。独身で子供もいなかったんだけど、ちょうど純平にこの教室を任せるのと同じ時期に『本当にやりたいことを見つけた!』とかなんとか言って、宮古島に移住してしまったんだよ。どうせすぐ帰ってくると思っていたから、住居もそのままにしていたんだけど、なんか向こうでの商売が上手くいって家まで建てたっていうから、ここはどうするの? って聞いたら好きにしていいって言われて。このビルの名義も私かお姉ちゃんに変更していいってなって。だったら好きにさせてもらおうってことで、純平と梓にどうかなって思ったんだけど・・・あれ? 二人とも固まってる?」


 二人はあまりの情報量の多さに、頭はパンク寸前だった。

 しばらくして、ようやく二人が戻ってくると、今度は征司が話し出す。


「上の住居はここ数年間放置されていたから、ところどころ傷んでいて、リフォームが必要らしいんだ。もし二人が住むならリフォーム代は僕が出すつもりでいるし、今日はその意思確認で来たんだよ」


 純平は、なぜか自分も一緒に住む前提になっていることに動揺した。それを感じ取った真純が純平に迫る。


「純平、あなた昨日、私たちに言ったわよね? 梓と支え合っていきたいって。そばにいたいって。あなたのその言葉を私も征司も信じたのよ? あれは嘘だったの?」

「・・・っ、嘘じゃありません」

「私も征司も、あなたを信用しているからこそ、大事な娘を預けるって言っているの。あなたは梓を傷つけるようなことは絶対しないってわかるから」

「はい・・・・・・」

「それじゃあ、梓と一緒に暮らせるでしょ」


 そこまで言われた純平は、改めて征司と真純の正面に立ち、頭を下げる。


「征司さん、真純さん、順番はめちゃくちゃだけど・・・俺は梓と一緒に住みたいです。どうかよろしくお願いします」


 純平のその姿を見て、征司と真純は顔を見合わせる。

(作戦成功だね)と言わんばかりの顔を。


 それから純平と梓は、1階のベーカリーショップで買ったサンドイッチを手早く食べ、全員で3階の住居へ下見に行くことになった。


 階段を昇った先のドアを開けると、少し籠ったような匂いがする。ひとまず換気するため近くの窓を開けると、すぐに冬の空気が入り込み、フロア全体が外の気温と変わらないほど冷たくなった。


「うーん・・・やっぱり、壁紙は全部替えなきゃダメだね。どうせなら床も一緒に。あと、水回りも・・・・・・」

「いや、それってもうほとんど全部なのでは?」

「だけどさ、新築の一戸建てを建てたり、マンションを買うより安くつくし、お得でしょ」

「でも、征司さんにそんなに甘えるのは・・・やっぱり俺も出します」


 純平は全部負担してもらうことに抵抗を感じ、征司に提案するも、あえなく却下される。


「純平くん、これはね、僕と真純の君への罪滅ぼしでもあるんだよ。10年前、梓がドイツ行きを決めたことで、君が傷つくことをわかっていたのに、僕はそれを後押しした。そのあとの君の姿が、未だに僕の目に焼き付いているんだ。だから梓が日本に戻ってきたら、全力で君たち二人のサポートをしようと決めた。もちろんこれは、君のご両親も加夜子も知っている。だから、純平くんは気にしなくていいんだ」


 征司にそこまで言われた純平は、その気持ちを素直に受け取ることにした。


「征司さん、真純さん、ありがとうございます。よろしくお願いします」


 純平が感謝を伝えると、征司も真純も満足したような笑顔を見せる。


 本格的なリフォームは年明けに業者を交えて相談することになり、リフォームが完了次第、二人はこちらへ引っ越すことになる。

 それまで梓は、純平のマンションに身を寄せることになった。


 そして、純平は気づいてないが、梓は途中から気づいた。

 周りの大人たちによって、じわじわと外堀が埋められていることに。


 昨夜の再会から今の話まで、この人達は絶対に綿密に計画を立てたに違いない。それは、この場にいない純平の両親も、加夜子も加担しているんだろうと。

 梓は、純平の横顔を見ながらそんなことを考えていた。


「それじゃあ、梓、征司、花純、それに純平。もう行くわね」


 午後のレッスンが始まる前に、真純とライナーは空港へ向かうためタクシーを呼んでいた。


「お母さん、元気でね」

「梓も。バイオリン、しっかり頑張りなさい。それと、純平と力を合わせて頑張るのよ」

「うん、がんばる・・・」

「アズサ、ジュンペイ、幸せにね」

「ライナーさん、お母さんをよろしくね」

「任せて! それとジュンペイ、順番は守ってネ!」

「わかってます・・・・・・」


 なぜか顔を赤くしている純平を見て、梓は不思議そうな顔をする。


「純平くん、順番って何の順番?」

「・・・っ、なんでもないよ」


 真っ赤な顔の純平と、その純平に尋ねる梓を見て、征司は複雑な顔をする。


 それから二人はタクシーに乗り、行ってしまった。

 次に会えるのはいつになるかわからないけれど、また近いうちに会えそうな予感を感じながら、純平と梓は遠ざかるタクシーが見えなくなるまで見送った。

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