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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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55/60

隙間

 お寿司を堪能し尽くし四人で店を出ると、真純は征司に絡んでいた。


「征司! 梓にフラれちゃったから、今日は私に付き合いなさいよ!」

「イヤだよ。キミ、酒グセ悪いし、メンドクサイし、ライナーさんと行けばいいじゃないか」

「もちろん、ライナーも誘ったわよっ! 三人でパーっと飲みましょっ」

「なんで僕がまた君たちの相手するんだよ・・・どうせ二人でイチャイチャするんだから、僕がいない方がいいだろ」

「何よ元旦那のくせに付き合い悪いわよっ!」

「離婚した元旦那を飲みに誘うのがおかしいだろ・・・」


 梓の両親は、銀座の歩道のど真ん中でやいのやいのと言い合っている。


「なんか征司さん、加夜子さんといる時と雰囲気が違うな」

「そうね。お母さんとは元々幼馴染で、付き合いが長いっていうのもあるとは思うけど・・・」

「そうなんだ」


 元夫婦を遠巻きに見ていると、ライナーが走ってくるのが見えた。


「マスミ! セイジ! お待たせ!」

「ダーリン! 会いたかった!」


 そう言って真純はすぐにライナーに抱きつく。それを目の前で見せられた征司は、心底ウンザリしていた。


「お母さん、私、明日チェックアウトしたあと、お父さんと帰るね」


 梓がそう言うと、真純も征司もライナーもなぜかキョトンとする。


「あなた何言ってるのよ? 純平のそばにいたいって言ってたじゃない」

「えっ・・・だけど、お母さんたちが帰ったら、私はお父さんのところに行くしか・・・・・・」

「そんなの、純平の家にでも泊めてもらえばいいじゃない」

「へ⁉」

「は⁉」


 真純はさも当然とばかりに言ってくるので、二人ともすぐに言葉が出てこない。


「いやっ、今日10年ぶりに会ったばっかりで、いきなりそんな・・・」

「あのねぇ、二人ともいい大人なんだから、別にいいじゃない」

「よくないよ! 仮にも娘に向かってそんなこと言う⁉」

「娘のことを心配しているから、純平のところに行きなさいって言ってるんじゃないの」

「どういう理屈よ⁉」

「純平は梓を大事にする男だし、傷つけないでしょ。違う?」

「うっ・・・・・・そうだけど・・・・・・」

「それにね、今後のことを二人でもっと話し合いなさい。梓ももう28になったんだから、自分のことは自分で決めていいのよ。こっちはこっちで楽しんでるから。ライナー行くわよ! じゃあねー!」

「ち、ちょっとっ! お母さんっ」


 梓が止めるのも聞かず、真純は征司とライナーをタクシーに乗せ、あっという間に行ってしまった。


 時同じくして、真純が梓を純平の家に泊めろと言った時、それを聞いて固まっている純平のそばにライナーがコソコソと寄ってきて、純平が着ているコートのポケットに小さな四角い箱を入れてきた。


「ライナーさん? なにを・・・・・・」

「ジュンペイ、コレは男のエチケットだよ。僕からのプレゼント」


 ライナーはパチンと純平にウィンクする。純平は何を入れたのかと、そっと手の中に包むようにしてソレを取り出した。


「!!!???」


 ソレを見た瞬間、純平は急いでポケットにしまう。心臓がバクバクして顔から火が吹きそうなほど赤く火照った。ちなみに征司もすぐそばに立っている。


「ジュンペイ、アズサと一緒にいるなら、順番は守らないとネ」

「あああああのっ、ライナーさん、これはっ・・・」

「純平くん、梓をよろしく」

「征司さんまで⁉」


 純平は梓の実父と義父に挟まれ、居たたまれなさと恥ずかしさで一杯だった。


「アズサが泊っているホテルは東京駅の近くだよ。僕らとは違うホテルだから、遠慮しないでネ」

「ライナー行くわよ!」


 真純に呼ばれると、ライナーは尻尾を振る大型犬のように嬉しそうに真純のそばへ走り寄る。それに仕方なく征司もついて行き、三人はタクシーで行ってしまった。


 突然、二人だけになってしまった純平と梓は、気まずさを隠し切れない。

 しかしいつまでも寒い中、ここで立っている訳にも行かないので「とりあえず行こうか」と言って歩き出す。


 しばらく二人で東京駅方面に向けて歩いていると、梓が正面から来た人とぶつかりそうになる。


「梓、こっち」


 純平はそう言って、梓の右肩を優しく引き、反対側へと寄せた。


「ありがとう・・・」

「ん・・・」


 梓が礼を言うと、純平は短く返事を返す。

 

 以前の二人なら普通に手を繋いだり、腕を組んで歩いていただろう。

 寿司屋では感情が昂り、つい抱きしめて手を握ってしまったが、冷静になった今の二人の間には、こぶし一つ分の隙間がある。

 二人はそれだけの隙間をまだ埋められずにいた。


 東京駅の八重洲口が見えて来ると、純平が梓に尋ねる。


「梓、泊っているホテルってどこ? 送るよ」

「え・・・・・・」


 梓はさっき別れた真純に、純平ともっと話し合えと言われた。しかし、ここに来るまで二人は会話らしい会話がないまま。

 かといって自分の方から誘う勇気もなく、梓はどうしようか考える。


 その様子を見ていた純平も、梓にどういえばいいかわからなくなっていた。

 寿司屋で梓は確かに、自分と一緒にいたいと言っていた。

 それを思い出し、未だ考え込んでいる梓に純平は勇気を出す。


「梓、疲れてる?」

「えっ・・・と、そんなに疲れてないよ」

「もし良かったら、この近くでイルミネーションが点灯しているみたいなんだ。今から見に行かない?」


 純平の誘いに梓は嬉しくなり「行きたい」と返事をした。


 それから二人は八重洲口を通り過ぎ、さくら通りまでやってきた。

 するとそこは、オレンジ色にライトアップされた道が伸びていて、冷たい空気を温かく照らしていた。


「きれいだね・・・・・・」

「そうだな」


 両脇の街路樹がライトアップされた通りを歩いていると、梓の目には光が反射してキラキラと輝いていた。

 梓の顔を見て、純平は高校3年生の時に二人で見た桜吹雪を思い出す。


 あの時の梓と今の梓。少し大人になったけど、同じ顔をしてとてもきれいだった。だからなのか、純平はあの時と同じように気持ちが溢れて止まらない。


 ふいに梓の手を握ると、梓は驚いて立ち止まり純平の顔を見る。純平も梓の目をじっと見つめる。


「梓・・・・・・俺、この10年どうしても梓のことが忘れられなかった。あの時貰った手紙には、梓からひと言も別れの言葉がなくて、だから余計に梓を嫌いになることも、恨むことも、忘れることも出来なかった・・・それどころか、会いたい気持ちは増すばかりで、こんな女々しい自分に嫌気が差した。それでもやっぱり、俺は梓じゃないとダメなんだ。梓のことがどうしようもなく好きなんだ。だから・・・・・・もう一度俺と付き合って欲しい」


 純平からの二度目の告白。同じ人に、しかも大好きな人に、二度も告白され、梓の目に涙が滲む。その涙が零れる前に、梓は純平に答えを出そうと思った。


「私、純平くんのそばにいていいの?」

「うん。俺は梓にそばにいて欲しい。そして俺は、一生梓のそばにいたい」

「手紙だけ残して純平くんを傷つけたのに?」

「でも・・・・・・こうして戻ってきてくれた。それに、目の病気も治った。梓の不安が解消されたことは俺も嬉しいよ。ただもう二度と、あんな風にいなくならないで・・・これからはずっと俺のそばにいて。俺の願いはそれだけだよ」


 梓は純平の深くて大きな愛に、とうとう涙が零れ落ちる。


「私も・・・一生、純平くんのそばにいたいっ」


 そう言って梓は人目も憚らず、純平の胸の中に飛び込んだ。

 そんな梓を純平は強く優しく受け止める。


 こんなに一途に、自分のことを想ってくれる人など、もう二度と現れない。

 あんなにひどいことをしたのに、それでも尚、自分にそばにいてほしいと願う純平のことが愛しくて、愛しくて堪らない。


 それから純平は、梓をホテルに送るため二人で歩き出す。

 ただし、二人の間の隙間はもうなくなっていて、今はしっかり手を繋いでいた。


「梓、明日本当にそんなに早く迎えに来ていいのか?」

「うん、大丈夫。それより純平くんは? ちゃんと起きれる?」

「うっ・・・それを言われると痛いけど、なんとか頑張るよ」

「ふふっ、無理しないでね」

「大丈夫。ほら、寒いから部屋であったかくして、早く寝ろよ」

「うん、おやすみ純平くん。また明日」

「ああ、おやすみ。またな」


 エレベーターが閉じるのを確認し、純平はホテルをあとにする。

 本当はもっと一緒にいたかったけど、今日のこの状態では自分が何をするかわからず、一度冷静になろうと思い今日は帰ることにした。

 梓を傷つけたくないし、大事にしたいから・・・・・・。


 それよりもなによりも、また明日と言える喜びが大きかった。

 当たり前のようでいて、当たり前じゃないその言葉を、純平は噛みしめる。


 梓を一人でホテルに帰したと真純に知られたら文句を言われそうだし、ライナーからのプレゼントの出番はなかったけど、これでいいと自分に言い聞かせ、純平は帰宅の途に就いた。

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