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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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「それでは、純平と梓の再会を祝してカンパーイ!」


 なぜか真純が音頭を取り、四人でグラスビールを合わせる。

 純平は、さっきまで号泣して梓と再会したことに胸を震わせていたのに、すっかり気を削がれてしまっていた。


「なんか・・・梓とビールを飲んでいるのが・・・信じられないな」

「ふふっ、そうね。でもね純平くん、私がいた国はドイツよ? ビールくらいは飲めるわ。ただ、日本のビールは冷たすぎるのがアレだけど」


 そんなことを言いながらも、美味しそうにビールを飲む梓の横顔を、純平はずっと見ていた。

 その二人を、向かい側に座る元夫婦も微笑ましく見つめている。


 征司は10年前、梓のためとはいえ、純平を深く傷つけたことをとても後悔していた。

 二人が想い合っていたことは誰の目から見ても明らかだったが、交際の報告がなかったこともあり、梓の決意を手助けすることにした。


 結果、もう立ち直らないのではと思うほど純平を傷つけ、ボロボロにした責任を感じて、必死になって言い聞かせた。


 その後、なんとか音大へ進学した純平を、征司は陰ながら応援する。

 自分の姿を見ると梓を連想させると思い、会うことは控えた。そのかわり純平の両親からは、いまどうしているとか、何をしているかなどの話があり、その度に、純平が頑張っていることを嬉しく思った。


 真面目で優しい純平のことだから、すぐに別の恋人ができるだろうと思っていた征司は、その時はちゃんと祝福しようと考えていたけれど、結局今日までその報告はないまま、梓と再会を果たした。


 先ほど、この部屋に入ってきた時の様子から、二人がまだお互いに想い合っていることは真純も気づいたはず。

 純平と梓が、これからどんな答えを出したとしても全力で力になってあげよう、征司はそう心に誓い、グビッとビールを飲み干した。


 それから、真純と梓は久しぶりのお寿司に舌鼓を打ち、顔を綻ばせる。

 純平は梓の顔を見ながら、未だに目の前に梓がいることが信じられず、足元がフワフワしているような感覚に陥っていた。


「そう言えば征司さん、今日は学会があるから来れないって言ってませんでした?」


 純平は征司がなぜ東京にいるのか気になった。今日のチケットは、征司が行けなくなったため譲って貰ったものだったから。


「そうだよ。東京での学会だったんだ。コンサートの時間とかぶっていてね、ついさっき終わったところで、真純に捕まったんだ」


 本当は征司ではなくライナーが来る予定だったが、征司を捕まえることが出来たので、ライナーは遠慮したらしい。


 ある程度食事が落ち着いたころ、真純が話を切り出してきた。


「純平はいま、花純のバイオリン教室で働いているんでしょう? 独立とか考えたことないの?」


 真純から唐突に聞かれ、純平は少し考える。


「そうですね・・・いずれは、そうなれたらとは思うんですが、でもそうすると、いま教えている生徒さんたちをどうするかとか、そもそも、自分のところに生徒が集まるかどうかもわからないので・・・」

「なあんだそんなの、あの教室をそのまま貰ったらいいじゃない。たぶん花純は、そのつもりでいるわよ?」

「へ? ・・・えっ⁉」


 予想もしていなかった言葉に、純平は素っ頓狂な声を上げてしまった。


「別に、そんなに驚くことないじゃない。花純は元々純平に譲るつもりで教室をまるまる一個あなたに任せたと思うわよ?」

「でも、そんなこと花純先生からは一言も・・・」

「それはね、あなたの心が決まるのをずっと待っていたのよ」

「俺の・・・心・・・?」


 梓も征司も、純平と真純の話を黙って聞いている。

 二人は今後に関わる大事な話をしようとしていた。


「純平、最近花純に何か聞かれなかった?」

「花純先生に・・・ですか・・・?」


 純平は月曜日に花純と一緒に居酒屋へ行った時のことを思い出す。

 その内容を口に出していいのか戸惑いながらも、純平は話し始めた。


「先日、花純先生に呼び出されて一緒に飲みに行った時、聞かれたんです。まだ梓のことが好きかって。会いたいかって聞かれました」

「それで? なんて答えたの?」


 その時純平は、真純ではなく梓の方を向く。梓も、純平がどういうのかわからず、不安そうな顔で純平を見ていた。


「俺は・・・大学時代からこれまで、何人かの子と付き合ったけど、誰とも長続きしなかった。俺の心の中にはずっと梓がいて、梓のことを忘れたくても忘れられなかった。それくらい未練タラタラで情けない男なんだって、答えました」


 純平は梓の目を見て、ありのままに答えた。その言葉を聞いて、梓の目の奥が揺れる。


「そう・・・この先、純平は梓とどうなりたい?」

「俺は・・・高校の時はずっと、梓を守るって言っていたけど、今は・・・」


 今度は梓の両親である、征司と真純の方を見て純平は答えを出す。


「もし、梓がもう一度俺と一緒にいてくれるなら、今度は一緒に支え合っていきたいです。一方的に守るのではなく、お互いに足りないところを補い合って、助け合って、支え合っていきたいです。もし、梓がそばにいてくれるなら、どんなことも頑張れるから・・・」


 純平は今自分が言った言葉が、ほとんどプロポーズのようなものだったと思いながらも、自分の気持ちを止めることが出来なかった。


 高校時代、純平は梓に対してずっと、守る、助けると言っていた。

 しかし、結果的にはそれが重しとなって、梓に離れてしまう選択をさせたのではないかとずっと心の中に引っ掛かっていた。


 だから今度こそ間違えたくなかった。

 自分が一方的に守るのではなく、お互いに尊重し合い、助け合える関係になりたい、という純平の決意でもあった。


 真純は純平に向けていた目を、今度は梓に向ける。


「梓、あなたはどうしたい?」

「私・・・?」

「そう。このまま日本に残るか、それとも私と一緒にドイツに戻るか。日本でのことは征司と相談してどうするか決めたらいいわ。でも、もしドイツに戻るなら私のツアーに同行してもらう。そして、あなたを一流のプロバイオリニストとしてデビューさせる。さあ、どっちを選ぶ?」


 梓は真純にそう聞かれて考える。

 真純は、自分を産んですぐにヨーロッパツアーへと旅立った。

 そのあとも、自分のことは征司の両親に任せっぱなしで、顔を見せるのはせいぜい年に1回。母親らしいことなど、何一つしてこなかった。

 真純は家族よりもバイオリンを選んだ。


 それでも、目の手術と治療をしている間は、梓を助けてくれた。初めて一緒に生活するようになって、初めて手料理を振る舞ってくれた。辛い時期を乗り越えられたのは真純のおかげだった。


 でもそれと同時に梓も、心のどこかでずっと純平のことを想っていた。

 嫌われても、恨まれても仕方のないことをした。征司から聞いた純平は、自分の想像以上に傷つき、苦しんでいた。

 その話を聞いた梓は、申し訳なさで後悔し涙が止まらなかった。


 あの手紙に“さよなら”を書かなかったのも、本当は離れたくなかったからだ。それが純平を縛り付けてしまうことになるとわかっていても、どうしてもその言葉だけは書けなかった。


 それなのに、10年ぶりに会った純平は、自分と一緒に支え合っていきたいと言ってくれた。梓は純平の愛情の深さに感謝し、そして自分も同じ気持ちだということを自覚する。


「お父さん、お母さん、私は日本で・・・純平くんのそばにいたい。もう、目の病気も完治した。それについてはお母さんにとても感謝している。お母さんが私を助けてくれたから乗り越えられた。だけどこれからは、私は純平くんのそばで純平くんを助けて、支えていきたい。私は、純平くんのこともバイオリンも、どっちも大好きだから、どっちも諦めたくない」


 梓は両親に向かってはっきりと宣言した。

 その言葉を聞いた真純は「そう・・・」と言って、スマホを取り出しどこかへ電話する。

 ドイツ語で話しているようなので、相手はライナーだろう。しかし、1分足らずでその電話は終了し、今度はまた別のところに掛けていた。


「あっ、花純? 私。・・・・・・そう、お願いできる? ・・・・・・じゃあね」


 一連の真純の行動が理解できず、純平と梓は二人で顔を見合わせて、首を傾げていた。


「真純、話はまとまったかい?」

「ええ、悔しいけど、あなたの言う通りだったわ」

「僕は君よりも二人のことを知っているからね」

「はーあ・・・こんなことなら、連れてこなければよかった!」

「それはダメだよ。花純とも約束しただろう?」

「そうね、あの子を本気で怒らせたら怖いし、しょうがないわ」

 

 ポンポンと交わされる元夫婦の会話に、純平も梓も全くついていけない。

 そして征司から、今回のいろんなことを教えてもらった。


 花純は真純の言う通り、バイオリン教室を純平に譲る準備をしていた。しかしそれには、純平をサポートする人間が必要になる。純平と花純が信用できる人間。それは梓しかいないと花純は考えた。


 その頃には梓の目の治療も落ち着いていて、次の検査で何事もなければ完治となると聞いていた花純が真純に相談するも、梓を自分の後継に育てたがっていた真純は、花純の話を聞いていないフリしていた。


 そのあとも理由をつけては梓の帰国を遅らせ、終いには花純が真純にブチギレたらしい。

 今まで散々、梓をほったらかしにしておいて、今さら母親ヅラすんな! と怒られ、とにかく純平と梓の気持ちを確かめて、二人の決めたことを尊重するということで話がついたというのが、今日までの大まかな話の流れだった。


「その結果、純平くんは梓と一緒にいることを望んで、梓も純平くんと一緒にいたいと思った。だから梓はこのまま日本に残るってことになるけど、それでいいんだよね?」


 征司が梓に尋ねると、梓は大きく首を縦に振る。


「お母さん、私は世界で活躍するより、純平くんのそばにいたい。わがまま言ってごめんなさい」


 梓に頭を下げられ、それを見た真純は「頭を上げなさい」と言い、話を続けた。


「梓、私はどこにいてもあなたの母親だし、あなたのことをずっと愛しているわ。これからも純平と二人、仲良くね。純平、梓のことよろしく」


 真純にそう言われた純平は、


「はい、よろしくお願いします」


 と、力強く答えた。

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