贈物
なんとか落ち着きを取り戻し、やっとソファに向かい合わせに座って話す姿勢を取ることが出来た純平は、今日のお礼をしようと口を開く。
「真純さん、チケットを譲っていただいたのは征司さんですが、改めて今日のお礼を・・・・・・」
「あーっ、そんなのいいのっ。あの人が来れるかどうかなんてわからなかったし、私にしたら純平が来てくれた方がありがたかったからね」
「僕・・・ですか?」
「当たり前じゃないっ。征司なんかよりよっぽどバイオリンのことをわかってるし、あなた以上に今日来てほしい人なんていないわよ。ちなみにこれ、一応褒めているからね」
「えっ・・・あっ、ありがとうございます・・・」
真純は足を組みなおし、右手で髪の毛をかき上げると、再び純平の顔をじっと見つめてきた。その視線に耐え切れずつい目を逸らすと、真純はおもむろに聞いてきた。
「純平、いま恋人はいるの?」
「いません」
「そう、結婚は?」
「してません」
「ふーん・・・いい男なのにもったいないわね」
真純が何を言いたいのか純平にはわからなかった。純平としてはとても気まずい空気なのだが、真純のそばにずっといるライナーは、そんなことは何も感じていないらしい。
するとここで、真純が突然言い出した。
「純平、梓がいまどうしているか、知りたい?」
急に言われて、純平は答えに詰まってしまう。それでも、自分が思っていることをちゃんと伝えることにした。
「僕は・・・ずっと梓と会って話がしたいと思っています。この10年間ずっと。ただ、会ってその先どうなるかは、わかりません。現実を突き付けられるのも怖いです。だけど、僕は梓に会いたい。・・・・・・真純さん、梓はいま、どこにいるんですか?」
純平はいま一番聞きたいことを、一番よく知っているであろう人物に勇気を出して聞いてみた。すると真純はニコッと笑い、
「純平、お腹空いたでしょ? 今日ね、お寿司を食べに行こうと思って予約しているのよ。一緒に行かない?」
と、全く違う答えが返ってきた。
「え・・・あの、寿司ですか・・・?」
「そうよ、銀座のお寿司屋さん」
「いや、その前にさっきの話は・・・」
「だからよ。そのお店の個室を予約しているから、そこなら落ち着いてゆっくり話せるし、私もいまから着替えだなんだあるから・・・ね?」
真純の答えに拍子抜けしてしまったが、そう言われると答えは一つしかなくなってくる。純平は困りつつも「はい」と返事をするしかなかった。
「それじゃあ純平、これお店の名前と地図ね。私はこれからちょっと人と会わなくちゃいけないから、それが済んだらすぐ行くわ。適当に美味しいものを注文して食べてていいから待ってて。まあ、私からの少し早いクリスマスプレゼントだとでも思ってくれていいわ」
「はぁ・・・」
「じゃ、あとでねー」
そう言って今度は半ば強引に楽屋を追い出された。
久しぶりに再会した飯倉真純は、相変わらず美人でぶっ飛んでいた。
そのペースに終始振り回されていたが、とりあえず梓の今の状況を知りたい純平は、真純に言われるがままタクシーで銀座に向かう。
店に着き、飯倉真純の名前を出すとすぐに案内された。
真純が言っていた通り個室の部屋の前に着くと、案内したスタッフが扉をコンコンとノックする。
「失礼いたします。お連れ様がいらっしゃいました」
(お連れ様?)
案内されたのは純平なので、この部屋に先に誰かがいるということだ。真純からはそんなこと一言も聞いていない。知らない人と待つのなんて無理だよ、と思ってももう遅い。
すでに引き戸の入り口は開かれているので、入らないわけにはいかなかった。
仕方なく純平は案内された個室に足を踏み入れる。
部屋の中には4人掛けのテーブルがあり、4人分のテーブルセッティングがされていた。
その一番奥の壁側に座っている人がこちらを見る。純平の後ろで扉が閉まるのと同時にお互いが口を開いた。
「・・・・・・梓」
「・・・・・・純平・・・くん?」
声を聞いた瞬間、純平はこれが夢なのか、現実なのかわからなくなった。ただ目の前に、10年間会いたくて、恋焦がれた女性がいる。その顔をもっとよく見ようと近づこうとするが、足が震えてなかなか進まない。
梓も椅子から立ち上がり、純平の方をしっかり見ていた。
「あ・・・梓・・・梓っ!」
純平は梓のそばに行くと何も考えられなくなり、その存在を確かめるように、ただひたすら梓を強く抱きしめた。梓もそれに答えるように、純平の背中をぎゅっと握る。
純平も梓も、涙が止めどなく流れる。
会えなかった寂しさ、辛さを全て吐き出すかのように二人は涙し、10年分の想いを胸にその場で抱き合っていた。
☆☆☆
しばらくして純平は、腕を緩め両手を梓の両頬に当てて、自分の方に顔を向ける。
「梓・・・会いたかった・・・・・・俺、ずっと、梓に会いたかったんだ・・・・・・」
「うん・・・・・・ごめんね、純平くん。ごめん・・・・・・」
純平は自分の額を梓の額に合わせる。そうすることによって、目の前に梓がいることを感じていた。
10年前、手紙だけを残して純平の前から消えた梓。
言いたいことも、聞きたいこともたくさんあったけど、いざ本人を目の前にすると、言葉が出てこない。
純平は梓の名前を呼ぶので精一杯だった。
それから二人は、隣同士の席で膝を合わせて向かい合うように座り、お互いの両手を繋ぐ。先ほどよりも落ち着いた二人は、お互いに涙を拭い、これまでの10年間の話をし始めた。
「梓、征司さんから聞いた。目の手術をしたって」
「うん・・・手術して、そのあとずっと治療と経過観察を続けていたの」
「それで・・・・・・」
純平はその結果を聞くのは少し怖かった。でも、それを聞かなければ、前に進めない。
「うん・・・・・・完治したよ」
「・・・・・・え?」
「私の目、治ったの。純平くん」
「治った・・・・・・?」
「そう。もう、失明する危険はないって言われたの」
その言葉を聞いた純平は、心の底から安堵する。それと同時に、また涙が溢れる。
「純平くん、また泣いてる・・・」
「・・・っ、ごめん。嬉しくてつい・・・梓がずっと、病気のことで悩んでいたのを見てきたから、本当に良かったと思って・・・・・・」
「ありがとう、純平くん」
梓は純平の涙を拭い、笑みを浮かべる。
10年ぶりに再会してからずっと、お互いに泣いてばかりで、二人とも目が真っ赤に腫れているのを見て、それがなんだかおかしくなり、二人で笑い合った。
目の病気が治ったのは本当に良かった。
しかし、それとは別に聞きたいことが純平にはある。
「あの・・・梓、俺・・・・・・」
「やっほーお待たせー」
ノックもなく現れたのは、梓の母・真純だった。
「おいっ、真純! ノックぐらいしろっ」
そう言って一緒に現れたのは、梓の父・征司だった。
純平と梓は、突然の二人の登場に手を繋いだまま固まってしまい、しばらくのあいだ元夫婦を見つめてしまった。
「あら、征司。なんだか私たち、お邪魔だったみたい」
「みたいじゃなくて、完全に邪魔者だよ全く・・・・・・純平くん、ごめんな」
「だけど見てよ征司。私からのクリスマスプレゼント、純平は喜んでくれたみたいよ」
真純にそう言われた征司は、ちらっとその視線を純平と梓の手元に向ける。その視線に気づいた純平は慌てて梓の手を離してしまう。
「あっ、そのっ、征司さんこれはっ」
「いいって、いいって! こっちこそホントすまんっ」
「なになにー? その分だと上手くいったのかしらー?」
「「・・・・・・・・・・・・」」
上手くいくもなにも、その話をする前に二人が乱入してきたので、純平は完全にタイミングを逃してしまっていた。
純平と梓から冷ややかな視線を貰った元夫婦は、苦笑いをしながら席に着き、とりあえず乾杯しようかと注文をし始める。
こうして10年ぶりに再会した純平と梓は、少し緊張しながらも隣同士に座り、食事をすることになった。




