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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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予感

 クリスマスもお正月も冬休みもあっという間に過ぎ、気が付けばもう2月になっていた。

 この時期になるとほとんど登校せずに自宅で学習したり、防音室でバイオリンの練習をしたりすることが増えていた。

 そして世間はバレンタインだなんだと騒ぎ出しているのだが、はっきり言って受験生には関係ない。というか、迷惑でしかなかった。


 結局、梓が何に悩んでいたのか最後まで言ってくれなかったけど、年が明けた頃には解決したのか、以前の梓に戻っている。

 しかしそれは、そう見えるようにしていただけで、梓が大きな決断を下したことを純平は知らないままだった。


 そして受験2日前。純平と梓は音大受験のために、一緒に東京へと向かう電車に乗っていた。


「いよいよ明後日か・・・緊張するな」

「そうだね・・・でも、コンクール終わってからは死に物狂いで勉強したし、頑張ろう?」

「そうだな」


 純平は隣に座る梓の手をぎゅっと握る。

 梓の小さくてしなやかな指に、純平は自分の指を絡めると、それだけで二人が強く繋がっていると実感することが出来た。


 試験は明後日から2日間に渡って行われる。

 二人がなぜ前日ではなく2日前に東京へ向かったかというと、天候の影響などで電車や新幹線にトラブルが起こっても大丈夫なように、そして前日には大学までの電車や道のりを確認するためでもあった。


 東京駅に着いた二人はまず、今日から4日間純平が宿泊するホテルへと向かう。梓は自由が丘の喜代の家にお世話になることになっていた。

 当初は純平も一緒にと喜代に言われたのだが、さすがに4日間もお世話になるのは・・・と、丁重にお断りをしてホテルを選んだ。


 そしてホテルを選んだ理由はもう一つ。受験に集中したかったというのもある。


 梓と一緒にひとつ屋根の下にいると、自分が集中できないと考えたからだ。そのために今まで頑張ったことを水に流すことだけはしたくなかったので、純平は歯を食いしばってお断りをした。本音は、喜代の家に泊まりたかったのに・・・。


 ホテルにチェックインし荷物を部屋に置いてすぐ、純平はロビーで待つ梓の元へと向かう。


「梓、行こうか」

「うん・・・ねぇ、純平くんのお部屋って何階なの?」

「8階の803だけど・・・」

「ふーん・・・」

「何かあるの?」

「ううん、何もないよ。ただ聞いてみただけ」


 なぜ突然そんなことを聞かれたのか気になったが、人波に飲まれるように聞こうとした言葉も飲まれていく。


 梓と一緒に喜代の家に着いたのは、すでに午後4時を過ぎていた。


「あらあら梓、純平くん、いらっしゃい」

「お邪魔します」

 

 もう3回目の訪問となると、純平もさほど緊張しなくなってきた。

 いつものように仏壇に線香をあげて挨拶を済ませリビングへ行くと、喜代が早速お茶を持ってきてくれた。


「喜代さん、お守りをわざわざありがとうございました」

「いいのよ、あれくらいのことしか私にはできないからね」

「それでも十分です」


 純平のその言葉を聞いた喜代はいつものように、ウフフと楽しそうに笑っていた。


 それから夕飯までご馳走になり、純平はホテルへ帰るため喜代の家を出てきた。梓も純平の後ろからついてくる。


「梓、暗いし寒いから、早く家の中に入って。俺は大丈夫だから」


 純平は家の前の道路まで出てきた梓を心配する。


「・・・うん、純平くん・・・」

「どうした?」


 梓はご飯を食べている時から元気がない。

 純平は梓が試験前で緊張していると思い、なるべく試験の話を避け、違う話で気を紛らわそうとした。


 それでも暗い表情を浮かべる梓が気になってしょうがない。

 そんなことを考えていると、突然、梓の方から純平に抱きついてきた。


 梓は純平の背中に両手を回し、いつも以上にぎゅうっと締め付けている。純平も甘えてくる梓が可愛くて、同じように抱きしめた。


「梓、明日から試験が終わるまで会えないけど、帰ったらまた一緒にバイオリン弾いたり、あと、デートもしよう。3日間の辛抱だから・・・な?」


 純平は不安になっている梓を慰めるように、優しく耳元で話す。

 梓は、純平のこういう優しさにいつも救われていたし、そんなところが大好きだった。


 純平と梓は、試験が始まったら終わるまで連絡は取らない、と約束していた。大学入試という人生の岐路に立っている今、お互い試験に集中しようと話し合ったことだ。


「明日、電話する。俺も頑張るから、梓も頑張れ」

「うん。いつもありがとう純平くん」


 それから二人は触れるだけのキスをして別れた。


 翌日、純平はホテルで朝食を済ませたあと、明日のために電車の時間を調べたり、大学までの道のり、時間などの最終確認をしてすぐホテルに戻ってきた。

 そのあとは楽典の勉強をする。とにかくひたすら暗記、暗記、暗記の連続だった。


 ふぅーっ、純平は一息つくと、ペットボトルのお茶を飲もうとキャップを開ける。その時、ホテルの部屋のドアをノックする音が聞こえた。


(え・・・なに? 怖いんですケド・・・)


 自宅の部屋でもないのにノックが聞こえ、純平は恐怖を感じる。気のせいだよなと思い直し、再度ペットボトルに口をつけようとした時「コンコン」とまた聞こえる。


 恐る恐るドアスコープを覗くと、そこには梓が立っていた。それを見た純平は、すぐにドアを開ける。


「梓⁉ どうした⁉」


 会わない約束だったはずの梓が来て、純平は驚いた。昨日も様子がおかしかったし、何かあったのかと考えてしまう。


「突然ごめんね、純平くん」

「いや、俺は大丈夫だよ。それより、何かあったのか?」

「ううん、いま叔母さんと大学まで行って来て、その帰りにちょっと立ち寄ってもらったの。純平くんに差し入れを持って行きたくって・・・」


 梓は持っていた紙袋を純平に差し出す。


 中にはマドレーヌやシフォンケーキなど、純平が好きな焼き菓子が入っていた。そして、その組み合わせに似つかわしくない、栄養ドリンクも一緒に入っている。


「わざわざありがとう、梓。めっちゃうれしい・・・」


 梓の気持ちが嬉しくて、純平は思わず抱きしめる。明日から試験なのに・・・ と思いながらも、少しの時間くらい許してほしいと思っていた。

 その思いに答えるように、梓も純平の背中をぎゅっと抱きしめる。


(ヤバイ・・・これ以上この部屋でこんなことしていたら、止められなくなる・・・)


 純平は自分の理性が働いているうちに梓を離そうとするが、なぜか梓が離れてくれない。それどころか、梓の方から純平にキスをしてきた。

 純平は一瞬驚くが、それを素直に受け入れる。そしてそれはだんだん深くなっていき、思わず梓の身体を壁に押し付けてしまった。

 

 角度を変えながら何度も何度も口づける。漸く唇を離した時には、お互いの呼吸が乱れていた。


「梓、これ以上一緒にいたら、俺、梓に何するかわかんないから・・・」

「うん・・・ごめんね、純平くん。今日会えて嬉しかった」

「俺も梓に会えてよかった。明日から頑張ろうな」

()()()()純平くん。じゃあね」

「あっ・・・待って、梓っ」


 梓が一人で出て行こうとするので、純平は思わず引き留める。


「送っていくよ」

「ううん、大丈夫。下で叔母さんが待ってくれているから」

「あ・・・そうか・・・」

「じゃあね」

「うん、じゃあ・・・」


 梓はそう言うと静かに廊下を歩き、エレベーターホールへと曲がっていった。

 その後ろ姿を見送った純平は、なぜか不安に駆られる。理由はわからないが、心臓がドキンドキンと、いつもより大きな音を出していた。

 ついさっきまで濃厚なキスをしていたからかとも思ったが、そういう甘いものではなく、もっと暗い闇に包まれるようなそんな気分だ。


 明日から試験で少しナーバスになっているだけだ。

 純平は自分にそう言い聞かせて気合を入れなおし、再度楽典問題に取り組む。


 後日純平は、梓の後ろ姿を黙って見送ったことを、ひどく後悔することになる。

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