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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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悲願

 ソロ部門が終わったその日の夜。花純を含めた全員で食事に行き、ホテルに着いたのは午後9時前だった。


 純平の姉、杏子は一人暮らしのためそのまま自宅へ帰り、明日再びホールに来てくれるらしい。

 征司と加夜子は、自由が丘の喜代の家に泊まることになっていた。梓も一緒が良かったのだが、翌日が朝早く、自由が丘からでは少し遠いため、純平、房恵、花純と同じホテルに宿泊することになっていた。

 

 梓は花純と同じ部屋で喜んでいたのに対して、純平は高校3年で母と二人部屋はイヤだとめずらしく反抗する。

 しかし、朝が弱い純平を起こすのは私だと房恵が言い張り、結局、母と同じ部屋で寝ることになった。でも、絶対ツインで! と、それだけは譲らなかった。


 そうして迎えたコンクール2日目。

 純平は、ほとんど昨日と同じ衣装だった。まあ、男性の衣装なんてこんなものだからしょうがない。

 対して梓の今日の衣装は、初めて一緒に出場したアンサンブルコンクールの時に着ていた、ネイビーのハイウェストのロングドレスを身に纏っていた。

 髪も昨日とは違ってハーフアップにしており、毛先はくるんと軽く縦巻きにしていて上品さが滲み出ていた。今日のヘアメイクも、杏子の力作だそうだ。


 そして、昨日と同じように梓の美しさに見惚れるだけ見惚れた純平は、漸く我に返り、花純の最終チェックを受ける。


「さあ、純平、梓。泣いても笑っても、今日が最後だよ。悔いが残らないように頑張っておいで」

「「はい」」


 花純の言葉に二人は力強く答える。


「それにさ、さっきちょっと知り合いの先生に言われたんだけど、ソロ部門2位の二重奏ってことで、なんか注目されているみたいだよ?」


 花純は愛弟子たちが注目されていることを喜んでいたが、純平と梓にしたら、本番前のプレッシャー以外のなにものでもなかった。


「花純先生、そういうことはあんまり聞きたくなかった・・・」

「せめて終わった後に聞きたかったわ・・・」

「・・・・・・ごめんね?」


 花純は本当に申し訳ないと思っているのかわからないが、本番前に緊張している二人に向かって顔の前で両手を合わせ、ウィンクして謝ってきた。

 それがあまりにもおかしかったので、逆に二人とも肩の力を抜いてリラックスする。


 泣いても、笑っても、今日が高校生活最後のコンクール。

 二人は顔を引き締めて舞台袖へと向かった。


 アンサンブル部門は、ソロ部門よりも参加者が少ないため、純平たちの出番はもうすぐとなる。

 舞台袖に待機して、前の出場者の演奏を見ていると、梓が小さな声で話しかけてきた。


「純平くん」

「ん? どうした?」

「私、純平くんと二重奏が出来て、本当に嬉しかった。ありがとう」

「・・・・・・なんだよ、急に」


 梓がなぜ本番前にこんなことを言い出したのか、純平は少し不安になった。


「だって、高校生活最後のコンクールだし、もう二重奏も出来ないと思うから・・・・・・」


 梓が言った「最後」という言葉に、純平は胸が痛くなる。だから、それを否定するかのような言葉が出てきた。


「・・・・・・だったら、最後にしなければいい」

「え・・・?」


 今度は梓が純平の言葉に驚く。


「俺は、梓と二人で音大に行けたら、そこでも一緒に二重奏やりたい」

「純平くん・・・・・・」

「だから、最後じゃない。それじゃあダメか?」


 舞台袖の暗闇の中で、梓のために二人は手を繋いでいた。それを純平がぎゅっと握ると、梓もそれに答えるようにぎゅっと握り返す。それだけで純平は、梓が「YES」と返事をしたと理解した。


 それから二人の名前が呼ばれ、舞台へと進む。

 曲は、去年と同じバッハの「2つのバイオリンのための協奏曲 第二楽章」だった。

 花純からは別の曲を提案されたが、意外にも梓がこの曲がいいと主張した。


 去年、筒居の手によって楽譜が破られ、その直後のコンクールでは成績が振るわなかったが、この曲で力を出し切ることで過去の思いを払拭できると言って、梓は譲らなかった。

 純平は梓のその気持を汲み、受け入れた。


 2nd(セカンド)バイオリンの梓の音色で曲が始まる。そこに追従するように純平の音が加わると、二つのメロディーが寄り添うように紡がれていく。

 

 高校1年生の時から純平と梓は、ライバルとして、パートナーとして、友人として、バイオリンを通して交流を深めていった。楽しいことも、苦しいことも、悲しいことも二人で乗り越えてきた。


 その中でお互いに恋をした。純平は梓に気持ちを伝えたけど、梓から返事はもらっていない。それでもこれからもずっと一緒にいると思っているし、梓には友人が出来たけど、本当に梓を守れるのは自分しかいないと純平は思っているし、そうであり続けたいと思っている。


 そんなことを考えながら演奏していたからだろうか、二人が奏でる音色はいつもよりも優しく、美しく、愛に溢れていた。その音色は会場で見ている者全ての人を魅了していた。それはまるで、梓の実母・飯倉真純に近いものがあった。


 最後の一音で締めくくり、二人の弓が弧を描くと、会場から大きな拍手を貰った。その拍手を受け、笑顔で笑い合う。


 二人の高校生活最後の二重奏は、愛と優しさに包まれて終わりを告げた。


 そして結果発表の時。純平と梓は昨日と同じように、会場の席でその瞬間を待っていた。


「高校生の部、第1位────バイオリン二重奏、夏見純平・遠山梓」


 名前を呼ばれた瞬間、純平は目を大きく開き、梓は両手で口許を押さえる。周りに座っている出場者たちが拍手しながらこちらを見ているので、名前を呼ばれたのは間違いないと自覚する。


 二人は顔を見合わせ、お互いに「間違いじゃないよな?」と確認し合い、頷きあう。「間違いじゃない」と。

 そして表彰式のため、二人で舞台へと歩き出した。


 そのあとも入賞者が呼ばれ、次々と舞台に人が上がってくる。

 そして表彰式に入り、賞状と盾を受け取ると、だんだん1位になった実感が湧いてきた。


 別のアンサンブルコンクールでは1位になったことはあるが、そのコンクールよりもレベルの高い今回のコンクールで1位になったことが、本当に嬉しかった。去年、悔しい思いをした分、純平と梓の目標が一つ達成された。


 二人で家族が待つロビーに行くと、みんなが笑顔で迎え入れる。


「純平! 梓ちゃん! おめでとう!」

「純平くん、梓、よくがんばった」


 房恵と征司の喜びの言葉で出迎えられた二人は、緊張の糸が切れたこともあり、昨日よりも表情が柔らかくなっていた。


「ありがとう」

「ありがとうございます」


 二人で家族にお礼を言うと、杏子が写真を撮ろうと言い出して、盾を持つ二人のツーショット写真を撮ることにした。


「ちょっと二人とも離れすぎ、もう少し寄って」


 杏子は二人にカメラマンのような指示を出す。二人は少し照れ臭そうにしながら、純平の右腕に梓の肩がつくくらい寄り添って立った。


「あれ? デジカメの設定が・・・ちょっと待ってて!」


 杏子がカメラの設定をいじっている間、二人はずっと腕と肩が触れ合ったままだった。すると、梓が小さな声で話しかけてきた。


「純平くん、ちょっと・・・」


 梓は純平にちょっと耳を貸せと小さく手招きする。


「・・・?」


 純平はなんの疑問も持たずに、そのまま右耳を梓の方へと近づける。そして梓は持っていた盾で口許を隠し、純平の耳に囁いた。


「あのね、純平くん。私も・・・・・・純平くんのこと好きだよ」

「・・・・・・え⁉ ちょっ・・・・・・」

「あーごめん、ごめん。お待たせしましたー・・・って純平、あんたなんでそんなに赤くなってんの?」


 杏子に指摘され、純平は必死に何でもないと取り繕う。突然告白してきた張本人の梓は、しらーっとした顔をして正面を向いていた。


 なんとか写真撮影を終えて、着替えに行くため家族をロビーで待たせ、梓と更衣室に向かう途中、純平は梓の腕を掴んで別の出口からホールの外へ出る。

 そこはちょっとした広場になっており、ベンチなどもいくつか整備されている場所だった。


「梓っ、さっきのって・・・」


 純平は早く梓からことの真意を聞きたくて、外に出たと同時にすぐに問いただした。


「うん・・・・・・本当はもっと早く返事したかったけど、コンクールに集中したかったから・・・・・・待たせてごめんね」


 上目遣いにそんなことを言われた純平は、今すぐ駆けずり回りたい気分になった。しかし、もう一度ちゃんと確かめよう。そう思って梓に恐る恐る聞いてみる。


「あの・・・そしたら・・・・・・俺と、つ、付き合ってもいいって・・・こと?」


 その言葉に梓は首を縦に振る。そして、


「これからもよろしくね、純平くん」


 と言って、とびっきりの笑顔を見せてくれた。


 長い間自分の気持ちを隠し続け、そしてとうとう溢れる想いを打ち明けてから今日まで長かった。

 この日は純平の悲願が成就された日となった。

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