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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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結果

 コンクールは滞りなく進み、ついに梓の出番となった。


 梓が今回ソロ部門で選曲した曲は、モーツァルトの「バイオリン協奏曲 第3番 第1楽章」だ。

 

 この曲はモーツァルトが19才の時に作曲した曲と言われている曲で、天才ならではの早熟ぶりが窺える。

 第1楽章は晴れやか且つ爽やかな旋律で奏でられ、短調に移行し陰を見せる部分でも美しさはそのままに、青年期のモーツァルトの気品に満ち溢れた曲となっている。


 梓はその曲を見事に演奏する。

 梓の出す音色は、モーツアルトの曲にぴったりだった。軽やかで美しく爽やかな梓の音色。ずっと聴いていたい心地よさを感じずにはいられない。

 純平は梓の演奏を舞台袖から見ながら、やっぱり梓の音が一番好きだと思った。

 

 本当は中学2年の時、初めて梓のバイオリンを聴いたときから、梓の音色が忘れられずにいた。

 あの時は負けて悔しかったから気づかなかったが、今ならそう思える。


 梓の演奏が終わると、会場中から拍手が鳴り響く。

 その拍手を背にして梓は舞台をあとにした。


 次は純平の番だ。奇しくも、あのコンクールの時と同じ順番での登場になってしまった。


 舞台袖に戻ってきた梓と視線を交わす。

 本番中なので会話をすることはないが、ほんの一瞬目が合うと、それだけで心が通じ合った気がする。


『いい演奏だったよ』

『頑張ってね』


 そんな声が聞こえてきた。


 梓の声援を受けた純平が舞台へ登場する。

 純平がソロ部門で選んだ曲は、パガニーニの「カンタービレ」だ。


 パガニーニはイタリア出身のバイオリンの名手と言われる作曲家で、作曲した曲は超絶技巧だったり重音を駆使するような曲が多く、その高難度な曲が現在のバイオリン音楽に影響を与えたといわれている。

 

 しかしこのカンタービレは、これまでのパガニーニの曲とは異なり、優しさと透明感に満ちている曲だ。

 派手な技巧や重音は一切なく、ただただ優しいメロディーがシンプルに紡がれている。そのシンプルさゆえに一見簡単そうに見えても、さすがパガニーニ。音階の上下が激しく、演奏者は油断できないそんな一面を持った曲でもあった。


 純平はふうっと息をひとつ吐き、ピアノ伴奏者と同じタイミングで演奏を始める。

 優しく、そして優雅に音を奏で、純平らしい繊細な音色が会場を包み込む。

 

 梓も中学2年のコンクールと同じように、舞台袖から純平の演奏を見つめていた。繰り返し見て、聴いていた純平のバイオリンは、梓の心に深く沁み込んでいる。この音をずっと聞いていたい。そして、純平とずっと一緒にいたい。

 梓は無意識のうちにそんなことを考えていた。


 純平の演奏が終わると、梓と同様に拍手が沸き起こる。

 純平は安堵の顔を浮かべ一礼した。


 すべてのソロ部門の演奏が終了し、結果発表の時間になった。

 出場者は結果発表を会場の席に座って待つことになっている。

 

 そしていよいよ、小学生の部から順に発表される。

 結果を聞いて喜びの声を上げる者、落胆の声を上げる者、静かに結果を受け入れている者、みんながそれぞれの表情を見せている中、高校生の部の発表が始まった。


「バイオリンソロ部門、第1位─────該当者なし」


 司会者から発表されたのは、1位該当者なしという発表だった。

 それを聞いた純平と梓は、その現実を静かに受け止める。


 そんなことにも構わず、司会者からは次の結果が読み上げられようとしていた。


「バイオリンソロ部門、第2位────遠山梓。同じく第2位、夏見純平」


 二人は名前を読み上げられると、少し浮かない表情で客席から立ち上がり、拍手に包まれながら舞台へと進む。

 それを離れた席から二人の家族と花純が、大きな拍手と笑顔で称えていた。


 そのあとも発表が続き、入賞者全員が舞台に揃うと、賞状と盾が贈られたが二人の顔にほとんど笑顔はなかった。


「純平! 梓! おめでとう!」

「ありがとう、花純ちゃん」

「ありがとうございます・・・」


 花純が喜んでいることに対して、二人の表情は暗い。

 その表情を見た花純は、フッと笑って愛弟子を見つめる。


「なんでそんな暗い顔してるのよ。今回の最高位なのよ? しかも二人揃って」


 音楽コンクールはスポーツなどとは違い、審査員による主観や、前年度の同率位の奏者と比較して順位付けされることはよくある。

 クラシックの本場ヨーロッパのコンクールでは、審査が厳しいと有名なコンクールがあり、1位入賞することが奇跡のようなコンクールも存在する。

 なので、今回のようなことは決して珍しいことではなかった。


「花純ちゃんにそう言われて嬉しいけど、でも、やっぱり・・・悔しい」


 梓はきれいな顔を歪ませて、本気で悔しがっていた。純平だって、すごく悔しい。この1年間、今までにないくらいバイオリン漬けの日々を過ごしてきた。だから自分か梓、どちらかが1位になれたはずなのに・・・という思いを拭いきれずにいた。


 そんな二人を見て、花純は静かに語りかける。


「あのさ、コンクールの順位はあくまでも目標であって、頂点に立つことだけを考えてはダメだよ。私はコンクールで1位を獲った人間が、それ以上実力を伸ばし切れずに落ちて、音楽を辞めた人間を何人も見てきた。純平も梓も、音大を受験して卒業後も音楽を続けていきたいのなら、今ここで1位を獲れなかったことを悔やむより、今日の修正点を見つけて前に進む。2位っていうのは、それだけ伸びしろがあるんだ。だから今日は二人で2位になったことを喜んで、明日からまた次に向けて頑張る。それが音楽という世界で生き抜くことなんだよ。だから二人とも、今は胸を張って堂々としなさいっ!」


 花純の言葉は、純平と梓に深く突き刺さった。

 1位じゃなくてもいい。2位でも未来はあるんだと。


 悔しい思いをしないと人は成長しない。


 花純に常に言われていた言葉だ。1位という成績に満足して胡坐をかいて落ちていくより、2位で悔しい思いをした方がずっと幸せだと花純は言っていた。


 その言葉を思い出した二人は、この日やっと2位になれた喜びを感じることが出来た。

 

 それから純平と梓はロビーで記念写真を撮った後、お互いに同じタイミングで口を開く。


「梓、おめでとう」

「純平くん、おめでとう」


 二人はお互いに健闘を称え合い、高校生活最後のソロでのコンクールが終わった。

 明日はいよいよアンサンブル部門。

 今日はライバルだったけど、明日はパートナーとなる二人は、また気持ちを新たに前を向いた。

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