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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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足踏

 それからの二人の関係は・・・・・・残念ながら何も変わることはなかった。

 夏休みには去年のリベンジを果たすべく、同じコンクールへの出場も控えていたので、純平も梓も二人で桜を見たあの日のことは触れずにいた。


「今すぐ返事はしなくてもいい」と言って早2か月が過ぎ、季節はもう夏休み目前。

 純平と梓は去年と同じように、期末テスト明けから平日も花純のレッスンを受けていた。そしてこの日も学校が終わると同時に電車に乗って、バイオリン教室へと向かう。


 いつものローカル線に乗り、いつもと同じように4人掛けのボックス席に座る。時折会話をしては、窓の外を眺める。

 いつもと何も変わらない、いつもと同じ距離感。


 梓には自分の気持ちを伝えた。でも、困らせたくなかったから「今すぐ返事はしなくてもいい」なんて余裕のあるフリをした。でも本当は、梓が自分のことをどう思っているのか気になってしょうがない。


 周りの人間とコミュニケーションをとるようになった梓は、江口と岸本以外にも友人が増えていった。


 それは、今まで自分の殻に閉じこもり、病気を理由に人を遠ざけ、バイオリンにだけ向けていた情熱を、バイオリン以外にも向けたことで、梓の世界が広がった証拠でもあった。


 純平はそれを望んでそうしたはずなのに、いつの間にか梓が自分以外のところで世界を作っていることに寂しさと、焦りを感じていた。

 

 このままでは置いて行かれる。梓が遠くへ行ってしまう。

 そんな気持ちが湧き上がるたびに、純平は自分で自分がイヤになっていった。


「純平くん、もうすぐ夏休みだね」

「そうだな。夏休みに入ったら、すぐコンクールだな」

「・・・・・・うん。去年は本当に悔しかったから、絶対にリベンジしたい」


 レッスンが終わり、駅で電車を待つベンチに腰掛け、梓は去年の悔しさを吐露する。


「大丈夫。俺らなら出来るよ」

「ふふっ、でも純平くん、忘れてない?」

「なにが?」


 梓に聞かれたことが分からず、純平は聞き返す。


「私たち、ソロではライバルなんだよ?」

「・・・ああ、そういうこと」


 そう、梓はパートナーでありライバルでもある。去年は二人とも入賞こそしたものの、想定以上に低い成績だった。だから今年こそは負けるわけにはいかない。それは梓でも他の人でもない、己自身との勝負でもあった。


 そして二人はまたいつも通り、肩を並べて帰途に就く。

 最寄り駅に着くころには暗くなっているので、梓は純平の手を借りて歩く。

 これもいつもと同じ光景だった。


 夏休みになると、あっという間にコンクール当日を迎えた。

 コンクールは2日間に渡って東京で行われる。今日はソロ部門だ。

 

 このコンクールは、純平と梓が過去に優勝したことのあるアンサンブルコンクールよりもレベルが高く、動画審査による予選も行われていた。

 もちろん、二人とも予選を通過したからこそ本選のこの会場にいるのだが、その他の出場者も実力者揃いで、簡単に優勝を狙えるわけではない。


 去年はコンクール直前にトラブルに見舞われたため、思うような演奏が出来ずに悔しい思いをしたが、今回はそうではない。

 だからこそ言い訳もできないし、去年以上の結果を残すことが純平にとっても梓にとっても最大の目標になっている。


 そして会場が東京のため、当然宿泊することは決定している。

 今回純平の方は、房恵と東京の大学に通う姉、杏子が会場に来ていた。父はまた留守番だ。梓の方は征司と加夜子が来ている。


 会場に着くと梓は着替えのために、加夜子と房恵と杏子と一緒に行ってしまっていた。純平はスーツに着替えて少し髪の毛を整えるだけなので、そこまで時間は掛からない。


 今回純平は、新しくスーツを仕立て直した。

 今までのスラックスは身長が伸びたせいか短くなってしまったため、どうせなら新しくしようとなった。

 黒のスーツにワイシャツとネクタイを締めると、始まるなと感じる。


 調弦室で調弦を済ませた後、花純との最後の確認のために音出し室へと向かう。


「うん、純平。すごくいいと思う。正直、去年よりずっといい。自信もって弾いておいで」

「はい。ありがとうございます」

 

 尊敬する先生にそう言ってもらえるだけで自信が湧いてくる。普段の花純のレッスンは決して甘くはない。厳しいことを言われることが多いくらいだ。

 しかし、本番前には必ず生徒の努力を認め、励まし、誰よりも声を掛け応援してくれる。そんな花純だから純平は今までやって来れたし、バイオリンを嫌いになることはなかった。


「花純ちゃん、私も最後の仕上げお願いします」


 そう言って現れた梓は、ベタな言い方だけどとてもきれいだった。

 

 今回の梓のドレスは、淡いパステルパープルのAラインのドレスで、上半身がスクエアネックになっているため、梓の白くて細い首や腕が完全に見えている。

 スカートの部分はタフタとオーガンジーを使用して、上品さと華やかさを見事に演出していた。

 つまり何が言いたいかというと、すごく似合っているということだ。


 メイクとヘアセットも加夜子と房恵と杏子が頑張ったのであろう、サイドをロープ編みし、後ろをシニヨンでまとめてアップにしていた。所々にパールのピンを差し、大人の雰囲気を醸し出している。


 純平は相変わらず梓のドレス姿を見て惚けてしまい、言葉を発せずにいた。しかしすぐに我に返り、梓に一言だけ伝える。


「梓、キレイだね。すごく似合ってる」

 

 自分でもなんてクサい台詞だと思ったが、正直に出てしまったんだからしょうがない。それに対して梓も「ありがと」と返すだけだった。しかしその顔は耳まで赤くなっていた。


「はいはい、梓。時間がもったいないから最終確認するよ。純平も外に行って集中してきな」


 二人の様子をそばで見守っていた花純は、もどかしくて悶絶しそうになったが、今はコンクール本番前。もう一度集中力を高め、思う存分実力を発揮できるよう促すのも講師の務めだ。二人の意識を自分に向けさせて、今やるべきことを指示する。


 それから二人は改めて顔を引き締め直し自分のことに集中するようにした。


 コンクールが始まると、控室周辺はさらに緊張感が増していく。

 次々と出番が近づき、呼ばれていく出場者たち。

 純平も梓もその時を静かに待っていた。

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