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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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提琴

タイトルの「提琴」は「バイオリン」と読みます

 入学式から2週間ほど経った土曜日。

 純平はバイオリンケースを背負い、町に唯一走っているローカル線に乗って隣市にあるバイオリン教室に向かっていた。

 

 小学校にあがる直前、母親が趣味で習い始めたバイオリン教室に連れていかれ、ヒマそうにしていた純平に一緒にやらないかと声を掛けてくれた、当時の講師の先生の勧めでバイオリンに触れたことをきっかけに、純平はどんどん上達していった。


 そして小学校5年生の時に、2回目の出場となった全日本コンクールで初優勝すると、学校だけではなく、地元でもちょっとした有名人になった。

 純平はバイオリンが好きだったが、思春期を迎えていたこともあり、どこか恥ずかしいという思いがあったので、それまでバイオリンを習っていることを誰にも言っていなかった。

 それなのに優勝なんてしてしまったものだから、それを知った学校の先生をはじめ、PTAの保護者達がしゃしゃり出てきて、ちょっとした騒ぎになったことは今でも覚えている。


 同級生の中には「男のくせにバイオリンなんか」と揶揄う奴らもいたが、そんなことも一時的な事に過ぎなかった。なぜなら純平が中学1年まで全日本コンクールを3連覇したからだ。

 

 正確には、小学生の部と中学生の部で分かれるので、3連覇とは言わないかもしれないが、「3年連続」よりも「3連覇」の方がいいだろうと、誰が言い出したか知らないが、そう言われるようになっていた。


 3連覇という響きは、それまで純平のバイオリンを揶揄っていた連中を黙らせるにはとてもいい薬だったようで、それ以降、純平のバイオリンを揶揄う奴らもいなくなって良かったと思っていたのに、次の年の全日本コンクールで純平の4連覇の夢が潰えた。


 その年に優勝したのが遠山梓だった。

 純平と梓の初めての出会いは、全日本コンクールでの表彰式でのことだ。


 純平はそんなことを思い出しながら、今日もバイオリン教室へとたどり着いた。ガラス扉を開けると、バイオリンの音が聞こえてくる。


「あら純平くん、こんにちは」

「こんにちは田辺さん。先生はまだ終わってないの?」


 バイオリン教室の受付を長年やっている田辺さんに挨拶をすると、いつも純平が来る頃には終わっているはずの前の生徒が、居残りをしていたので聞いてみた。


「そうなのよ。柚季(ゆずき)ちゃんがね、今度は絶対優勝したいから特訓してって先生に言ってて。それで純平くんの時間ギリギリまでやってるのよ。でも、そろそろ終わると思うわよ」

「ふーん。気合入っているんだね」


 純平があまり感情のない言い方をすると、田辺がプッと吹き出す。


「柚季ちゃんは必死なのに、純平くんは余裕なのね。あの子はあなたに負けたくなくて頑張っているのに」

「俺よりすごい人なんかいっぱいいるのに、柚季はもっと視野を広く持たないとダメでしょ」


 純平は梓が優勝するまで、自分の優勝は確実だと自惚れていた。4連覇も確実だなと。

 でも結果は遠山梓の優勝。純平は2位だった。

 純平はそれまで奢り高ぶっていた自分を大いに恥じたし、コンクールに初出場で初優勝を飾った梓のことを恨めしく思ったりもした。それは結局、自分の実力不足、練習不足であると認めるにはまだ心が幼かった。


 しかしその次の年のコンクールに梓の姿はなかった。そのおかげとは絶対に言いたくないが、その年は2年ぶりに純平が優勝。

 

 たった1回。コンクールにポッと出てきて、優勝を搔っ攫って純平の4連覇を阻止しただけでなく、プライドもボロボロにして、次の年にいざリベンジと思ったら参加すらしていないなんて、純平からしたら屈辱以外のなにものでもなかった。


 その相手が自分と同じ学校の、同じクラスで、しかも席が目の前。

 神様はなんてイタズラをしてんだと思った。まあ、遠山からの夏見で出席番号順だから、席についてはしょうがないと言えばしょうがないが、それでも教室に入ってきたときの梓の姿を見た瞬間、純平は自分の身体が固まるのを感じた。


 それから2週間。純平は梓の顔も名前も覚えていたが、梓が純平のことを覚えているかどうかはいまだにわからない。

 とにかく梓は周りの人間と関わろうとしなかったし、純平と顔を合わせるのも、梓が席に着く時か、前から配られてきたプリントを渡す時くらいだったから確認のしようがなかった。

 純平も純平で、梓への劣等感を拭いきれずにいたので、積極的に関わろうとしなかったというのも原因の一つだった。


「純平、おまたせ」


 バイオリン教室の待合ロビーに置いている椅子に腰かけてぼーっとしていると、横から飯倉花純(いいくらかすみ)先生が声を掛けてきた。そしてその後ろから、純平と同い年の片山柚季も顔を出す。


「柚季、気が済んだのか?」

「はぁ? あんた、余裕ぶっこいているけどいいわけ?」

「なにが?」

「・・・・・・っ、なにがってあたしとの約束忘れてないでしょうね⁉」


 柚季に捲し立てられて、純平はなんだっけ? と考える。


「ああ! 思い出した! お前が俺に勝ったら、お前とふぐっ・・・・・!」


 続きを言おうとしたら、思いっきり柚季に脛を蹴られ、純平はその場で蹲る。


「そんなことここで言うなっ! バカッ!」


 柚季は顔を真っ赤にして純平にそう言い捨てると、バイオリンケースを抱えて教室を出て行ってしまった。


 柚季に弁慶の泣き所を思いっきり蹴られた純平は、涙目になりながら脛をさする。


「相変わらず、仲が良いんだか悪いんだか」

「花純先生、見てないで止めてくださいよ」

「いやあ、青春の邪魔しちゃ悪いかなって」

「ホントホント、甘酸っぱくていいねー」


 花純だけでなく、田辺まで便乗して揶揄ってくることに純平は辟易していた。


「花純先生、いまので10分も無駄になったので、その分延長してくださいね」


 純平は花純に容赦なく言い放ち、自分のバイオリンを持ってレッスン室に入っていく。


「私、お昼まだなんだけどな・・・・・・」


 時刻は14時。やる気に満ち溢れている生徒のおかげで、花純はこの日お昼ご飯を食べ損ねてしまった。その花純の呟きが純平に届くことはなかった。

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