悪意
鈴木先生と話をする場所として指定されたのは、職員室の隣の会議室だった。以前、校長先生から全校集会でバイオリンを演奏することを依頼された会議室だ。
鈴木先生の前に純平と梓は二人で並んで座る。
そして、テーブルの上には梓の手提げバッグを置き、昨日から今日にかけて起きた出来事を順序だてて話をする。実際に破られた楽譜や、壊されたキーホルダーを見せられた鈴木先生も、ただ事ではないと悟った。
梓は、科学準備室に呼び出された経緯から、ドアを閉められたことまでを小さい声で震えながら話した。
「はぁー・・・・・・事情はわかった。ただ、ここまで悪質だと、先生一人ではどうすることも出来ない。とりあえず、学年主任の向井先生に相談する。あと、夏見と遠山の保護者にも来てもらうことになるかもしれない」
鈴木先生は眉間に皺を寄せ、親指と人差し指で挟みながら、どうするべきか考えていた。
「先生、絶対犯人を見つけてください」
「んー・・・ああ、お前の気持ちもわかるけど、ちょっと落ち着け。ちゃんと学校側でも調べるから、とりあえず今日はもう帰りなさい」
純平の頭に血が昇っているのを見て、鈴木先生が窘める。
しかし、普段温厚な純平がここまで怒りを露わにしているところを見たことがなかった鈴木先生は、その圧に少々押され気味でもあった。
その日の帰り道、梓は終始無言だった。もちろん、楽譜があんなことになったので練習する気にもなれず。しかし、本番まで2週間を切っていた。
焦る気持ち、慰めたい気持ち、怒りたい気持ち・・・純平の心の中もぐちゃぐちゃで、この先どうしていいかわからない。そして気が付くと、いつの間にか梓の家の前に着いていた。
「梓、今日はもうゆっくり休んで、明日また話そう?」
純平は少し腰を屈め、梓の顔を覗き込みながら静かに話す。
「・・・・・・純平くん、私もう・・・学校に行きたくない・・・」
「梓・・・・・・」
「私、大切なものを奪われるのは・・・もうイヤなの・・・」
梓はせっかく乾いた目をまた涙で濡らす。その涙を、純平は親指の腹で優しく拭った。
「梓の気持ちもわかる・・・だから、もうこれ以上奪われないために、梓のことは俺が守るよ。ここで梓が学校に行かなくなったら、それこそ相手の思う壺だ。それに今の梓には俺だけじゃなく、江口や岸本がいるだろう? あの二人、梓がいないのをずっと心配してた。だから梓、辛くても梓は一人じゃない。明日の朝、迎えに来るから。一緒に学校に行こう、な?」
純平にそう言われた梓は、静かに頷いた。
そして梓が家の中に入るのを見届けた後、純平はバイオリン教室へ電話を掛ける。花純に今日のことを話すためだ。それに花純は梓の叔母でもある。忙しい征司に代わって保護者となるのは、花純しか思い浮かばなかった。
翌日。約束通り梓を迎えに行くと、梓の代わりに征司が出てきた。
「純平くん、おはよう」
「おはようございます。・・・あの、梓は・・・?」
純平が尋ねると、征司は少し困ったような顔をする。その様子から、昨日何があったのか知っているんだなとすぐに分かった。
「・・・うん。とりあえず、今日は学校を休ませようと思うんだ。明日からはちゃんと行くって約束したから大丈夫。あと、迷惑じゃなければまた、純平くんに迎えに来てほしいんだけど、お願いできるかな?」
征司にそう言われて純平が断ることはない。
「わかりました。また、放課後来ます。もちろん明日も。それと・・・昨日、花純先生に電話したんです。勝手だとは思ったんですが、楽譜があんなことになったし、コンクール前だからと思って・・・」
「ああ、早速僕にも連絡があったよ。自分にできることがあれば何でもするから言ってくれって。純平くん、本当にありがとう。君がいてくれて助かったよ」
征司にお礼を言われても、まだ何にも解決していない。
とりあえず今日は、このまま学校へ行ってもう一度先生と話そうと思った。
そしてそれはすぐ叶うことになる。
朝のHRが終わると同時に、鈴木先生に呼ばれた。
「夏見、ひとまず夏見と遠山、そして二人の保護者に説明がしたい。急で申し訳ないが、明日の放課後、時間が取れるか聞いてくれないか?」
鈴木先生は何とも複雑そうな表情をしながら、純平に聞いてきた。
「先生、何かわかったんですか?」
「ああ・・・それなんだが、詳しいことはちゃんと明日話すよ。とりあえず、明日親御さんが来れるかどうか確認してほしい」
鈴木先生はそれ以上話すつもりはないらしく、それを感じ取った純平もそれ以上聞くことはしなかった。
そしてその日の昼休みに、吉田、橋本、江口、岸本の四人に、昨日何があったのかを説明する。
話を聞いた四人はそれぞれ怒ったり、戸惑ったりしていた。
それでも江口と岸本が、梓のそばにいてくれると約束してくれたことは、純平にとっても有難かった。
さらにその翌日、金曜日。梓は約束通り純平と一緒に登校した。
まだ元気はなく、もともと少なかった口数がより一層減っている。それでも純平をはじめ江口や岸本も梓を気にかけ、そばにいるようにしていた。
放課後。純平と梓は、一昨日も行った会議室に二人で向かう。
扉を開けるとそこには、純平の母の房恵、梓の父の征司、そして梓の叔母であり、純平のバイオリン講師でもある花純が座っていた。
学校側からは二人の担任の鈴木先生、学年主任の向井先生、生徒指導の若林先生、そして教頭先生の四人。
全員揃ったところで、最初に口を開いたのは鈴木先生だった。
「父兄の皆さん、お忙しいところ急なお呼び立てとなり、誠に申し訳ございません。お話は聞いているかと思いますが、先日、遠山梓さんの私物が破損された件についてのご報告を致したいと思います」
それから鈴木先生の口から、この件について語られた。
純平から話を聞いた鈴木先生は、二人が帰った後すぐに学年主任の向井先生と、生徒指導の若林先生に相談した。
内容があまりにも悪質だったことを受けて、この問題を先送りにするのは危険と判断した三人の先生は、すぐさま教頭先生へ相談。その日のうちに校長先生まで話が通り、話を聞いた校長先生はすぐに警備会社へ連絡した。
この問題をすぐに解決するべく動きが早かったのは、純平と梓が校長先生のお気に入りという点が大きかったのだと、あとになって知ることになる。
それを聞かされた純平は「あの時、校長先生のお願いを聞いておいて良かった」と安心したことは秘密だ。
高校の職員室には、学校内の教室や備品室など全てのカギが置いている棚がある。その棚の上に設置されている防犯カメラを警備会社の人間も立ち合いのもと確認すると、そのカメラには元・科学準備室のカギを持ち出す生徒の顔がハッキリと映っていた。
それを確認した先生たちは昨日、その生徒と保護者を呼び出し話を聞くことに。
最初は否定していた生徒だったが、防犯カメラの映像を見せると、言い逃れが出来ないと諦めたのか、少しずつ話をしたという。
純平のことがずっと好きで、何度もアプローチしたのに全然振り向いてくれなかったこと。純平のそばにいつもいる梓が邪魔で、梓がいなくなればいいと思いやったと、涙ながらに語ったらしい。
それにどうせ、科学準備室の内側からカギは開けられるんだからと、安易に閉じ込めるようなことをしたと話す。
しかしそれは、目の病を抱えている梓には無理なことだった。楽譜を破られ、思い出の品を破壊された梓が、あの場所で目が見えない中、脱出することは困難だ。
「夏見も、遠山も、誰がやったのかわかっていると思う。そして、学校側もその内容があまりにも悪質だったことを受けて、その生徒は今日から無期の停学処分になった。とりあえず、これが一昨日から今日までに起こった内容です」
話を聞かされた純平は、誰がやったのかわかった後もスッキリすることはなく、むしろ悔しさと怒りが湧き上がってくるのを感じた。
その時、会議室のドアがノックされる。入ってきたのは2年2組の担任と、明らかに顔色が悪い夫婦、そしてその夫婦に付き添われるようにして入ってきた筒居佳織がそこにいた。




