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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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執着

 筒居佳織が純平を初めて意識したのは、高校入学してすぐの頃だった。

 筒居は、中学の時から仲良くしていた江口早苗と岸本晴菜が3組で、自分だけが2組になったことにより、なかなか同じクラスに友達が出来ず、よく3組の教室まで遊びに来ていた。

 

 この高校では3年間クラス替えがないため、筒居にとって仲のいい友達がいないのは大問題だ。

 それに加えて、見た目にはわからない少しキツい性格のせいか、新しい友達を作ることが出来ないでいた。


 その日の昼休みも、筒居は3組で昼食を食べるため隣のクラスに入ろうと扉を開く。すると、入り口で人にぶつかり、その反動で尻餅をついてしまった。


「きゃっ!」

「うわっ⁉ ご、ごめんっ」


 焦った様子ですぐに手を伸ばして、筒居を起こしたのが純平だった。


 中学が一緒だったので顔はもちろん知っている。しかし、同じクラスになったことはなく、高校でも別のクラスだ。これまで全く接点のなかった純平を間近で見た筒居は、一瞬で心奪われてしまう。


 整った顔立ちに、二重の優しい目。上品さを感じる薄い唇に、左顎にある小さなホクロが色っぽく、スラっと高い身長。中学の頃よりも男らしくなった純平に夢中になるのに、そう時間はかからなかった。


 筒井にとって純平は、王子様そのものだった。


 それから筒居は、昼休みの度に純平のことを見つめていた。

 いつも仲良くしている吉田や橋本と楽しそうに話している姿や、弁当を食べている姿、真剣な顔でスマホをいじっている姿、とにかくどんな姿の純平も、筒居の目には眩しく映る。


 純平は5才の時に東京からこの町に移住してきた。

 両親ともに東京出身だからか、純平は他の男の子たちとは違って、やっぱりどこか垢抜けた雰囲気がある。


 弁当を食べる時の箸使いがキレイだったり、制服が乱れたり汚れたりしているところを見たことはないし、なんといっても、自分を起こしてくれた時の手がとてもきれいだった。


 しかし、文化祭のバイオリンカフェをきっかけに、純平のファンが少しずつ増えてしまう。そのあとの全校集会でもそのバイオリンを披露し、あっという間に学校内では有名人になっていた。


 筒居は自分だけが純平の魅力に気づいていたと思っていたのに、こうやって人気に火がつくと、いつ誰にとられてもおかしくないと焦りを隠せない。

 

 その中でも、筒居を一番焦らせていたのは他の誰でもない、遠山梓の存在だ。


 純平と梓の話は、1学期から筒井の耳にも入っている。その上、バイオリンカフェや全校集会での二人の演奏を目の当たりにした時、この二人の間には他人が踏み込めない何かを感じた。


 極めつけは、アンサンブルコンクールで撮られた二人の写真が、悔しいくらいお似合いだったことだ。


 3学期になり、昼休みに委員会の集まりで2週間ほど江口と岸本とお昼を食べていない間に、なぜか梓とお昼を食べることになっていた。

 江口と岸本は自分が不在にしている間、純平たちとお昼を食べていたようで、その話を聞いた瞬間、委員会になんか行かなければよかったと後悔した。


 そしてこのままではいけないと、勇気を出してバレンタインに純平に告白した。それも梓を牽制する意味も込めて、見せつけるようにわざと人前で告白した。そのために強い言い方になってしまったけど、言ってしまったことは取り消せない。

 すると、やっぱりそれが気に入らなかったのか、純平にはあっさりフラれてしまった。


 でも、そんなことで諦めるつもりはない。翌日も、翌々日も毎日、毎日アピールし続けた。はっきり言って、自分がここまでする人間だとは思わなかったけど、こうでもしないと振り向いてくれないと思い頑張った。


 ある日、いつものように昼休みに3組に行くと、純平がいない。純平だけでなく、いつも一緒にいる吉田も橋本もいない。次の日も、その次の日も、純平はまるで筒居を避けるように教室から姿を消してしまった。


 それからやっと純平の居場所を見つけた時、たまたま聞こえてきた話に筒居は耳をそばだてる。


 純平は梓のことが好きだということ。その梓とは純平の自宅で毎日練習をしていること。チョコが嫌いな純平に梓がシフォンケーキを渡したこと。ホワイトデーのお返しにデートに誘いたいと話していたこと。


 いくら自分が頑張っても、自分の気持ちが純平に届くことはないと思い知らされた。


 筒居は、純平が毎週土曜日にレッスンに行くのを知っているので、純平の姿を一目見ようと、毎週駅のそばから勝手に見送りをしている。そして、決まって帰りはいつもなぜか梓が一緒だった。


 放課後も一緒に練習し、休日である土曜日までバイオリンを抱えて帰って来る二人を見て、少しの疑問と大きな嫉妬に包まれた筒井は、昼休みに梓にバイオリン教室のことを何気なく聞いてみるも、梓は曖昧にして話をはぐらかした。


 そして土曜日。いつも午後4時過ぎには梓と二人で改札から出てくるのに、この日は出てこなかった。5時の電車でも二人は出てこない。

 6時の電車でやっと出てきた二人を見た瞬間、筒居は我慢できなくて思わず二人の前に姿を見せる。なぜなら梓が大切に抱えたぬいぐるみを見て、二人が楽しく過ごしていたことを知ったからだ。


 筒居の姿を見て不快感を露わにした純平は梓の手をしっかりと握り、筒居のそばを通り抜けて行ってしまった。

 筒居が振り返って二人の後ろ姿を見た時、二人が背負っているバイオリンケースにお揃いのキーホルダーがついているのが目に入る。


 それを見た瞬間、筒居の心に「悔しい、許せない」という負の感情が湧いてきた。その感情が後に梓を大きく傷つけ、純平が筒居の存在ごと否定し、一生許さないというほどのことをしてしまう。


 この時に立ち止まって冷静に考えることが出来ればよかったのだが、純平を一途に思う心は本人が思っている以上に歪んでしまい、またそのことに気づけるほど大人ではなかった。



 4月になり、純平と梓は高校2年生になった。この高校では3年間クラス替えがないため、そこまで新鮮な気分にはなれない。

 だからというわけではないが、純平は梓に1つ提案する。


「なあ、梓。最近ちょっと暖かくなってきたし、今日久しぶりにあの高台の公園で練習する?」

「そうね。日もだいぶ長くなってきたし、いいわよ」

「それじゃあ、楽器持って病院前で待ち合わせな」


 HRが終わった教室で二人で約束し、久しぶりに高台の公園へと向かう。

 

 ここへ来るのは、あのクリスマスの夜以来だった。

 純平は、このベンチで泣いていた梓を慰めるためとはいえ、長い時間抱きしめていたことを思い出すと、今でも体の奥が熱くなってくる。

 自分の腕の中で小さな肩を震わせて泣いている梓を、純平は忘れられずにいた。


 あの日に自分の梓への思いを自覚し、認めた。でも、それを今すぐ伝えようとは決して思わない。

 梓との今の距離感が心地よく、自分が気持ちを打ち明けることによって今の関係を壊したくなかったからだ。たまに口走ってしまいそうになることもあるけれど、なんとか耐える。耐えている時点でダメなような気もするが、そこは目を瞑っていた。


 二人はバイオリンを取り出し、準備をする。

 久しぶりに防音室ではない開けた公園で音を出すと、聞こえてくる音が心地よく耳に響いてくる。

 これから季節は夏に向かっていく。まだ肌寒い春先だが、こうして暖かい日は公園で練習しようと、二人で笑い合いながらバッハを演奏した。

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