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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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逢引

 橋本と吉田と会議をしたその日、いつものように防音室での練習後、純平は思い切って梓を誘ってみた。


「あ・・・あのさ、来週の土曜日、レッスンが終わったあと、時間ある?」


 純平と梓の二重奏継続が決まったあと、花純からの提案で二人のレッスン日を土曜日に設定し、週に1回二重奏の指導を受けている。

 ソロはその前の時間に指導してもらっているので、二人とも土曜日は花純の指導をみっちり受けていた。


「別に何もないけど、どうしたの?」

「いや、その・・・バレンタインのお返しに何を買ったらいいかわかんなくて、それなら梓に好きなものを選んでもらおうかなって・・・」


 恥ずかしそうにしながら話す純平を見て、梓も赤くなる。


「そんな、気にしなくてもいいのに・・・」

「そういう訳にはいかない。俺も梓に何かしたいんだ。それと、飯倉真純のコンサートに連れて行ってくれたお礼もしたいし」


 純平はそれらしい理由をつけて、なんとか梓を誘いたかった。その必死な様子が分かったのか、梓は素直に純平の申し出を受けることにする。


「わかったわ純平くん。来週の土曜日、楽しみにしてる」


 その返事を聞けて純平はホッとするのと同時に、土曜日に向けて今度は緊張感が増してきた。


 そして迎えた約束の土曜日。もうすでにホワイトデーは過ぎているが、デートを優先して考えたので、こればっかりは仕方ない。


「それじゃあ二人とも、また来週ね。今日指摘したところはちゃんと修正しておくように」

「はい、わかりました」

「花純ちゃん、また来週」


 純平と梓はバイオリンケースを背負い、花純と受付の田辺に挨拶をすると、二人で教室を出て行った。その様子を見ていた花純と田辺は、ヒソヒソと内緒話をする。


「先生、あの二人なんか今日、ソワソワしてませんでした?」

「あっ、田辺さんもそう思う? 二人で東京に行って、なんか進展あるかなと思ったんだけど、お揃いのバイオリンのキーホルダーをつけているくらいで、何にもなさそうだなって思っていたら、最近雰囲気がね、なんかこう・・・甘酸っぱいのよ。見てて、もどかしいわー」

「いいですねー。私もう、そんな気持ちどっかに置いてきちゃって、行方不明ですよ」

「私もよ。はーあ、青春うらやましー」

 

 純平と梓は周りの大人たちも、やきもきするくらいの距離だったが、その距離が縮まるのには、まだまだ時間が掛かりそうだった。


 レッスン後に二人が向かったのは、駅の近くにある商業施設で、飲食店・アパレル関係はもちろん、書店やドラッグストア、雑貨店など多くの店が並んでいる。そして二人にとって嬉しいのは、楽器店が入っていたことだった。


 二人は先に楽器店に寄ることにした。


「梓はスチール弦使っているんだっけ?」

「うん。調弦も安定しているし、私はそれが使いやすいから。純平くんは?」

「今はナイロンなんだけど、スチールにしてみようかなって考えてるんだ」

「それだったら、これとかおススメだよ」


 バイオリンの命ともいえる弦は全部で4本あり、純平と梓は2、3か月に1回、弦の交換をしている。消耗品ではあるが決して安いものではないため、コロコロと買い替えることが出来ないので、悩みに悩んだ末、梓のおススメするものを購入することにした。


 それから、梓が好きな作家の最新作が発売されているというので書店へ寄ったり、おしゃれな小物を売っている雑貨屋さんを覗いたりする。

 そんな中、梓が気に入ったものを購入しようとする度に、純平が「俺が買うよ」と言っても、梓はそれを絶対買わせてはくれなかった。


 痺れを切らした純平は、とうとう梓に詰め寄っていく。


「梓、なんにも買わせてくれなかったら、ホワイトデーのお返しにならないんだけど・・・」


 梓としても、別に何か買ってほしいわけではない。ただ、純平と一緒にこうしてブラブラ歩くだけでも楽しいし、それだけで満足だった。

 でも、それでは納得してくれないんだろうなと思い、梓は「じゃあ・・・」と言って、ゲームセンターに行こうと提案する。


「あーーっもうちょっと・・・」

「絶対、次で落とすからな」


 純平は願いを込めて機械にお金を入れ、ボタンを慎重に押す。

 ガラスケースの中では純平の手によって操作されたアームが、クマのぬいぐるみの頭部を頼りなく掴むと、ふわっと持ち上げたかと思いきや、ぽとっと落ちてしまう。「ダメか」と思ったが、その落ちた反動でぬいぐるみ全体の半分以上がはみ出したことによって、そのまま真下へ落下した。


「よっしゃあっ!」

「すごいっ! 純平くんっ!」


 純平は取り出し口からぬいぐるみを取り梓に渡す。


「はい、梓」

「ありがとうっ! うれしいっ」

 

 梓は、クレーンゲームのぬいぐるみが欲しいと言い、純平はそれを5回目でゲットすることが出来た。


「ホントにそれでいいの?」

「うん、これで十分。大満足よ」


 本当に嬉しそうにしている梓を見て、純平も良かったと安心する。まさか、クレーンゲームのぬいぐるみをお願いされるとは思ってもいなかったので、やっぱり一緒に来て良かったと思った。


 それからいつものローカル線に乗り、駅に着いた時には午後6時を回っていた。少しずつ日が長くなっているのか、以前よりも明るい。

 それでも純平は、梓を家まで送るために自然とその方向へ足を向ける。

 しかし歩き出してすぐ、二人の目の前に、最も会いたくない筒居がなぜか立っていた。


「あ・・・筒居さん・・・」

「夏見くん、遠山さん、二人でお出掛けでもしてたの?」


 筒居は二人の名前を呼ぶが、目は純平だけを見ていた。


「・・・アンタにいちいち言う必要ある?」


 純平はとにかく筒居と関わりたくなかった。だから、優しくする気は全くない。しかし梓は、一応まだ筒居とは一緒に弁当を食べているらしく、当たり障りないことを話す。


「私と純平くんのバイオリンの先生が同じで、今は二重奏の指導もしてもらっているから、その帰りよ」

「ふーん・・・バイオリン教室にはぬいぐるみも持っていくの?」

「これは・・・」


 筒居は梓が抱えて持っているぬいぐるみを見ていた。すると、たまらず純平が二人に割り込む。


「俺が梓にあげたものだよ。行こう、梓」


 純平は梓の右手を握り、そのまま筒居のそばを通って行った。

 筒居は歩いていく二人の背中をじっと見つめる。二人が背負っているバイオリンケースに、お揃いのキーホルダーがついているのを筒居は見逃さなかった。


 駅からだいぶ離れたところまできて、純平はやっと落ち着く。


「はぁ・・・なんであのタイミングでいたんだ? アイツ・・・」

「ねえ、純平くん・・・あの・・・」

「どうした?」

「あの・・・手・・・」


 梓に言われて、純平は自分が思いっきり梓の手を握っていることに気づく。


「うわああああっ! ご、ごめん!」


 梓に指摘されるまで気づいてなかった純平は、急に意識して恥ずかしくなってしまい、パッと手を離す。梓はそれが少し寂しく感じてしまった。

 おかげですっかり、さっきの筒居のことが頭から抜け、気が付くと梓の家に着いていた。


「じゃあな、梓」

「うん。今日はありがとう純平くん」


 いつもはこの挨拶ですぐ離れるが、今日はなぜか離れがたい。さっきまで繋いでいた梓の手の感触を思い出し、純平はつい、自分の気持ちを吐き出しそうになる。


 梓も、純平がなかなか動かないので、どうしたんだろうと心配になっていた。その時、ガラッと梓の家の玄関が開き、中から征司が顔を出してきた。


「おっ、声がすると思ったらやっぱりいた。二人ともおかえり。純平くん、夕飯食べていきなよ。今日はすき焼きだよ」


 征司の顔を見て、純平は自分の気持ちが萎んでいくのを感じた。

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