会議
バレンタインの日に、はっきりと純平に「付き合うのは無理」と言われたにも関わらず、筒居佳織は毎日毎日、昼休みに純平のそばに来ては「付き合って」を連呼していた。
筒居佳織を梓に紹介した江口も岸本も、初めのうちは純平に絡む筒居を引っ張って連れていってくれたのだが、それも全く意味をなさなくなるほど、時間を見つけては純平の周りでアピールし続けていた。
それはまるで、梓に見せつけているようにも思える、そんな行動だ。
そしてとうとう純平は教室で弁当を食べることを諦め、まだ寒いのに屋上へ行ったり、人気のない階段で食べたりして、筒居からの逃亡生活を余儀なくされる。
今日も純平は屋上へと続く階段に座り込み、吉田と橋本と共に弁当を食べていた。
「なんなんだよあの女。毎日、毎日・・・!」
純平は弁当箱を突きながら、めずらしく悪態をついていた。筒居に対して相当ストレスを溜めているようだ。
「ここまでくると、さすがに純平のことが可哀想になってきた・・・」
「モテるって辛いんだな」
「俺は別にモテたいなんて思わないっ! ちょっとバイオリンを弾いただけで群がってくる方がおかしいんだっ」
「荒れてるなー・・・」
バレンタイン以降、純平の学校生活は心が落ち着かない。筒居が鬱陶しいのはもちろんだが、周囲の好奇な目に晒されることも、純平のストレスを大いに溜めた。
「なあ、純平。遠山はこのこと何て言ってるんだ?」
吉田に聞かれて、純平は少し考える。
「別に・・・大変そうねって、それだけ」
純平の答えを聞いて、橋本と吉田は目を合わせる。そして、ずばり聞いてみた。
「あのさ、真面目に聞くんだけど・・・純平は遠山さんと付き合ってないんだよな?」
「・・・・・・ああ」
「じゃあさ、純平は遠山さんのことどう思っているんだ?」
「・・・・・・どうって・・・・・・」
いつも明るく陽気な橋本が、今まで見たことないくらい真剣な顔をして純平に聞いてきたので、純平は二人にどう言おうか悩んだ。
悩んだ末に純平は、吉田と橋本に静かに語り始めた。
「あまり詳しいことは言えないけど、梓は抱えているものが大きくて、誰かが支えてやんないとダメなんだ。3学期になって友達を作ろうとしているのも、その抱えているものが少しでも軽くなればいいと思ってやっているんだ。梓は俺がいたらそれでいいって最初は言ってたけど、俺は男だから、同性の友達もいた方がいいだろってそれで・・・・・・なのに、こんな訳わかんないことになってるし、江口と岸本はいいとして、あの女がもし梓になんかしたらって思うとそれも心配だし・・・・・・」
純平は言える範囲で自分の思いの丈をぶつける。その純平の思いを聞いた吉田と橋本は、二人で再び目を合わせ、頷く。
「わかった、わかった、純平。要するにお前は、遠山さんのことが大好きで、心配で心配でしょうがないんだな」
「愛だな、純平」
「はっ⁉ えっ⁉」
これまでひた隠しにしていた自分の気持ちを言い当てられて、純平は大いに戸惑い、動揺する。顔どころか耳まで赤くなり、思わず両手で顔を隠してしまった。
「純情な純平くんも、恋に落ちちゃったんだねー」
「・・・・・・うるせぇ」
純平は顔を隠しながら、精一杯の反抗を見せる。
「ところで、遠山からはバレンタインに本当に何も貰わなかったのか?」
吉田に聞かれて、純平は正直に話した。
「貰ったよ、シフォンケーキ。俺がチョコ嫌いなことを知ってて、それで自分で作ったって・・・」
「なんだ、やっぱり貰ってるじゃん」
「それならちゃんとお返ししないとな」
純平は橋本にお返しと言われて、こうなったら恥を忍んで二人に相談することにした。
「あのさ、お返しって何をあげたらいいんだ・・・?」
逆に聞かれて、吉田も橋本も黙ってしまう。この二人も言うほど経験はないので当然と言えば当然だった。それでも三人寄れば文殊の知恵。頭をフル回転して考える。
「一般的に言われてるのは、キャンディとかって言われてるけど、別にそれはこだわらなくてもいいんじゃないか?」
「そうそう、遠山さんの好きなものを贈るのがいいと思うけど?」
「梓の好きなもの・・・・・・バイオリン以外浮かばない・・・・・・」
純平のその言葉を聞いて、橋本がパッと思いつく。
「そうだよ純平! 遠山さんをデートに誘えよ! それこそバイオリンのコンサートとか、一緒に楽器店に行くとかさ!」
「コンサート・・・・・・」
純平は年明けに梓と二人で東京へ行き、飯倉真純のコンサートに行ったことを思い出す。しかも泊りがけだ。そのことは、吉田にも橋本にも話していない。もちろん梓も、今仲良くしている江口や岸本に話してはいないだろう。筒居は論外だ。
あれがデートだったかどうかは、正直なところ自分でもよくわからない。
けれど、梓と二人で出掛けるのは楽しかったし、1日が充実していたのは確かだった。
「そっか、デートか・・・うん、ちょっと今日にでも誘ってみる」
「き、今日⁉ そんなすぐ⁉」
「すぐって、別に・・・どうせ梓は俺ん家に来るから、それまでに・・・」
そう言いかけて純平はハッと気づき、口元を抑える。自宅の防音室で練習していることも、この二人は知らなかったんだ・・・・・・。
しかし、気づいたときにはもう遅かった。
吉田と橋本に「その話を詳しく聞かせてくれないか」と、昭和の刑事ドラマのような取り調べを受けた純平は、寒い冬は自宅の防音室で練習していることを吐いた。
「俺はさっきお前のことを純情だと言ったことを取り消す」
「なんでだよ⁉」
「純情な奴は、毎日毎日女の子を家に連れ込んだりしない」
「連れ・・・・・・⁉ 何考えてるっ! バイオリンの練習をしているだけだろ⁉」
「だってさー、そんな密室に長時間若い男女がいたら・・・ねぇ・・・?」
吉田も橋本も、最早面白がって純平を揶揄っている。
「防音室の入り口はガラスになっているし、すぐそばには俺の親だっているんだから、そんなことは何も・・・」
「じゃあもし、入り口がガラスじゃなくて、親もいなかったら?」
「・・・・・・っ」
そんなたらればの話は卑怯だと思いながらも、なんとなく想像してしまった純平は、再び顔を真っ赤にする。その顔を見て橋本が一言。
「純平くんも、立派な男の子だねー」
そう言って、楽しそうにケラケラ笑ってた。
そして純平を揶揄いながらも、梓をデートに誘い、梓の好きそうなものを買ってそれでお返しにしようとなった。
あと、他の人から貰ったチョコのお返しはしないことにした。なぜなら、全て向こうが一方的に押し付けてきたもので、純平は受け取るとも、ありがとうとも言ってないからだ。
それなのにお返しをするのもおかしな話なので、お返しをしないのが自分の気持ちだと捉えてほしかったのと、変に何かを渡して期待させたくなかったというのが純平の出した結論だった。
そうして男三人での作戦会議を終了し、それぞれ教室へと戻る。
この一連の話を別の人間に聞かれていることに、誰一人気づいていなかった。




