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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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接近

「夏見ぃ、呼んでるぞー」


 授業と授業の合間の休み時間に、クラスメイトに呼ばれた純平が廊下の扉から顔を出すと、そこには梓よりも少し背の低いボブカットの女子が立っていた。

 純平はその子の顔に見覚えはあるものの、名前までは知らない。なので、この子に呼ばれた理由もわからなかった。


「え・・・っと、なに?」


 純平は「ホントに俺か?」と疑いつつ、聞いてみる。


「あのっ・・・夏見くん、これ・・・受け取ってくださいっ!」


 純平の目の前に差し出されたのは、丁寧にラッピングされた四角い箱だった。その勢いに押され、思わずそれを手に取ったら、その子は恥ずかしそうにしながらバタバタと廊下を走って1組へと入っていった。


 あまりに突然のことで呆気にとられながら純平が席に戻ってくると、吉田と目が合った瞬間、「よお、色男」と言われた。


「色男って、急にこんなもの渡されても困るんだけど・・・」

「夏見さぁ、今日が何の日か知らないの?」


 吉田の前の席の山脇にそう言われて、純平は少し考える。


「えっ・・・あっ、そういうこと・・・?」


 今日は2月14日、世間はバレンタイン一色だった。

 義理チョコ、友チョコ、本命チョコ・・・誰に渡すか、誰から貰うか、貰えるのか。この日は男女関係なく浮かれる日でもあった。


 そこに、お手洗いから戻ってきた梓が席に着くなり、山脇が話しかけた。


「遠山はさ、今日、誰かにチョコあげるの?」


 突然の山脇の質問に、梓は眉間に皺を寄せる。一方で純平は、梓がどう返事をするのか気になり、耳の穴をいつも以上に大きくして二人の話を聞いていた。


「私が誰かにチョコをあげるとして、なぜそれを山脇くんに言わなくちゃならないの?」

「んー・・・気になるから?」

「あっそう。それじゃあ、気にする必要はないわ。私は誰にも()()()()あげないから」

「えっ・・・夏見にも・・・?」

「そう、誰にもよ」


 梓は山脇にはっきりとそう告げて、この話はこれ以上するなと態度で示したので、山脇もそれ以上追及することが出来なかった。


 その日の昼休み。いつも通り純平が吉田と橋本と三人で弁当を食べていると、そこに初めて筒居佳織がやってきた。


「夏見くん、これチョコなんだけど・・・」


 純平はこの日すでに5個のチョコを貰っており、これが6個目になる。

 本当は受け取りたくないのだが、みんな恥ずかしそうにしながらも直接渡してきては、こちらの話も聞かずに走り去っていくので、結局受け取ってしまっていた。


 今日一日、こんなことが立て続けに起こっている純平は内心「またか・・・」と思ってしまう。しかし、この筒居だけは他の人と違った。 

 これまでの5人の女の子は、チョコを渡すとさっさとどこかへ行ってしまっていたので、当然、筒居もそうすると思っていたのに、筒居は昼休みの教室で、梓も江口たちといる中、純平にはっきりと告げた。


「私、夏見くんのこと好きなの。私と付き合って」

「・・・・・・・・・・・・は?」

「だから、私、夏見くんのことが好きなの」


 純平はもちろん、吉田も橋本も、そして少し離れたところにいる梓も、筒居の突然の告白に目が離せなかった。


「付き合うって・・・俺と、君が・・・?」

「君じゃなくて、私は筒居佳織。覚えて。そうよ、私いま、夏見くんに告白してるでしょ?」

「いやっ・・・あの・・・付き合うのは・・・・・・ごめん、無理」

「なんで? 好きな人がいるから? もしかして、遠山さん?」

「・・・んなっ! そんなことアンタに関係ないだろ⁉」

「関係大アリよ。私いま、遠山さんと仲良くしているから」

「それでも、アンタとは付き合うのは無理だからっ!」


 純平もこれだけはどうしても譲れない。梓に見られているのをわかっていて、ここで筒居に押し込まれるのだけは阻止したかった。それに、そんな気持ちがあるならと、チョコも受け取らずにそのまま返す。


「わかった。でも私、簡単には諦めないから」


 まるで宣戦布告のような言葉を残し、筒居は何食わぬ顔で梓と江口、岸本がいる席に戻っていった。


 これが純平と梓が巻き込まれた、筒居佳織との最初の因縁の始まりだった。


 その日学校が終わり、梓はいつも通り純平の自宅の防音室で練習するため、バイオリンケースを背負って純平の家に向かう。もう目の前が夏見家という時に、なにやら玄関先で同じ高校の制服を着た女子が三人ほど立っていた。そこには純平の姿もあった。


 梓は今自分が行くのはマズいと思い、少し様子を窺っていると、すぐに女子達はいなくなり、純平が玄関を閉めるのが見えた。


 梓がインターフォンを鳴らすと、疲れた顔をした純平が顔を出す。


「あ・・・よかった。梓か・・・」

「疲れてるわね、モテ男くん」

「・・・・・・もしかして、今の見てた?」

「家にまで押しかけられて大変ね」


 梓に憐みの目で見られ、純平は内心複雑だった。それでも、梓が来たことに安心し、心の平穏を取り戻す。


 純平と梓は夏のコンクールで、ソロ部門とアンサンブル部門の二重奏で出場することが決まっている。ソロでは当然ライバルとなるが、二重奏は二人で切磋琢磨していく大切なパートナーだ。二人はその二重奏の練習を、年明けから始めていた。


 二人がコンクールで演奏する曲に選んだのは、同じバッハの「2つのバイオリンのための協奏曲 第二楽章」だった。

 前に演奏した華やかな第一楽章とは違い、第二楽章は終始優しいメロディになっているのが特徴だ。そして、この第二楽章も二本のバイオリンが独立性を持って演奏するので、二人で音の強弱、バランスを合わせながら丁寧に弾いていく。


 二人で細かく修正しながら練習していると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。


「今日はここまでにするか」

「そうね」


 二人で防音室を片付けて家の中に戻ると、母親が夕飯の準備をしていた。


「梓、夕飯食べてく?」

「あ・・・今日は大丈夫。お父さんと加夜子さんと、食べる約束してるから」

「そっか・・・そしたら送るよ」


 純平がそう言ってリビングから玄関に向かおうとすると、梓に腕を引っ張られ足を止められた。


「・・・・・・どうした?」


 純平が振り向きながら聞くと、梓はなぜか珍しくモジモジしている。


「梓?」

「あの・・・純平くん、これ・・・・・・」


 そう言って梓は、小さな手提げの紙袋を純平に差し出してきた。


「え・・・・・・?」

「バレンタインの・・・・・・シフォンケーキなの。純平くん、チョコが嫌いだって聞いたから・・・・・・その、これなら食べられると思って・・・私の手作りで申し訳ないんだけど・・・」


 顔を真っ赤にしながら純平に紙袋を差し出す梓を見て、純平は抱きしめたい衝動に駆られるが、なんとか自分を抑えた。そして、純平がその紙袋を受け取ると、梓は安心したのかホッとしたような顔を見せる。


「俺がチョコ嫌いなの、よく知ってたね」

「うん・・・・・・房恵さんとクリスマスケーキの相談している時に、純平くんはチョコが全般的に嫌いで、絶対食べないって聞いててそれで・・・」

「そっか・・・・・・ありがとう梓。これが一番嬉しい。ご飯のあとに食べるな」


 純平が梓に笑顔を見せると、梓も笑顔を返した。


 梓は純平の父にもシフォンケーキを準備していたようで、それを貰った父は見ているのが恥ずかしいくらいはしゃいでいた。

 でも、父親は一つだけだったのに対し、純平は二つ貰ったことは内緒にしてあげた。

※おまけ※ 

 純平が貰ったチョコたちは、純平の代わりに両親が美味しくいただきました。ただ、メッセージカードが入っているのを見て「ウチの息子も隅に置けないなぁ」なんて話をしていたとか、していなかったとか・・・

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