端緒
翌朝、休日の純平は遅めに目を覚ました。
それから適当に食パンを焼いて、コーヒーを飲み、軽く朝食を済ませた後、部屋の掃除、洗濯などを手早く済ませる。
上京するまでは実家暮らしだったので、ほとんど母親がやってくれていたものを、一人暮らしなのだから当然、純平自身がやらなくてはならない。
そして、いざ自分で家事をやると思った以上に大変で、それを大学生活と並行してやらなくてはいけないとなると、家事初心者の純平はそれだけで音を上げてしまいそうになっていた。
しかもその頃は、梓がいなくなったショックで最高に落ち込んでいる時期だったため、それがさらに純平を追い込んでいた。
それでも毎日やっていれば慣れてくるもので、今ではパパッと済ませることが出来るし、梓と過ごした時間よりも、会えなくなった時間の方が長くなってくると、心の痛みもだんだん麻痺しているのがわかった。
家のことがある程度片付き、時計を見ると午後12時を過ぎていた。
しかし、起きた時間が遅かった純平は、さっきトーストを食べたばかりなのでまだお腹は空いていない。回している洗濯機が止まるまでテレビでも見ようとリモコンに手を伸ばした時、横に置いていたスマホの着信が鳴る。
画面を見ると、そこに表示されていたのは橋本の名前だった。
「もしもし? どうした?」
『あっ、悪い純平。いま大丈夫か?』
「ああ、今日休みだし大丈夫だよ」
橋本に答えるも、なぜかその橋本は「あー」とか「そのー」とか言うばかりで、なかなか電話を掛けてきた用件を言わない。
「なんなんだよ、お前。用件があるならはっきり言えよ」
純平が少し強く言うと、橋本はやっと言いにくそうにしていたことを話し始めた。
『前にさ吉田と三人で錨で飲んでいた時、山脇と筒居が結婚するって話しただろ?』
「・・・ああ、そんな話してたな。それがどうした?」
『俺も吉田も、山脇とそんなに親しいわけではなかったし、今もほとんど接点はないんだけど、江口と岸本とはたまに顔を合わせるんだ。それで・・・筒居が純平に直接会って、謝りたいって言っているらしくて・・・』
純平は話の内容を聞いて、自分の中の血の気が引くのを感じた。
10年以上前のこととはいえ、筒居は決してやってはいけないことをしたのだ。それを、自分が結婚するからといって、結婚前に純平に謝罪して許しを請い、身も心もきれいにして嫁ぎたいとでも思ったのだろうか。それとも別の思惑があるのだろうか。
どちらにしても純平にはどうでもいいことだった。
なぜなら、純平が直接被害を被ったわけではない。筒居が傷つけたのは梓だ。直接謝罪をするのは梓にであって、純平ではない。純平もかなり迷惑を掛けられたし、イヤな思いを散々させられたが、梓が受けた傷に比べれば大したことはない。だから、純平の橋本に対する答えは決まっていた。
「橋本、江口と岸本に言っといて。筒居から謝罪を受けるのは、俺じゃなくて梓だ。そんなに謝罪したければ、誠心誠意、直接梓にしろって・・・」
『・・・・・・うん、お前ならそう言うと思ったよ』
「悪いな、イヤなこと頼んで・・・」
『いいよ、いいよ、これくらい。もともと遠山に筒居と接点を持たせたのは俺だし』
「それを言うなら、それを頼んだのは俺だろ」
『はははっ、そうだったけ? まあ、でも気にするな。俺からちゃんと言っとくから。じゃあ、仕事の途中だし行くわ。またな』
「ああ、また」
そうして通話を終了した純平は、イヤでも当時のことを思い出す。
梓のためにと始めたリハビリがきっかけとなり、結果的には梓を苦しめてしまった。
純平はいまでも、そのことをずっと後悔し続けていた。
♩♪♩♬ ♬♩♪♩
梓が純平たちとお昼ご飯を食べた翌日。
その日のお昼時間に、橋本が梓の元に二人の女子を連れてきた。
「遠山さん、こちら江口早苗と岸本晴菜。二人とも同じクラスだし、名前は知ってる・・・よね?」
「あ・・・うん。知ってるわ」
「この二人も俺らと小学校が一緒なんだけど、今日から一緒にお昼食べてもいいかな?」
橋本はとりあえず、梓の許可を貰おうと尋ねてきた。
「私はいいけど・・・純平くんや吉田くんはいいの?」
「俺は構わないよ」
「俺も」
二人が了承したことで、純平たち四人の机に新たに二つ足されて、六人でご飯を食べることになった。
最初は江口と岸本に遠慮がちに話す梓だったが、日を追うごとに口数が増え、2月になる頃には女子三人で行動することが増えていった。
「橋本、私たち今日、女子だけで向こうで弁当食べるね」
2月のある日。お昼時間になるなり、江口が教室に来た橋本にそう言いに来た。
「あ? 別に・・・いいけど・・・」
橋本は横目でチラッと純平を見る。
女子だけでということは、梓も連れて行くという意味だったので、橋本は純平のことが気になった。それに気づいた純平は、
「行って来いよ梓」
と言って送り出した。梓に同性の友人を作り、リハビリをする。
幸い江口も岸本も、イヤな顔せず梓と上手くコミュニケーションを取れているようで、純平は安心していた。
そうして以前と同じように男三人で弁当を食べていると、純平たちがいる窓際とは反対の廊下側に、梓、江口、岸本、そして筒居が四人で弁当を食べていた。
筒居は2組だったのと、純平とは小学校は別で、中学は同じクラスになったことがない。はっきり言って、顔は見たことあるけど、名前までは知らない。そんな存在の女子だった。
都会育ちで垢抜けている美人な梓とは対照的に、田舎育ちの素朴な女の子。それが筒居佳織という女だった。
しかしこの先、約半年間に渡って、純平と梓はこの筒居佳織に悩まされることになる。
それは橋本、吉田はもちろん、筒居佳織を梓に紹介した江口と岸本も、こんなことになると思わなかったというような出来事だった。




