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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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母親

 自分の顔を真顔でじぃーっと見ている真純に、純平はドギマギする。


(えっ? えっ? なに?)


 助けを求めるように梓の方を見ると、梓は呆れたように見ているだけだった。


「あなたが、花純と征司が言ってた純平くん?」


 真純はおもむろに口を開くと、純平に質問してきた。


「えっ・・・と、花純先生やおじさ・・・、征司さんがどう言っていたのかわかりませんが、僕が夏見純平で・・・す」


 純平がそう答えるなり真純はまた大きな声を上げ、自分よりも背の高い純平を強く抱きしめる。


「きゃーっ! 会いたかったのよー! 梓が自分で誘った二重奏の相手が男の子だって聞いて、いてもたってもいられなくって、どんな子か見たくて日本に帰ろうとしたらライナーに止められちゃって! 征司があなたに今日のチケットを譲ったのね! さすがは元旦那ね! 気が利くわ!」


 真純が一気に捲し立てると、純平と梓はポカンとしてしまった。ライナーだけが「やれやれ」といった感じで両手を上に向けて、首を横に振っている。そんな周りの状況は関係なしに、真純は一人でずっと話し続けた。


「花純からもあなたの話は聞いているわ! あなたと梓の相性がいいから、今度のコンクールも上位が狙えそうだって! それにあなたすっごくハンサムだし、舞台映えしそうだし、高校生じゃなかったら私のツアーに連れていきたいくらいだわ!」

「ちょっとお母さん!」

「マスミ!」


 真純のその発言には、さすがの梓も黙ってはいられなかったらしい。

 そんな梓を見て、真純はフッと笑う。


「冗談よ、じょーだん。でもあなた、バイオリンは上手くても人を見る目は確かなんでしょうね?」

「それは、どういうことでしょう・・・・・・か?」


 純平は最早、相手が飯倉真純というのが抜けてしまい「梓の母親」として接していた。


「あなた、私の可愛いエンジェルがずっと傍にいるのに、何も思わないなんてことないでしょうね?」

「何も・・・とは?」


 そう問いかけると真純は右手で額を抑え、オーバーリアクションで「カーッ」と言って体を仰け反らせる。


「日本の男はまだそんなこと言うの⁉ 征司もそうだったけど、もっとレディを大切になさい! 純平、梓に可愛いとか、キレイとか言ったことないの⁉」

「・・・・・・ありません」

「お母さん‼」


 梓は真純を黙らせようとするが、真純は全然聞いてくれない。


「じゃあ梓のことは、可愛いとかキレイとか思わないってこと⁉」

「・・・・・・いえ、梓は可愛いし、キレイだと思ってます・・・・・・」

「純平くん⁉」


 真純は純平の答えを聞いてニヤリと笑い、梓はまさかの答えで顔を赤くしてしまった。


「よかった。あなたの目は確かなようね。私はずっとそばにいてあげられないけど、あなたがいてくれるなら大丈夫そうね。その言葉、たまに梓に言ってあげてね。この子、自己肯定感低めだから、誰かが言ってあげないとすぐ自分の殻に閉じこもっちゃうでしょ。だから、そばにいる人間が梓に自信を持たせることが大事なの。それと・・・・・・」


 真純はこれまでよりも声のトーンを落として、静かに話を続けた。


「あなたは梓の病気のことも知っていると聞いたわ。だから、これからも梓の助けになってあげて。梓をほったらかしにしてきた私が言う事ではないと思っているけど、私の分までお願いしたいの・・・・・・」


 そう純平に話す真純の姿は、完全に母親の姿だった。

 そこに、プロバイオリニスト飯倉真純の姿はどこにもない。


「あの・・・これからも僕が梓を守っていきます・・・その、友人としてですが・・・」

「・・・ありがとう。今はそれで十分よ。これからも梓をよろしくね」


 波乱の飯倉真純との対面を終え、純平と梓は駅に向かうためホールの外に出てきた。

 真純たちは明日には、拠点にしているウィーンに戻るそうで、今度はいつ会えるか未定だ。なので、梓としては真純に会えてよかったのだが、その一方で純平のことが心配になっていた。


「純平くん、なんか・・・いろいろごめんね」

「ああ、気にしてないよ。最初は飯倉真純に会えるって緊張してたけど、だんだん梓のお母さんにしか見えなかったしな」


 純平がそう言って笑い飛ばしてくれたことが、梓はとても有り難かった。


「あと、その・・・可愛いとかキレイとか、別に言わなくてもいいからね?」


 梓から言われた瞬間、純平は足を止める。

 駅に向かって歩いている二人は、街中とはいえ暗いことに変わりはないため、梓は純平の腕を掴んで歩いていた。

 なので、純平が足を止めると、自然に梓の足も止まる。


「それは・・・そう思ったらその時はちゃんと言うよ。お世辞とかではなく、ちゃんと本気で」

「それって・・・どういう・・・?」

「そのまんまの意味だよ。さっき、梓のお母さん・・・真純さんに言ったことはお世辞でも何でもない。梓は可愛いし、キレイだよ。実際、結構男の間では人気だしな・・・」


 純平はフッと笑い、話を続けた。


「梓はあのクリスマスの時に、自分は母親に捨てられたって言ってたけど、俺はそう思わなかったよ。真純さんは梓のことをちゃんと大切にしてくれている。そうでなければ、俺に梓を頼むなんて言葉出てこなかったよ。だから梓、もう自分一人だなんて思わなくていい。俺は病気を治すことは出来ないけど、梓と一緒にバイオリンを弾くことは出来る。梓が困っていたり、助けてほしい時にはすぐに駆け付けるよ。梓はもっと人に頼って、甘えてもいいんだ。一人だけで頑張らなくてもいい。泣きたい時は俺の前で泣いていいから」

 

 純平は今自分が言える精一杯の言葉を梓に伝えた。それ以上の気持ちを言って、今の関係を壊したくない純平には、これが今言える最大の言葉だった。

 

 とにかく梓は、なんでもかんでも一人で背負いこもうとする。病気のことや、家族のことを話せないのはわかるが、それ以外のことすら誰にも打ち明けずに、自分一人で苦しい思いをするのをやめてほしかった。ただそれだけだ。

 

 梓も、そんな純平の気持ちが嬉しかったし、自分の純平に対する気持ちが以前よりも大きくなっているのを感じていた。だからといって、自分の気持ちを伝えるつもりはなかったので、純平には自分の覚悟を伝えることにした。


「ありがとう純平くん。そう言ってくれてうれしい。でもね、純平くんにもし彼女とか出来たら、その時はちゃんと言ってね。お邪魔虫にはなりたくないから」


 梓のその言葉に純平の胸は激しく痛む。それでも頑張って笑顔で梓に返事をした。


「そんな予定はないし、心配しなくても大丈夫だよ。・・・さ、帰ろうか。喜代さんが心配するよ」

「・・・・・・うん」


 そして純平も梓も、本当の気持ちは胸に押し込んだまま、喜代の家へ帰っていった。

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