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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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対面

 純平、梓、喜代の三人で文化祭のこと、全校集会のこと、クリスマスに純平の母、房恵と一緒にケーキを作ったことなど、これまでのことを話していると、気が付けば時刻は午後4時になっていた。


「お祖母ちゃん、そろそろ時間だから行ってくるね」

「ああ、もうこんな時間なんだね。帰りは何時頃になりそう?」

「たぶん、終わるのは9時頃になると思う。だから、帰ってくるのは10時くらいかな」

「そう・・・純平くんがいるし大丈夫だと思うけど、気を付けて行っておいで」


 喜代に見送られ、二人はコンサートが行われるホールへと向かう。

 ただ、開演時間が午後6時のため、ホールへ行く前に二人は早めの夕飯を済ませるため、ホールの近くにあるファミレスに寄ることにした。


 純平はハンバーグステーキのセット、梓はトマトクリームパスタのセットを注文し、ドリンクバーでそれぞれ飲み物を持って席に着いた。


「あのね純平くん。さっきはお祖母ちゃんがいたから、言えなかったんだけど・・・」


 梓はダージリンティーを入れたガラス製のマグカップを、ふぅふぅと冷ましながら純平に話し始めた。


「私たちが今日座る席ね、関係者席っていって、私がお母さんの娘だから入れるようなものなんだけど、公演終了後にお母さんの楽屋に行くか聞かれると思うんだけど、純平くんはどうしたい?」

「・・・え? 飯倉真純の楽屋に?」


 純平は、梓に突然そんなこと言われて動揺した。

 確かに自分がバイオリンを始めた時には、すでに世界中で活躍しているバイオリニストで、1回だけ観に行ったコンサートでは鳥肌が止まらなかった。

 それくらい、飯倉真純のバイオリンは凄かったし、純平の耳にもずっとその音が耳に残っていて離れない。


 その本人に会えるなんて・・・・・・と、喜んだのも束の間、梓はどうしたいのか気になった。

 クリスマスの日に征司の再婚話が出ただけで、梓はずいぶん取り乱していた。梓にとって「母親」という存在がどんな存在なのか、純平には想像もつかない。


「俺のことはいいよ。梓はどうしたい?」

「・・・私?」

「そう。俺はおじさんが来れない代わりについてきただけで、正式に招待されたのは梓だろう? 梓がどうしたいか、それでいいと思ってるよ」


 純平がそう言うと、梓は少し考える。


 もし、今日母親に会うのなら、2年ぶりの再会になる。しかし、飯倉真純は世界中を飛び回っているバイオリニストだ。今日会わなければ、今度いつ会えるかわからない。来年必ず会えるという保障は全くないのだ。


「もし、お母さんに会うことになったら、純平くん、またそばにいてくれる?」


 梓にそんなお願いをされて、純平が言う言葉はただひとつだ。


「ああ、ちゃんとそばにいるよ」


 その返事を聞いて、梓は公演終了後に真純と対面することにした。


 食事を終えた二人は、開場時刻となったのでホールへと向かう。

 久しぶりのコンサートに、純平は少し緊張していた。


 会場に入るとグッズなども販売されており、バイオリンを縮小したキーホルダーなども売っていた。


「見て、純平くん。これかわいいっ」


 梓はそのキーホルダーが気に入ったようで、それをしげしげと眺めている。


「これさ、バイオリンケースにつけたらいいと思わないか?」


 純平が梓に言ってみると、梓もそれに素直に頷く。


「それいいっ! 私、これ買う!」

「それじゃあ、俺も買おうかな」

「えー・・・お揃い?」

「いいだろ別に。このキーホルダー買った人とはみんなお揃いだろ」

「・・・確かに」


 それから二人は同じキーホルダーを買い、それぞれ自分のバイオリンケースにつけることにした。


 梓と二人で座った席は、言われていた通り関係者席で、日本公演にも関わらず外国人も多く見受けられた。


「アズサ!」


 二人で座っているところに、一人の外国人男性が親しげに声を掛けてくる。


「ライナーさん・・・」

「来てくれてありがとう! マスミも喜ぶよ!」


 その男性は、身長が180cm以上ありそうなほどの長身で、髪は金髪できれいに整えてあり、サファイアの目と、筋の通った高い鼻、それに加え顎に生やした無精髭が、大人の男性の色気を出していた。


 純平が二人のやり取りを黙って見ていると、それに気づいたライナーが声を掛ける。


「彼はアズサのボーイフレンド?」


 突然そんなことを言われて二人とも戸惑ったが、梓がそれをやんわり否定した。


「違うわ。彼は夏見純平くん。私の二重奏(デュエット)のパートナーなの」

「そうなんだね! 初めましてジュンペイ、私はライナー・シュミットと言います。マスミのマネージャーで、パートナーだよ。よろしくね」


 ライナーが右手を差し出し純平に握手を求めてきたので、純平も静かに右手を出すとガシッと強く握られた。


「よろしくお願いします・・・」


 ライナーの力強さに純平は圧倒されてしまう。


「アズサ、終わったらマスミに会っていくだろう?」

「あ、はい。お願いできますか?」

「もちろんだよ! これ、パスだから無くさないようにね。それじゃあ楽しんで!」


 ライナーは梓に関係者専用パスを二つ渡すと、大きく手を振りながらその場を後にした。


「純平くん、驚いた?」

「・・・ああ、ちょっと・・・」


 ほんの5分ほどのやり取りなのに、純平はどっと疲れていた。


「ライナーさんはね、ずっとお母さんのマネージャーをしている人で、今の旦那さんなの・・・でも、結婚はしていない。事実婚ってやつ」

「そうなんだ・・・・・・」


 純平はそう返事をしたものの、事実婚がどんなものかイマイチわかっていなかったし、とにかくライナーが飯倉真純の旦那さんだという事しか理解できなかった。


 それから始まったコンサートは圧巻のひとことだ。

 繊細かつ大胆な指さばきと、しなやかな弓使いは以前よりもさらに磨きがかかって、飯倉真純の出すバイオリンの音に会場中が魅了された。


 なによりも飯倉真純が放つオーラは圧倒的で、観客全員がそのオーラに飲み込まれていった。


 そして、ドレスを着て演奏している飯倉真純が梓と重なって見えた純平は、「やっぱり梓は飯倉真純の娘なんだ」ということを実感する。それほど二人は演奏スタイルも音色もそっくりだった。


 公演終了後、梓と二人で関係者専用パスを提示し、飯倉真純の楽屋へと向かう。純平は初めて対面する緊張で、口の中がカラッカラに乾いていた。

 楽屋をノックすると、公演前に挨拶したライナーが出てきた。


「アズサ! ジュンペイ! どうぞ、入って!」


 そう促され梓が先に入ると、


「梓! マイエンジェル!」


 大きな声で叫びながら、飯倉真純が梓をぎゅうっと抱きしめてきた。

 その様子を目の前で見ていた純平は、突然の出来事に目を丸くして固まる。


「・・・お母さん、苦しいから離して・・・」

「イヤよ! だって梓に会うのは2年ぶりなのよ⁉ ああ、梓・・・すっかりきれいになったわね・・・・・・恋人でもできた?」

「そんな人いないわ」

「なんでよ! こんなにきれいな梓を放っておくなんて、あなたの周りの男は見る目がないわね!」

「はぁ・・・・・・、お母さん。私今日、二重奏のパートナーを連れてきたの。紹介してもいい?」


 梓にそう言われて、真純はやっと梓を解放した。


「お母さん紹介するわ。高校で同じクラスの夏見純平くん。花純ちゃんのところで一緒に習っているの」


 梓に紹介されて、純平はやっと楽屋の中に入る。


「初めまして。夏見純平といいます」


 憧れの飯倉真純を目の前にしてガチガチに緊張している純平は、それ以上話すことが出来なかった。

 そんな純平を、真純はなぜかじっと見ていた。

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