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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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東京

 梓と征司の父娘(おやこ)騒動も落ち着き、年が明けた1月。

 3学期を迎えた純平と梓は、いつも通り変わらず学校生活を送っていた。


 ただ1つ変わったのは、廊下を歩いていると、やたらと見てくる同級生や上級生が多くなったこと。そして、昼休みになると純平の周りに女の子が増えていたこと。

 しかしそれは、決して純平に直接接触してくるわけではなく、なるべく純平の近くにいたくて、純平が弁当を食べているところに近寄ってきているという状態だ。


 一見すると普通にお昼ご飯を食べているだけなのだが、1年3組だけ異常に女子が集まっていたのはやっぱり見ていておかしな状況だった。


「モテる男はつらいねー純平くん」


 橋本がこの現状を見て、揶揄うように言ってくる。


「はあ? どこが?」

「やだね、自覚のない男は。全校集会でバイオリンを披露して以来、モテモテのくせにっ。一部ではお前のこと王子って呼んでいたぞ」

「勘弁してくれよ・・・・・・」


 純平は、たかがこんなことでここまで大事になるとは思っておらず、頭をかかえてしまう。


「ちなみに、遠山は女王様らしいぞ」

「・・・・・・なんで梓が俺より上なんだよ」

「さあ? 見た目の雰囲気じゃね?」


 橋本がそう言うのを聞いて、純平はこいつら全然わかってないと思った。

 梓は強そうに見えて全然強くない。涙もろいし、家族思いだし、どちらかといえばお姫様だ。でも純平はそんなこと教えるつもりはさらさらなかった。

 自分だけが知っている梓でいてほしい。それは完全に純平の梓に対する独占欲だった。


「あの・・・そこ私の席なの。いいかしら?」


 いつの間にか梓が教室に帰ってきていたらしく、梓の席、即ち純平の前の席に座っていた他クラスの女子に、梓が遠慮がちに話しかけている。


「あっ・・・ごめんなさいっ」


 その女子は梓に言われたのが恥ずかしかったのか、すぐさま机の上を片付け、そそくさと教室を出て行った。梓はそれを見送ると、なぜか純平をジトっと見てくる。梓と目が合った純平は「俺?」と言わんばかりに自分で自分を指差すと、コクンと頷いた。


「えぇー・・・」


 純平は顔を顰めて抗議するが、梓はそれを無視して席に着き、純平に背を向ける。その一部始終を見ていた橋本と吉田は、なぜかニヤニヤしていた。


 その次の土曜日。純平は朝から町の最寄り駅で梓と待ち合わせをしていた。

 本来であれば今日はレッスン日だが、梓と飯倉真純のコンサートに東京まで行くため、花純に相談して休みにしてもらった。


「純平くん、おはよう」


 約束の時間の10分前に来た梓は、白のハイネックセーターに、膝上丈のチェックのスカート、黒のタイツにショートブーツ、上からはキャメルのチェスターコートを羽織ってやってきた。


「ああ、おはよう・・・」


 朝の挨拶をしたものの、純平は梓を正面から見ることが出来なかった。

 なぜなら、梓が可愛かったから。

 そんなことはお構いなしに、梓は切符を買って純平に行こうと促してくる。


 今回二人で東京に行くことは、二人の両親はもちろん知っているし、今日と明日お世話になる征司の実家であり、梓の祖母も快く受け入れてくれた。

 それがなければ、二人の両親は許可しなかっただろう。


 二人はまず、バイオリン教室があり、JRの在来線に接続する隣市の駅に向けてローカル線に乗っていく。

 この路線は1時間に1本しかなく、年々利用者が減少している路線で、毎年廃線にすべきかどうか話題になっているが、地元の熱望でなんとか廃線を踏みとどまっている、そんな路線だった。

 そういう路線のため、利用者もまばらな車内で、純平と梓は4人掛けのボックス席に二人で向かい合わせになって座っていた。


「純平くん、それ、何持ってきたの?」


 梓は純平が持っている紙袋が目に留まる。


「母さんがさ、梓のお祖母ちゃんに持って行けって。菓子折りだって言ってた」

「そっか・・・そこまで気遣わなくても良かったのに」

「まあ、いろいろあるんじゃね?」


 大人の事情など知らない純平は、とりあえず言われたから持っていく、それくらいにしか考えていなかった。


 二人はこれから、乗り継ぎ時間も合わせて約4時間かけて東京へ行く。

 東京駅から東京メトロ、東急東横線を乗り継いで、自由が丘にある梓の祖母の家へ先に行く予定だ。


 二人が祖母の家に着いたときには、時刻はすでに午後2時を過ぎていた。


「初めまして。梓さんのクラスメイトの夏見純平といいます。お世話になります」


 純平は自分ができる最大限のおすましをして、梓の祖母に挨拶をする。


「あら、まあ、なかなかハンサムな子じゃない、梓。こういうのなんていうんだっけ、いけめんって言うのよね?」

「・・・・・・そうね」


 梓は自分の祖母が年甲斐もなく、きゃっきゃしているのが恥ずかしかった。


「こちらこそ初めまして。梓の祖母の喜代(キヨ)です。喜代さんって呼んでね」

「あ・・・はい・・・あ、それとこれ、母が皆さんでどうぞと・・・」


 純平はおずおずと、母に持たされた紙袋を喜代に渡す。


「まあ、まあ、ご丁寧に。ありがたく頂戴するわね。さ、上がって、お茶でも飲んで」


 紙袋を受け取った喜代は、二人をリビングへと案内する。


 喜代は純平の母、房恵からもらったお饅頭を仏壇に供え、純平と梓にもお茶とお饅頭を出してきた。

 梓の祖父は一昨年の夏にガンで他界し、去年の夏に一周忌の法要が終わったばかりだという。

 今はこの家で独り暮らしの喜代だが、近くには征司の姉と妹が住んでいるらしく、頻繁に顔を出しているので、それほど心配はなさそうだ。


「純平くんもバイオリンをやっているんでしょう?」

「はい。小学校にあがる前からなので、もう10年以上になります」

「まあ、そんなに? 梓、純平くんのバイオリンはどう?」


 喜代にそう聞かれて、梓は思い出したようにカバンから1枚のDVDを取り出す。


「お祖母ちゃん、これ。お父さんがお祖母ちゃんにあげなさいって。私と純平くんが出たコンクールの映像だよ」


 それから梓は勝手知ったるというように、再生する準備を始める。

 喜代はその様子をニコニコと眺めていた。


 映像が再生され、二人が演奏しているのを見て、喜代はとても喜んだ。

 一緒に住んでいる時は、塞ぎがちで家族以外の人と関わり合いを持とうとしなかった孫が、大きな舞台の上で楽しそうに、しかも男の子と二重奏を演奏しているのを見て、喜代は表彰されたことよりも、孫が生き生きとしている姿を見れたことが一番嬉しかった。


 そして、そんな孫の顔が見れたのは、他の誰でもない純平のおかげだと思い、喜代は二人を静かに見守っていた。

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