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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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父親

 錨で飲んでいた三人は、夜9時を回ったところでお開きとすることにした。


「純平、今度帰ってくるのは正月か?」

「うん、まあそのつもり。でも、稼ぎ時でもあるから、スケジュール次第かな」


 バイオリン教室の講師以外にも、音楽事務所に籍を置く純平は、年末の歌番組などで生バンドのストリングスや、歌手のコンサートのサポートメンバーとして呼ばれることがあり、特に年末年始はその依頼が増える時期でもあった。


「そっか。でも、帰ってきたらまた飲みに行こうぜ」

「ああ、また連絡するよ」

「じゃあな、またな」


 純平は橋本と吉田と別れ、一人実家へ向けて歩き出す。


 そして、父親が勤める町立病院に近づくと、一人の男性が病院から出てきた。


「おや、純平くん」

「あ・・・征司(せいじ)さん。こんばんは」


 病院から出てきたのは梓の父親の征司だった。


「こんな時間までお仕事ですか?」

「ははっ、そうなんだよ・・・純平くんはどっかからの帰りかい?」

「はい、錨で高校の同級生と飲んでいました」

「そうか・・・・・・純平くん、もしよかったらウチで1杯付き合ってくれないか?」


 純平は征司からの申し出に驚きつつも、飯倉真純のチケットを譲ってもらったこともあり、それを了承することにした。


 梓の実家であり征司の自宅は、病院から徒歩10分もかからない所に、5年前に新築の一戸建てを建て、そこに征司の再婚相手の加夜子(かよこ)とゴールデンレトリバーのレオ♂3才と暮らしている。


「おかえりなさい征司さん。あら・・・もしかして、純平くん・・・?」

「はい、お久しぶりです」

「病院前で偶然会ってね。1杯付き合ってもらおうと思って、引っ張ってきたんだよ」

「すみません、遅い時間に・・・」


 純平が突然訪ねたことを詫びると、加夜子はそれを笑って流す。


「いいのよ。征司さんに捕まっちゃったんだから、付き合ってあげて」


 それから純平は征司にビールを注ぎ、逆にビールを注がれて、カチンとグラスを合わせる。


「純平くんは明日帰るんだっけ?」

「はい、そうです。午後にはレッスンも入っているので」

「そうか・・・花純は元気にしているか?」


 征司は梓の叔母で、元妻の妹の花純を気にかけていた。


「はい、月に1回来るんですが、変わらず元気ですよ」

「ははっ、それはよかった。花純には、真純のことでいろいろ迷惑かけたからな。梓も真純より花純の方に懐いていたから・・・」

「・・・・・・そうですね」


 純平は征司の口から梓の名前が出ると、なんといっていいかわからなくなり、言葉を続けることが出来なくなる。

 征司もそれを感じたのか、純平の様子を窺っていた。

 二人の間に沈黙の時間が流れる。


 しばらくして、征司が重々しく口を開いた。


「あの子は・・・梓は、母親の愛情を全く知らないまま育ってきた。それは、真純だけでなく、私のせいでもあったんだ。しかし、この町に来て純平くんに出会い、そして君のご両親、特に母親の房恵(ふさえ)さんには本当にお世話になったよ。それは今でもとても感謝している。この町に来るまで梓は、病気のこともあって人と関わろうとしなかった。どうせ見えなくなる人達だからって諦めていたんだ。でも、純平くんを始めとする夏見家の皆さんと関わっていくうちに、少しずつ心を開いていった」


 征司は優しい顔を浮かべて、純平に話す。純平は征司の話を黙って聞いていた。


「第一に、私が加夜子と結婚出来たのも、君のおかげだと私は思っているんだよ。本当にありがとう」

「・・・・・・いえ、そんな・・・・・・」


 征司が再婚した時の話を聞いて、純平はまた思い出す。

 

 あれは高校1年の冬休みのことだった。


♩♪♩♬ ♬♩♪♩


 2学期の終業式の翌日。梓は朝から純平の自宅のキッチンで、純平の母親の房恵と一緒にクリスマスケーキを作っていた。

 

 そういう約束をしていたとは聞いていたが、まさか本当に一緒に作るとは思っておらず、朝から自宅に来た梓を見て、寝起きの悪い純平も一瞬で目を覚ました。それを見て母親がひとこと、


「純平がこんなにすぐ目を覚ますんなら、毎日梓ちゃんに来てもらおうかしら」


 などと言っていたが、純平はそれを無視した。何か言って墓穴を掘るのが怖かったからだ。


 梓が母親と一緒にケーキを作っている間、純平は自分の部屋でベッドに寝転んで漫画を読んでいた。しかし、漫画を広げるだけで、その内容は頭に入ってこない。

 

 本当は、リビングから梓がケーキを作っている姿を見ていたかったのだが、そんなことをして気持ち悪がられてもイヤだし、第一、バイオリン以外で接点のない自分に見られてもいい気持ちはしないだろうと思い、梓を出迎えた後、自室に引っ込んだ。


「なにしてんだろ、俺・・・・・・」


 広げていた漫画をポスッと頭のそばに置き、天井を見上げる。

 純平は梓を思う気持ちに、いつまで気づかないふりをすればいいのかわからなくなっていた。本当はとっくに気づいているのに、今の関係を壊したくなくて気づかないふりをしている。ここ最近純平は、そんなことばかり考えていた。


 コンコンコン。純平が一人で考え事をしていると、部屋のドアがノックされた。


「純平くん、起きてる?」


 声を掛けてきたのは梓だった。純平はガバッと起き上がり、急いで部屋のドアを開ける。


「なに? どうしたの?」


 純平は冷静を装って目の前に立っている梓に問いかける。梓はコーヒーカップが二つと、焼き菓子のマドレーヌが二つ載ったトレーを持って立っていた。


「今ね、スポンジケーキを焼いていて、その間、純平くんとゆっくりしてらっしゃいって、おばさまが・・・・・・」


 部屋の前で恥ずかしそうに立っている梓を、純平は初めて招き入れた。

 そもそも、女の子を部屋に入れることが初めてだったため、余計に緊張した。


 部屋の真ん中に置いているローテーブルに、梓がコーヒーカップとマドレーヌを置く。二人はコーヒーカップを持つと、同じタイミングでコーヒーを一口飲む。

 そして一息つくと、梓が静かに話し始めた。


「私、純平くんの家にはしょっちゅう来ているけど、純平くんの部屋に入るのは初めてで、ちょっと緊張しちゃって・・・・・・」


 梓が赤く染めた顔を俯けると、途端に純平も意識してしまい、ついそわそわしてしまう。


 それでもなんとか平静を取り戻し、夏のコンクールの曲をどうするかとか、学校のことなど他愛もない話をして過ごした。


「そうだ、純平くん。年明けにね、お母さんのコンサートがあって、お父さんと行く予定だったんだけど、お父さんの都合が悪くなっちゃってチケットが1枚余っているの。もしよければ一緒に行かない?」


 梓が突然、思い出したように言ってきた。


「え・・・? 飯倉真純の?」

「うん・・・でも、東京なんだけど、やっぱ無理かな・・・?」

「いやっ! 行きたい!」

 

 飯倉真純のバイオリンコンサートのチケットなんて、値段もそうだが、熱狂的なファンも多く、いつも争奪戦になっていると花純が言っていた。

 その花純に一度だけ誘われて、中学2年生の時に行ったことがあるのだが、その時の感動はいまだに忘れられずにいた。


「よかった。でも、泊まりになっちゃうから、ちゃんとおじさまとおばさまにも言っておいてね」

「・・・・・・は? 泊まり?」

「そう。終わるのは夜9時過ぎになるから、日帰りは厳しいと思うの。だからその日は、お祖母ちゃんの家に泊まらせてもらおうと思っているから」


 梓から憧れの飯倉真純のコンサートのお誘いに喜んだのも束の間、純平は新たな問題に頭を抱えることになった。

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