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これはたぶん、ふつうの恋の話。  作者: AYANO


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14/60

事実

 翌日は朝から家族みんなで墓参りに行った。

 朝が弱い純平はいつものように、杏子と雫の二人がかりで起こされた。


 その帰り道。純平は家族の一番後ろを歩く。

 すると、前から視覚障がい者の方が白杖をついて歩いてきたため、家族みんなで歩きやすいように道を開ける。純平はその白杖を持っている人を見る度に、梓とのエピソードを思い出していた。


♩♪♩♬ ♬♩♪♩


 文化祭が終わり、純平と梓はやっといつもの公園練習に戻る。

 気が付けば10月も半ばになっており、辺りが暗くなるのも早くなっていた。


「さすがにこの時間になると、楽譜も読みにくくなってきたな」


 18時を過ぎると街灯があるとはいえ、練習するには不向きな環境だ。


「そうね。でも、12月のコンクールまで2か月切ったし、練習しないわけにもいかないし・・・」

「学校の音楽室を借りるっていう手もあるけど、毎日バイオリンを持っていくのもなぁ・・・」


 二人でうーん・・・と考える。しかし、こんな小さな町にこの公園以外で適している場所などあるわけもなく、結局この日は問題を先送りにした。


 そしてバイオリンを片付けて帰ろうとした時、目の前にベンチがあるのにもかかわらず、梓がベンチに足を引っかけて転びそうになる。


「キャッ!」

「危ないっ!」


 二人の声が同時に出て、純平は何とか梓の身体を支えて転倒するのを防げた。


「梓、大丈夫か?」

「うん・・・ごめん。見えてなかった・・・」


 梓は目の前にあるベンチに気が付かなかったらしく、危うく大怪我に繋がるところだった。これで怪我でもしたら、コンクールどころの話ではなくなる。


 とここでハッと気づく。純平が梓を抱きとめたので、自然と抱き合う形になっていた。


「わ、わ、悪いっ」

「あのっ、こっちこそ、ごめんなさい・・・」


 純平も梓も、夏休み前から散々二人だけで練習していたのに、ここで初めてお互いを意識した。

 純平は梓がしっかり立ったのを確認して、支えていた手を離す。


「暗くなって目が慣れてないからな。気をつけろよ」

「・・・わかった」


 そして何事もなかったかのようにして、二人で坂道を下って家に帰る。


「梓、もう暗いし家まで送るよ」

「えっ・・・・・・いいよ、そんなわざわざ・・・・・・」

「いいから。女の子ひとりだと危ないだろ」


 これまで二人は途中まで一緒に帰るものの、明るかったこともあり純平は梓を家まで送ったことはなかった。しかし、文化祭の練習などで公園から遠のいている間に季節は進み、いつもと同じ時間に帰っているのに、辺りはもうすっかり日が落ちて、暗さが増していた。


 ぽつんぽつんと、街灯が点き始めた道を二人で歩く。


「今さらだけどさ、梓のお父さんと俺の父さんが、同じ病院の医者だったなんてな」


 純平は、文化祭の時に両親に紹介された梓の父親のことを思い出した。


「そうだね。わたしも、そこまで偶然が重なるとは思ってなかったよ」

「他になんかあったっけ?」


 自分と梓の中の偶然の出来事を、純平は本気で忘れていた。


「もうっ、花純ちゃんの教室に通っていることとか、過去に同じ大会に出たとかあったでしょっ」


 梓に言われて、それもそうだとやっと思い出す。


「そうだったな。花純先生については、今はもう当たり前になりすぎて、忘れてたわ」

「忘れてたって・・・結構ヒドイよね純平くん」

「ははっ、悪りぃ、悪りぃ」

 

 今でこそ梓は純平に対して軽い口調で話すが、普段教室ではあまり話さないし、ましてや自分のことなどめったに話したがらなかった。

 純平はそれが分かっていたので、梓に聞きたくても聞けないことがいくつかあった。でも今日はなぜか、梓が話を聞いてほしそうにしている。


「純平くん・・・少し時間ある・・・?」

「あるけど・・・どうした?」

「純平くんに、話しておきたいことがあるの・・・」


 いつもの梓と様子が違うことに気が付いた純平は、こんな道端で話すよりもと、すぐ近くの遊具が置いてある公園へと向かった。


 公園のベンチに二人で並んで座る。


「どうした? 何か悩み事?」


 梓の顔を覗くと、話したいけど、どこから話していいかわからないという顔をしていた。それから梓は、意を決したように大きく息を吸って、話を切り出した。


「あのね、純平くん。私今日、ベンチに足を引っかけて転びかけたでしょう?」


 純平はついさっきの出来事を思い出す。


「ああ、うん。薄暗かったしな」

「そうね・・・・・・でも、純平くんにはあのベンチは見えていたでしょう?」


 梓にそう言われて、自分がどうだったか考える。


「うーん・・・確かに、俺にはちゃんと見えていたな」


 純平は自分が見たまんまのことを正直に話す。


「そうなのよ。あの時、確かに薄暗かったけど、今みたいな暗さではなかった。だけどね純平くん。私にはあのベンチが()()見えていなかったの」


 梓が言わんとしていることが、純平にはわからなかった。

 純平が困惑しているのが分かったのか、梓は純平にもわかりやすく説明する。


「私ね、目の視力がだんだん下がる病気で、このまま進行すると失明する病気なの。まだ、治療方法も確立されていない病気なんだ。その初期段階が夜盲(やもう)という症状なんだけど、周りが暗くなると見えにくくなるの。実際、今も少し見えにくくて、純平くんがいなかったら一人では歩けなかった。他にも視野狭窄(しやきょうさく)っていって、周りのものが見えなくなったりするの。だからさっきベンチが見えなかったのは、本当に見えていなかったの」


 梓は純平に一気に話す。純平はただただ、梓の話を聞くばかりだった。


「いまは薬で病気の進行を遅らせているけど、いつどんな形で進行するかわからないの。だからやりたいことは、今のうちにやっておきたかったの。二重奏のコンクールもその一つよ」


 これまでの梓の話を聞いて、純平は恐る恐る梓に聞いてみた。


「その病気は、本当に治らないの?」

「・・・・・・今はいろんな研究がされているけど、まだ明確な治療法としては確立されていないのが現状みたい」


 梓は事実を正確に、淡々と落ち着いて話している。

 しかし純平は、今聞かされた事実をすぐに受け止めることが出来なかった。


「それじゃあ、いつかは目が見えなくなるってこと・・・・・・?」


 言ってはいけない言葉だとわかっているのに、純平は梓に聞いてしまった。そして梓からも肯定の返事が返ってくる。


「今のままでは私の目は失明する。私はずっと失明という重荷を背負っているのよ」


 そうはっきり言いきった梓の目は、いつもより大きく輝いて見えた。

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