ルートを築いた後のお叱り・月虹の涙〈イラスト付〉
《ゴーレムが警告した筈デス、何故授業時間以降にフクザツな詩文を用いた魔法を発動させ続けたのデスか》
光に包まれた魔法の告白の後、私は校務ドールに叱られていた。
《教師であるルフナ・ルーン、アナタは彼女についていながら何故すぐに止めさせなかったのデスか、何故詩文魔法ヲ自らも使われたのデスか》
ーールフナ先生と共に。
「……ゴーレムや校務取り締まり魔道人形を造ったのは私なのに……不甲斐ないです」
先生は私よりかなり落ち込んでいて、私は酷く申し訳ない気持ちになりつつも、ゲームをプレイしていた時には知らなかった先生のフルネームや学園内の警備ゴーレム・校務ドール製作者が先生だったという事実を知り、不謹慎にもちょっとワクッ(悦)としてしまった。
ーーいやいやいや、そんなんじゃ駄目だ。
此処は真剣に謝る所だ、間違えるな私、ワクッ(悦)としてどうするんだ。
「こ、校務ドールさん、私が悪いんです、先生はむしろ私の魔法の暴走を諌める為にお叱り詩文をぶつけてくれて、それで私を止めてくれたんです!」
先生が私の魔法を止めたのは本当だ。私の出した火の魔法に先生が触れてくれたから、私は気持ちを届けられた気がして、胸がいっぱいになって。
静かに彼を見つめるだけしか出来なくなった。
先生が私に何か言いたげにしてくれた時に、警備ゴーレムの警告を無視し続けたため現れた校務ドールにタイミング悪く二人とも捕まり、校舎の玄関に近い小部屋に連行されてしまったのだった。
《生徒の無謀な魔法の制止? ルフナ・ルーン、本当デスか》
校務ドールは無機質に先生に紫のレーザーの瞳を向ける。
「は、はい、そう……とも、なり、ました、かね?」
先生がワタワタとドールに答え、隣に並んでいる私の方を遠慮がちに窺う。
私は先生にパキッとウインクをした。そういう事にして下さいな、の合図のつもりで。
しかしそれを見たルフナ先生は何故か肩を軽く跳ねさせ「や、やっぱり私にも責任が……」等と言い出しかけたので、私は焦って校務ドールに自分が如何に悪かったのかを言い連ね、先生の身は潔白なのだと何度も説明しなければいけなくなった。
今ここにはいない、ビー太くんのツッコミが頭に響く。
ーーご主人のそれはウインクじゃない、脅迫めいた強制サインだーー
*****
「た、大変でしたね、ルフナ先生……」
月が夜空にかかる頃、校務ドールから私達は漸く解放された。
「はい、本当に……」
二回詩文を交わし、不名誉な境遇も一度二人一緒に体験した先生と私には、奇妙な親しみの基盤が出来ていた。
「ゴーレムやドール造ったの、先生だったんですね、知りませんでした」
「私が魔力を通して完成させるんですよ、彼らの自律には詩文が複雑な方が向いてるんです」
ーー私、音痴ですけど、無機物な彼らには関係ないみたいなんですよーー
軽く自嘲するように先生はそう言った。
……でも私にはその台詞が凄く切なくて悔しかった。
「先生は魔力量も知識も知恵も凄いんです、詩文に至っては芸術的です! 私は好きなんです、先生のお歌! ……先生は私のことも無機質的だと感じていらっしゃるのですか……?」
月と、学園内を淡く照らす魔石が、ルフナ先生の姿を夜の中に儚げに映し出す。
「違う、貴女は豊かな方です」
すっかり諦めてしまっているように、ルフナ先生は私に先生らしく言う。
「無機質なのは、私の方です」
少し凝った詩文を編めても、口にすれば歌にならない、気持ちも巧く魔法に載せられない。元の魔力がたまたま高かっただけで、勉学の知識以外は他者にまともに伝えられもしないーー、そんな。
「つまらない人間、乏しい人間が私なんです」
先生は。消えかかる震える淡い月虹のように独り言葉を終えようとしていた。
会話をそこで終わらせたくなくて、先生を留めておきたくて、私はなんとか考えを巡らす。
ーーお願い、遠ざかって行こうとしないでーー
私は先生の紫のローブの下に両腕を咄嗟に差し込み、先生の胸に軽く自分のおでこをぶつけてから、両腕を離して自分の胸の前で握った。
抱き合ってなんかいない、先生の目も見えない。
それでも私は伝わると信じて目を閉じては小さく小さく魔法を通わせないようにそっと歌う。
「汝が詩文は不器用なりし、しかして命と心は通い、森の全ては唄に微睡む。ーーわが師の詩情は優しき守り歌」
涙が。落ちる。地面と私の後頭部へと。
「ありがとうございます」
ルフナ先生の涙声が短く降り、ルフナ先生の片腕がそっと私の肩を包んだ。
「先生はやっぱり温かい人です、あした、明日、いつもの森で、私とお茶を飲んでくれませんか」
ーー先生のお歌の詩文のように、琥珀の時間を私と共に過ごして下さいませんか……?
勇気を出す準備をするより、自然に。涙を拭う仕草を実際にするかわりみたいに、私は先生に提案していた。
先生はまだ涙を目の端に付けながら「いいですよ」、と優しくまばたきをしながら、私の提案をやわらかく了承してくれたのだった。
*****
先生と別れた後、黒子に徹してくれていたビー太くんが寮の前に現れて、無言でローブの裾を私に思い切り掴ませてくれた。私は暫くそんな珍しい彼に甘えながら「お茶の準備をしなきゃね」、と明日の相談をゆっくりゆっくりビー太くんへと持ち掛けた。