灯し出せ、先生ルート
「やっぱりここはミュージカル調なファンタジー世界だから、ゲームの特性と私の嵌まった詩文設定にのっかって! ルフナ先生と魔法をのせた詩文を交わして、絆を深めて! 私と先生の気持ちが重なるかを試してみたいと思います、良いかなビー太くん!?」
ーー良いんじゃないか、正攻法で。
森の中を迷いながら、ビー太くんに私は話し掛ける。
ビー太くんによると、私は今、魔法学園の変わり者の二回生。
そのステータスは私が『マジカル・スターライト』を誰とも恋せず無意味なステータス上げだけ目指して主人公を完璧に鍛え上げていた時のデータに準じている状態、とのこと。
つまり、好感度の存在しないルフナ先生にのみ会いにいき、カリキュラムを万全に考え整えて自ら敷き、その通りの授業にきっかり毎日出て、虚しく一人でバトルを行い、優等生として勤勉にーー、恋も友もなく、自分の満足感の為だけに何が楽しいのか分からない毎日をこなし、卒業だけを目標にひたすら頑張っている、他の生徒からしたら『良く分からない変なヤツ』が今の私らしい。
この世界の学園は、詩文の力を強めるために積極的に魔力所持者同士が交流しあったりする場所でも有るので、授業と方法論のみで魔法力を高め詩文を一人探求していく私はかなり異質なのだそうだ。
つまり、私は全然モブ令嬢じゃなかった。
ビー太くんによると、ルフナ先生の前で詩文により自らの姿を変え、先生の素顔を見たときから、私の中身もビー太くんの用意してくれたモブ令嬢のステータスではなく、クセの強い私自身のものになってしまった、のだそうだ。
「ごめんよモブ令嬢設定破っちゃって……でもさ、なんかさ、極めちゃうとさ……無駄だって解ってる場所にゴールラインがあるような気がさ……してくるものなんだよ、わかるよねビー太くん……?」
「判ってたまるか。ご主人のゲームの楽しみ方は周回しすぎて壊れ気味なんだ、しっかりしてくれ」
ーー頼むから。
森の出口、学園の裏庭までビー太くんは私を導いてくれながら、お説教をしてくる。
私が森の中を何度も迷いそうになる度に「そっちじゃない!」とツッコむのに疲れ、今では私の前にまわって自身の制服の長いローブの端を掴ませてもくれていた。
……とても嫌そうにしながら、だったけど。そうしないと私を見失うのでビー太くんは諦めたらしい。
*****
「まほーがくえーん! ぅわぁー!!」
「はしゃぐな僕の手間を増やすなご主人!」
学園の裏庭に着き、見知った建物が見えてくると、私は始めて異世界観に興奮した。ビー太くんのローブから手を離して、私は駆け出し学園の中を見ていく。
「あ、こらご主人!!」
焦ったようなビー太くんの声でさえ、今の私の勢いは止められなかった。
ルフナ先生への、胸から湧き横一直線に己を貫くような気持ちとはまた違う、足下から自分を衝き抜け昇っていくような高揚感が、私を包んで離してくれない。
学園には中世のゴシック様式を真似たような尖塔だらけの講堂が有るかと思えば、ロマネスク様式を弄ったような大人しめな意匠の長い学舎もあり、一部学生が暮らす寮に至っては大正時代の洋風木造建築物みたいだった。
「このごちゃ混ぜ感! ザ・ジャパニーズビデオゲームズスタイルファンタジー!!」
私が森で迷ったせいで辺りは夕刻に迫りかけていて、生徒数はまばら、先生達の着る紫ローブは校内に全く見当たらなかった。先生方は退勤が早く、夕刻近くになると自身の研究のために学園と切り離された研究棟に帰っていってしまうのだ。警備の小さな岩ゴーレムが、私を見付けると一瞬目を青から赤に変える。あんまり奇抜な行為をしていたら、校務ドールが出てきて行動を制限されてしまいかねなかった。
ーーでも、今はそんな状況を想像するのさえ、楽しくて仕方ない!
私は嬉しくなって、詩文を歌い出す。
「点れ灯れ未知の光よ、やわらかく遠く望みを照らせ、焦がれし憧憬いま私は彼方を識る、知らせ印せよ標を立てよ、我こそ幻想世界の祝詞、心あらわせ既知たる慶び!」
歌いながら手を振ると、ポ、ポ、ポ、と温かい色の炎の魔法が私から小さく放たれていった。これが私の喜びの色なんだと思うと、私はもっと楽しくなって来てしまった。
「旅立つ喜色よ私の焔、濃く淡くまたたき世界に廻れ、共に旅する光見付けよ、旅人が手に回りて告げよ、我は欲するこの世の恋人ーー」
そう、この魔法学園世界に小さな火のように佇み揺れる先生の存在に私は恋をした。本物なのかはまだ分からない、でもきっと嘘なんかじゃない、この『好き』の気持ちは。
攻略対象じゃなくても良い。先生の存在がこの魔法世界にあったから、私も凝った歌を唄いたくなった、色とりどりの魔法を操って強くなってみたくなった、森に先生に会いに行くとき、私の心は確かに弾んでいた!
同じ台詞、同じ対応、同じスチルでも構わなかった!!
主人公から変わり者になってしまったとしても、先生の教えに導かれた卒業の先をこそ、私はゴールに据えたくなったんだ!
ーー……ルフナ先生。
私は立ち止まって、何度か深呼吸してから、祈るように次の詩文を唄い始めた。いま解った自分の気持ちを丁寧に包み込むように想いを込めて、魔力に私の心の火の色を付けるイメージをして。
「緑の流れる髪持つ人よ、森に秘められし優しき泉の水面の情、生き物癒す慈雨の透りに輝く瞳、私を写せ、やわき火を見よ、私は名乗ろう貴方の両手に、私は思おう貴方の額に、私の師たる貴方のその詩にーー、私は添えよう私の念情を、小さき火にかえーー」
警備ゴーレムが私の周りに集まり、ピコんピコんと注意を促す音を出し始めた。
そして、その警備態勢のなか、こそりと遠慮がちな気配がしたのを、私は見逃さなかった。
魔法を放っている間、その使役者の感情次第で、この世界では感覚が少し広がり、誰かを探して繋がったり出来てしまう、という私のゲーム知識は本当だったらしい。
確かに感じるのだ。
『彼』の存在が近いことを。
私が強く呼んだから、きっと来てくれたんだ。
主人公がこういう魔法の使い方をしていたのは、ゲームの中ではたったの一回……。私もそのやり方に倣わせて貰った。
「ーー我は問おう幼き教え子、詩文に応えし汝が真意、汝が灯す火の尋ね先、惑い誤り呼ぶものか、我を選びて辿りし道か……?」
警備ゴーレムの赤い目とピコん音に、私の放った魔法の光と、私に応えてくれた新しい詩文の魔法が絡んで、木造建築の私達がいる寮の辺りは暖色系の光に溢れていく。
「……想いびとをどうしても探したいとき。恋する気持ちを誰か一人に届けたいとき。私はこうしてこの魔法を使おうと決めていました」
ーーこんな機会がこの学園で来てくれて本当に良かったですーー
「私、二回生のさたんぬです。詩文も魔力も先生が私に教えて下さいました、何度も。その度に私はとても嬉しくて、感謝して、惹かれていって。……ですから」
ーー正しく貴方を目掛け駆け抜く、私の灯す火は恋のいろーー
溢れた暖色系の光のなか、ルフナ先生は戸惑いながらも手をのばし、私の魔法の火に指先でそっと触れてくれた。
まるで、私の心の温度を知ろうとしてくれている……、みたいに。