王子の馬車へ乗ります私☆引き離される主人公たち
「なぁんか、さたんぬって初めて会った気がしないんだよな。それに放っておけねぇっていうか。な、ビー太とは、俺とフランみたいな関係なんだろ? だったら、俺を恋の相手に選んでくれても良いんだぜ?」
リード君は底抜けに明るく提案してきた。冗談なのか、本当に私を気に入ってくれたのか、良く解らない。
床に体育座りをしたまま、私は呆けてしまう。
「……リード、あんまり人を驚かせてはいけないよ。さたんぬと君は出会ったばかりなんだろう?」
アーレス様が「さあ、立って」と、床に座り続ける私の前に再び優しく柔らかく手を差し伸べてくる。
ーー呆けた状態で、大好きな王子様にそうされて、私が反射的にその手を取ろうとしてしまうとーー
「さたんぬ、立てるよな? 俺がいて、お前がいつまでも立ち上がらない訳、ないよな」
と、私が座っていた席に腰を下ろしたリード君が身をのりだし気味にさせながら、なにやらアツい事を言ってきた。
……アツい。私の胸が確かに、熱い。
そう、そうだ、私は何度も『主人公クン』と一緒にゲームの中で敵の召喚士や召喚獣、倒れそうになる仲間たちの前で負けずに立ち上がって、どんな苦境も乗り越えて戦ってきたんだ。
「……アーレス様、有り難う御座います。でも私、一人で立てます……!」
大好きな王子様の手を、私は取りたい。取りたかった、けれども。
『主人公クン』の見ている場所で、いつまでもいじけて誰かに頼っている様を見せていてはいけない気がしてきて、私は体育座りを解き、ふらつきながらも一人で立ち上がったのだった。
「……召喚士たちと踏み出す光へ」
私はリード君の声を聞いて、アーレス様の前に立ち、目を閉じ思いを込めてこのゲームの名前を口にする。
本来のゲーム内で私はアーレス様と一緒に光のなかに踏み出したかった。けれど、その望みは私だけが主人公だったんじゃあ、叶えられなかった。
このイレギュラーシナリオでのリード君は、アーレス様を光の中へ……主人公として、きっと引っ張って行ってくれたんだ。
それなのに私がーー、もう一人の主人公でもある私が、その奇跡を前にして、立ち上がらずにいては絶対にいけない。
私は目を開けると、アーレス様にお辞儀をしてから、リード君の方へ身体を向け、気持ちを言葉にして紡ぎ出した。
「リード君。君が光を引っ張ってくれたから、フランちゃんやアーレス様が、今、ここにいるんだよね。私がリード君といて、立ち上がらないなんて、そんなの、格好悪すぎるよね。ごめん。ごめんね。私、君に会えて本当に嬉しい!」
アーレス様とフランちゃんは、急に立ち上がった私の発言に面食らったように顔を見合わせ、ビー太くんは私を軽く睨むように見ながら、苦い顔を作って無言の圧をかけてくる。
リード君だけが、私を見て笑ってくれた。
「さたんぬ。やっぱり、俺、多分あんたを知ってるよ。アーレスのいる未来は俺だけの力で引っ張ってきた訳じゃないと思うぞ。紛争が起きたときから、ずっと誰かが俺に光を届けてくれてる気がしてたんだ、誰かが俺の道に光をさしかけながら一緒に歩いてくれてた気がしてたんだ。初めはそれがフランなのかとか、カミサマってやつなのかな、とかって考えてたけど、さ」
リード君が椅子から立ち上がり、私とアーレス様の方へ歩み寄り掛かると、ビー太くんはやや焦りながら、無言で自らの身体を私とリード君の間に滑り込ませて、リード君の動きを制止しようとした。がーー。
「ーー野暮なことするなよ、ビー太。主人の本気の恋路になるかもしれない場面への道を、お前が塞いでどうするんだ」
リード君は、止まらなかった。ビー太くんの細身の身体を簡単に押しやり、逆に自分の座っていた椅子の方にビー太くんをストンと座らせてしまう。この世界で主人公をしてきたリード君は、ゲームマスターのビー太くんにさえ、此処では負けないらしかった。
ビー太くんは驚いた顔を隠せず、自分の両手を見ながら、現状が信じられないとでもいうように、座らせられた椅子の上で固まってしまう。
物凄く珍しい光景に、私も内心かなり驚いた。
「……リード様……!」
長いことリード君の相棒役をしてきたフランちゃんが震えた声を上げる。ビー太くんもフランちゃんも、お互いの主人や相棒が本当に心配なのだろう。
「大丈夫だ、フラン。俺は正気だし、さたんぬは最弱召喚獣に苦戦するような実力だぞ? 何か変な術を使ってるなら、フランと俺の結界魔法術に既に触れてる筈だ、でも玄関の鐘は静かに鳴っただけだっただろ?」
フランちゃんは理霊界の結界術士。召喚士であるリード君の力を絡めて織られた、リード君の家の周辺の彼女の結界魔法術は、悪意の有るものを決して通さないし、彼女の張った術にもし触れたのなら、リード君の家の玄関の鐘が禍々しく鳴り響いている筈なのだった。
「さたんぬはさ、例えばわざと召喚獣に襲われて、俺やアーレスの懐に悪意を持って忍び込んでこようとした、とかじゃないんだ。恋が見付かるかもしれない日に、俺たちのとこに本当に偶然、ビー太の手を借りて真っ直ぐに飛んで来たんだよ」
ーーつまり、マジでモテないだけで、他意はない筈だーー
「ま、紛争の終結を知らなかった癖に、俺やフラン、アーレスを見て感動してたのは謎のまんまだけど。俺はさたんぬを信用するぜ。俺がずっと感じてた光の持ち主の正体は、多分さたんぬだ」
一度の短い共闘、少しの言葉の交わし合いと軽いスキンシップだけのやりとり。それだけしか実際には一緒に過ごしていなのに、リード君は私の現れた理由の本質を完全に見抜いて来てくれた。
それはもう、怖い位に。
リード君が手繰り寄せるように私に触れようとし、私が何か言葉をリード君に返そうとした、その時……。
「……リード。君が気持ちを隠さないなら、僕も本心を語るよ。僕を救った君が言うなら、僕だって彼女を信じたい。けれどね、やっぱり、不自然だよ。最弱種の召喚獣に襲われていたことも、君が彼女に警戒心なく惹かれているのも、僕が此処を訪れる日に彼女が現れたことも、別世界間を軽く渡れる従者を連れていることも、全て」
ーー全てが怪しいじゃないか、彼女は危険かもしれないーー
私の大好きな、優しく寛大で繊細なアーレス王子様は。そのよく通る美しい声音をぐっと低く下げ、私の左肩をやや乱暴に右手で押し掴み、部屋の斜め後ろへ無理矢理に下がらせると、左手を伸ばし、リードくんの胸の前にその手を掲げて彼を止め、私達を物理的に引き離してきたのだった。
とても冷たい、私が知らない表情を見せながら、躊躇なく。
そう、今までのフランクさが嘘だったかのように、正しく高貴で立場のある、如何にもな本物の王子様然として。
「紛争を終わらせた初対面の英雄に語る言葉ではないような事を、さたんぬ、君は口にしていたね。リードに取り入ってどうしたい。君が誰で何処から来て、何をしたいのかーー、本当のことが細部まで判るまで、君は僕の預かりにさせて貰う」
アーレス様の言葉を受け、ビー太くんが私の元に駆け寄ろうとし、リード君もアーレス様の手を退け、私の身体を庇おうとしてくれた時ーー。
「ごめんなさい!」
フランちゃんが、背中の羽を淡く光らせ、謝りながら私に術をかけた。すると青い透明なシャボン玉のような物が私を包み、私に近付こうとしたリード君は弾かれ、ゲームマスターで有ることがゲーム内のキャラクターたちの前でバレてはいけないビー太くんはシャボン玉の前で悔しそうに立ち止まる。
理霊界の簡単な術は、理霊界出身の本物の術士には、呪文も魔方陣のようなものも、要らない。背にある翼に思い浮かべた術の効果をイメージして通し、対象物へ向けて気持ちを放つだけで良い。
フランちゃんは特に優秀な術士だから、私を瞬時に閉じ込める事など容易いものだったのだろう。
「フラン、術を解け! さたんぬは危なくなんてない!!」
相棒で恩人で、家族みたいなリード君に言われても、フランちゃんは首を横にふって「ごめんなさい、リード様」と呟いただけだった。
ビー太くんは自身の用意した展開を引き裂いたリード君と、私を助ける筈だったアーレス様に対し苦々しく「イレギュラーたちめ……!」と怒りを表す。
「イレギュラーなのは、さたんぬとビー太、君たちの方じゃないか」
アーレス様は、私の頭にはない、酷薄そうな笑みを浮かべてみせる。
「……これだと彼女を僕の馬車まで運びづらいし、彼女の声が皆に届いてしまうね。フラン、すまないがリードが惑わされないよう、もう少し小さく、さたんぬを捕まえておけないか?」
アーレス様が、フランちゃんに申し訳なさそうに優しく言葉を掛ける。
「小さく……、アーレス様には触れられるように」
フランちゃんがまた羽を淡く光らせ、私に向けて震わせると、私を囲んでいたシャボン玉が、ぽわんと分裂して、私の両手首筋と両足首、首もとに形を変えてくっ付き直した。
何故かそれは控えめなリボンの形で、プワプワしていて痛くもなければ手も足も動くので不自由さも全くなく、見た目的にも『あの人拘束されてるわ、ヤバいわ』的な感じが一切なかった。
それどころか、なんなら、結果的には、ただただ可愛いヒロインにお手製のお揃いリボンを付けて貰えただけで、その過程的には魔法少女に変身よ、みたいな状態になっていて、私は『ワクッ(悦)☆』としただけ、だったのだけれど。
「これで、さたんぬさんは半日から1日、アーレス様以外の人には触れられないし、喋れなくなりました!」
そうフランちゃんが、やりきりました、良い出来です!! と術の仕上がりを自慢気に発表し、アーレス様が笑いながら頷いて「十二分だよ。有り難う、フラン」と仰ったので、私は『あ、このリボンを付けて1日だけアーレス様の馬車に乗れば良いんだ、素晴らしいファンシードナドナ』と思わず口に出して言ってしまい、アーレス様に呆れた表情とお言葉を向けられた。
「さたんぬ? 僕が馬車まで君を運んだあと、そのまま連行して牢に入れたりしないのか……、とかを考えて不安になったりしないのかい。やっぱり、君は悪人とは思えないけれど、不思議な女性だね」
フランちゃんの掛けた術の見た目と効力の薄さ、テレパシーで聴こえてしまった、術に掛けられている当人である私の呑気な感想、そしてそれに対するアーレス様の反応を受けて、ビー太くんは己から焦りの色を消し脱力しながら「ご主人は確かにイレギュラーな存在だろうな」、と溢した。
私の声が聴こえていないリード君は、フランちゃんとアーレス様を悲しそうに見ていて、私を閉じ込め(?)ようとした二人の所業に当惑しているようで。
「嘘だろ、お前ら、なんで……」とか
「早くさたんぬの術を解いてやってくれ!」
とか、主人公らしい台詞で狼狽えてくれており、私は寂しくならずに済んだのだった。
ーー可愛いリボンを可愛いヒロインに付けて貰い、大好きな王子様の知らなかった一面を間近で見聞き出来、その上、彼の掌中に捕まえられている今、とりあえず私はたいへん幸せですーー
リード君にそう伝えたいのを物凄く我慢しつつ、私はリード君の家の横に着いているアーレス様の馬車まで、自分の意思で歩いていった。
念のためと私の背中に添えられた、触れるか触れられないか位のアーレス様の御手の感触と熱に、ときめく心を抑えられないままに。
全然思ってた展開と違うんですよ……。




