過激で優しい無慈悲な王女
令嬢令息にとって、一年で一番華やかな夜会。
その夜会で、ダンスも一通り終わって歓談の時間へ突入する――そんな僅かな時間に、ダンスのために開けられていたスペースで対峙する男女が一組。あと女が一人。
わぁとっても娯楽小説で見た風景。
一部の物好きな令嬢はそんなことを思っていたが、現実に起きているのも娯楽小説じみていた。
公爵令息が、婚約者の侯爵令嬢に婚約破棄を突き付けたのだ。しかも、真実の愛を育んだ恋人であるなんちゃら男爵令嬢に嫌がらせを云々。
その手の小説を読むこともあるマルガレッテは、婚約者が持ってきてくれたレモネードを口にしながら、その三人を眺めていた。
マルガレッテは伯爵令嬢だが、別段身分は低くない。本来なら侯爵家に等しい財力や権力を持つが、席が埋まっているので妥協している家である。
なので世間には明るいのだが、今回この場でこういったことが起こるのはまずいんじゃないかしらねと他人事で考えていた。
だって。
今日この場には、とんでもない爆弾がいる。
この手の騒ぎが大嫌いな爆弾が。
「なんの騒ぎだ」
低く、甘い声が喧騒を割る。
一瞬で静まり返る会場を、声の主はするりと抜けて三人を一段高い、貴賓席から見下ろす。
「リゼット侯爵令嬢。説明せよ」
「かしこまりました。
我が婚約者であるハミルトン公爵令息は、別なる令嬢を愛してしまったがゆえにわたくしに婚約破棄を申し付けてまいりました」
「ほう?」
「その際、彼女に嫌がらせを行ったと糾弾されたのですが、わたくしにはとんと覚えがなく。
えぇと……ルピス男爵家でしたかしら。特に縁もなく、今夜初めて知った家に、どのような嫌がらせが出来るのか、わたくしにもよく分かっておりません」
「ふむ。リゼット侯爵令嬢、下がってよろしい」
しずしずと淑女の礼を施して大衆の中に消える令嬢を視線で軽く追い、貴賓席の女性――第一王女、王太女であるクラリス王女は、ハミルトン公爵令息を見下ろす。
「それで、そなたは、裏付けもなさそうな話でリゼット侯爵令嬢を悪と処断しようとしたのだな」
「ち、違います!マリアが泣いて僕にそう言ってきたからで、」
「被害者の証言のみは証拠とはならぬ。
その程度の知識もなくても公爵家の跡継ぎというものは出来るというのか。愚かしい」
心底軽蔑したような眼差しを向け、両者蒼白の顔色となった二人からふいと視線を逸らし、駆け付けてきた近衛に扇子で二人を示す。
「私の関わった夜会を汚した不埒ものだ。拘束せよ」
「はっ」
「またこの二人への処罰をこの場で明らかにしておく。
虚言を用いて他者を貶めんとした罪は重い。
ハミルトン公爵令息とその教育に携わったものの首を刎ねる。
ルピス男爵令嬢も三親等まで斬首刑とする。
今後、同じような振る舞いをしたものは全て同じように処罰するよう、法典に付け加えるとする」
マルガレッテは給仕にグラスを返却し、他の令嬢令息たちも同じようにしてクラリス王女へと各々最高の敬意を込めた礼をして返事とした。
その後。
近衛に捕まった二人がどういう扱いや尋問を受けたか定かではないが、マルガレッテが知る限り、ラピス男爵家はお取り潰しとなり、ハミルトン公爵家は跡継ぎを分家から取って新たに育て直しとなったと聞く。
リゼット侯爵令嬢はと言えば、クラリス王女の王配候補の五人から一人好きなものを選べと格別の配慮をいただき、そのうちから同じ侯爵家の一人を選んだという。
そうして二人でリゼット家の余分な爵位の一つをもらい、暮らしていくことが決まったという。
クラリス王女は恐ろしく果断な姫である。
マルガレッテは彼女の「お気に入り」なのでよく知っている。
悪意なく、未熟さや緊張からの失敗だった場合は三度まで見逃してくれる。
しかし、そこに甘んじて失敗ばかりしていれば免職は免れない。
悪意があった場合は即座に首を刎ねる。
実際、マルガレッテに悪意を以てアツアツの紅茶をかけようとしたメイドは斬首刑になった。
見せしめとして、王宮中に「我が友人に悪意を以て危害を加えようとしたメイドを斬首する」と知らしめた上で、である。
その見せしめを受けてなお四人ばかりがマルガレッテに危害を加えようとして首を刎ねられて以来は、王宮の風紀は大変よいものとなり規律正しく運営されるようになった。
ちなみに。
クラリスは斬首以外も平気で命じる。
盗みを働いた使用人は手首を切り落とされて追放される。実際、それで何人もが追放され、それで盗みを働くものはいなくなった。
強姦者に至っては逸物とオプションを切り落とされ、焼き鏝で止血されてクビである。
ここまでを聞けばなんと恐ろしい暴君だと思うだろうが、彼女の政務の結果や、普段の使用人たちへのあたりの柔らかさを聞けば「両極端なだけかぁ」となる。
彼女は福祉と医療に力を入れていて、世界で最も医療に関して先進的である国から講師を招いて医学の進歩を目指している。専門の学校を王都に作り、医者の最低ラインを作ろうとしているのだ。
福祉では、とにかく飢えぬことが肝要だと、国庫で保管している緊急用の食材は市場ではなく孤児院を優先して卸すことになった。
もちろん対価はもらうが、それでも格安である。
職を失ってスラムに身を落とした者たちには、開拓者として平原に村を作らせるプロジェクトを立ち上げてすでにいくつか開拓地が出来ている。
このように、優秀な支配者ではあるのだ。
そして優しくもあるのだ。
『親愛なるマルガレッテへ。
この間は妙な騒ぎが起きてしまったけれど、きみは気を悪くしなかったろうか。
私が関与した夜会で起きた騒ぎだし、心配だ。
マルガレッテは繊細だから気に病んでいないか……。
手紙と一緒に、つい先日献上された安眠のお香を送る。
もしよければ使って欲しい。
あなたの友 クラリス』
忙しい合間を縫って送られてきた手紙には、ラベンダーの香りが馨しいお香がついていた。
マルガレッテは即日、問題ないけれど、寝付けない夜に使わせていただきます、ありがとうと手紙を書いた。
クラリスは強気でイケイケ暴君気質が目立っているが、実は大層繊細である。
マルガレッテを繊細と表現してくるが、マルガレッテからすればクラリスのほうがよほど柔らかい心を持っている。
専属侍女の一人が結婚を機会に辞めるとなった時は、個人資産から祝儀を出した上で「幸せにな」と見送った癖に、その後一晩「寂しいさみしい」と泣いて、翌日は目を赤くしていたという話も聞いている。
ちなみに。マルガレッテの婚約者を王命を使わせてまとめたのもクラリスである。
万が一にも親友が外国に嫁いだらと思うと夜も眠れず、母である女王に相談して、結果相性のよかった現在の婚約者と結びつきなさいと命じてもらったのだ。
もちろん王家が仲介した茶会で確認はバッチリしてくれた。
マルガレッテとしても、そこまで心配してくれるなんて……という思いがあるし、婚約者との関係も良好なので不満など一切ない。
さて。
クラリスも、数年もすれば女王となる。
マルガレッテは、この辺りでは貴重な岩塩と香辛料を産出する裕福な家の娘として、跡継ぎの兄におねだりして、孤児院への寄付を厚くしてもらうことで彼女に報いている。
嫁いだ先でも、何かしら事業を興して福祉の観点からクラリスを支えんと思っている。
正直、身分が違いすぎて時々理解が追い付かない時もあるが、マルガレッテにとってクラリスは唯一無二の親友である。
彼女が彼女であり続ける限り、ついていこうと幼いころに決めたのだ。
それがあの夜会で再確認出来て、ああよかったと思った部分はある。もちろんあんなことが起こらなければそれでよかったが。
苛烈でありつつも優しい女王にきっとなる。
そんなクラリスの治世をひっそりとでも支えていこう。
マルガレッテは改めてそんな決意をしたのだった。
首を刎ねる女王様がどうしても書きたかった。