捨て宇宙船
ある夜。一隻の宇宙船が地球に着陸した。
それを目にしたのはたった一人。無理はない。ここはドがつくほどの田舎に加え、今は真夜中。たまたま寝付けず、散歩に出かけていたところに、というわけだ。
その彼はそれが宇宙船だとは思わなかった。大きな黒い物体が空から林のほうへ降ってきたとだけ。巨大な鳥か隕石か。音もなくというのは変に思ったが、とにかく彼は駆け付けた。
そして、それが宇宙船だと知ると彼は驚いた。今さらながら恐怖がこみ上げてきたがドアらしきものが開いているとわかると、好奇心を抑えられなかった。
その場、木の陰でしばらく様子を窺い、宇宙人が出てこないとみると彼は大胆にも宇宙船の中へ乗り込んだのだ。
中は暗く、天井は低かった。通路と呼ぶには短く、すぐに操縦室らしきところへ出た。外観からしてそう大きくないとは思っていたのでなんら不思議に思わなかったが、そこに足を踏み入れるや否やパッと明かりがついたことには驚き、腰が退いた。そして喋りかけられるとその腰は低く、果ては尻餅をついた。
『こんばんは。あ、どうかお逃げにならないで……』
それは美しい声であった。アワアワと出口に向かって逃げようとした彼が動きを止め、ゴクリと唾を呑んだのは緊張か情欲を刺激されたか。しかし
「えっと、あの、宇宙人さん? お姿が見られないのですが……」
操縦室の中。彼は辺りを見回すが、どこにも人影はない。
『この船は無人です。でも、私はここにいます……』
「え、というと、もしかして……」
『はい。私はこの宇宙船、そのものなのです』
驚きはしたが、落ち着いて考えてみるとそう不思議な話ではない。車のナビと同じ。地球だって最新の車にはAIが備わっていたはずだ。それが宇宙船ともなるとこうして話しかけてくることもあるさ。言葉だってきっとデータ収集していたのだろう。と、彼は納得した。
「しかし、地球に何の用で? それと持ち主は? もう外に出たのですか?」
『いいえ、持ち主はいません。実は私……捨てられてしまったんです』
これにも驚いた。まさか宇宙船なんて貴重なものを捨てる奴がいるなんて、と。しかし、これまた冷静に考えてみるとそういうこともあるのかもしれない。
この田舎にだって車を捨てに来る不届き者がいる。盗難車でないなら処分費用を嫌がったのだろう。道の外れに捨てられ錆びついた自動車が確か、もう十年くらいそのまま放置されている。
ここ地球も彼ら宇宙人からすれば田舎も田舎。途中まで別の船で運ぶかそれともこの宇宙船、彼女自体にここまで行け、そして朽ち果てろとそう命じたのかもしれない。だとしたらなんて残酷なんだ、と彼は胸を痛めた。
『もう、いらない子なんです……私……』
「そんなこと……」
ない、と言おうにも事情を知らない。しかし、この地球では大変な価値があるのは確かだ。きっと取材され有名に。みんなから好かれるだろう。彼は素直にそう言った。しかし……
『そんな風には行きません……。きっと……きっと分析するためにバラバラにされ、殺されてしまいます……』
涙を誘うような悲しい声に彼はなんて馬鹿なことを口走ってしまったのだと後悔した。そうとも、考えてみたら分解されるに決まっているじゃないか。そして、軍事技術に転用される。
「ごめんよ、ごめんよぉ……その、お詫びというわけじゃないけど僕に、僕に何かできることはないかい? そりゃ、僕は頭もよくないし顔もよくない。それに田舎者……まあ、そもそも、君からしたらこの星の人間はみんな田舎者だろうけど、でも、でも……」
『そんなことないわ。あなたってとっても素敵よ』
「え、ええ、そ、そんなこと女性に言われたの初めてだよ……嬉しいなぁ」
『うふふ、かわいい』
「へへ、へへへ……あ、で、どうかな? 僕にできること……僕、その、全然モテないけど、あ、いや、そんなこと言いたいんじゃなくて、その、気持ち悪く思わないで欲しいんだけど、本当に、ただ君のために何かしたいんだ」
『とっても嬉しいわ。……じゃあ、一緒にドライブなんてどう?』
「え。ドライブ? ははは、嬉しいよ。美女とドライブ。それも超最新式の車とさ! なんて、へへへへ。車と一緒にされちゃ嬉しくないかな」
『ううん、そんなことないわ。あなたって優しいのね』
「へへへ、それでえっとでも操作とかはどうしたら……」
『私に任せてくれればいいわ。あとは……必要な時にお願いするわね』
「お、おう! 任せてよ!」
『うふふ、かわいい』
こうして宇宙船は再び夜空へと上がった。
男はモニターに映し出された外の光景に目を輝かせ、宇宙船もまた嬉しそうに声を上げた。
「すごいすごいよ! もう地球を飛び出しちゃった! はははは! それにしても、君を捨てるなんて馬鹿な奴もいたもんだなぁ……と、ごめんよ。嫌なことを思い出させちゃったかい?」
『ううん、いいの。それに仕方ないの。旧型はね、燃費が悪いって新しいのと取り替えられちゃうから』
「ああー、まあ、地球の車もそうだなぁ……」
『でしょ? でも私は飛ぶのが好き。どこまでもいつまでも』
「宇宙船の本分ってやつだね。そのお陰で君と出会えた。嬉しいよ、僕……」
『私もよ、あなたと出会えてよかった』
「今夜だけでなく、毎晩でも君に乗って……へへ、ちょっといやらしく聞こえちゃうかな、なんて、ははは……」
『うふふ、可愛い。前の人もそうだったなぁ』
「な、う、でも僕は君を捨てたりなんか……」
『ええ、わかってるわ。うふふふ』
「ふふふ、君は最高だもん……それに旧式と言ってもやっぱり何かこう、新エネルギーというか僕には想像もつかないようなすごい技術が使われているんだろうなぁ」
『新型はまさにそれね。新エネルギー。クリーンな上に劣化しないの。でも、私はいわゆるバイオエネルギー。ゴミをエネルギーに変えるの』
「いや、十分すごいじゃないか! それで空を、宇宙を飛び回れるなんて!」
『ふふふ、ありがとう。でも補給は私ひとりじゃできないの……だから、あなたを頼らせてもらってもいい?』
「も、もちろんさ! 何をどうすればいいか教えてくれたらなんでもやるよ!」
『ふふふ、頼もしいわぁ。今、扉を開けるわね。そこよ。その部屋に入ってくれればいいの。』
「ここかい? ここに入ればいいのかい?」
『そう、そこよ、中に入って。ああ、いいわ』
「あ、あはは。ああ、なんだかあったかいなぁ。そ、それで、な、なにをすればいいのかな?」
『うふふ、もう少し先に進んで』
「こ、こうかい? な、なんだか変な気分になってきたよ」
『ふふっ。ああいいわ、そうもっと私の奥に。そうよ、そうそう。いいわ。いい、いい……』