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第23話 巧遅は拙速に如かず

「お前らゲーム始めたての初心者かよっ!? 相手はゴブリンだぞ!? 実戦だからって、びびりすぎなんだよぉっ!!」


 そう言ってロベルトは茂みから飛び出し、剣を抜きながら大声をあげ、坂を駆け下りていく。そのあとを、彼の仲間が2人、追いかけていくのも見えた。


 彼らが走って行く先には一匹の見張りらしきゴブリンがいた。突然現れた人間たちに驚き、指さしながら仲間に向かって叫び声を上げている。


「おらっ、食らいやがれ! 【疾風の刃(レイザーウィンド)】!」


 走りながらロベルトが剣を振るうと、剣先から真空の刃が放たれゴブリンに向かってまっすぐ飛んでいく。


「グギャウッ!!」


 真空の刃をまともに食らったゴブリンは血しぶきをあげながら後方に倒れ込んだ。


「悪いな、ロベルト。トドメはもらうぜ! 【炎魔の足踏み(フレイミングストンプ)】!」


 ロベルトに追いついた仲間が、そう叫びながら魔法の杖を振りかざすと、倒れたゴブリンの真上に炎の塊が出現し、そのままゴブリンを押しつぶすように落下する。まともに食らったゴブリンは断末魔の叫びをあげる間もなく黒焦げになって絶命した。


「あっ! てめぇ、横取りしやがったな!? まぁいい、次は一撃で決めてやるっ!」


 悔しそうにしつつもどこか嬉しそうにロベルトが叫ぶと、そのままゴブリンの群れに向かって突っ込んで行った。その騒ぎを聞きつけ、ゴブリンの群れ全体が騒然とし始めていた。




「おい、俺たちも行こうぜ!」


「そうだな、あいつらをあのまま放っておくわけにもいかないしな」


「あ、ばか、動くなよ! 今、強化魔法をかけてやってたのに! ああもう、ゴブリン相手だしバフはなくてもいいか。俺も行くぜ!」


 ロベルトたちの突撃によって、それまで場を支配していた慎重な空気は吹き飛んでしまっていた。皆、隠れていた茂みから飛び出し、思い思いに武器を掲げゴブリンの群れへと向かっていった。


 タイミングを合わせることもなく、バラバラに突っ込んで行くなど愚策もいいところだが、あのままぐずぐずしていては、こちらも大所帯だけに見張りのゴブリンに発見されていた可能性もある。そうなれば、せっかくの不意を突く機会を失うことになってしまう。

 だが何より、彼らの背中を大きく押したのは、もっと単純な衝動だったのだろう。


 要は、皆、自分の力を試したくてうずうずしていたのだ。


「どうする、グレン。ボクたちも行くかい?」


 ユウの提案に、少しだけ考えたあとグレンは答えた。


「ユウとアイリスは先に行っててくれ。先頭のやつら、さすがに突出しすぎだし、ゴブリンとはいえ囲まれたらやっかいだ。援護してやった方がいい」


 グレンの言葉を聞き、ユウとアイリスは顔を見合わせ頷きあうと、ともに坂を駆け下りていった。


「シアは、ここでセレナを守っていてくれ。こう見通しが悪いと、魔術師には戦いにくい状況だし、すでにゴブリンたちは逃げ腰だ。無理に戦う必要もないだろう」


 シアにそう言うと、グレンは後方に待機しているハインツたちに向かって声をかける。


「ハインツさん、だっけ? 頼みがあるんだが」


「あー、みなまで言わなくても大丈夫。お連れの方たちの事は、どうぞ我々にお任せを」


 まるでこういう状況は何度も経験済みと言わんばかりに、キザったらしいお辞儀をしつつ、ハインツが言い放つ。だが、態度こそおちゃらけてはいるものの、その眼差しは真剣そのもので、彼の言葉を信じるに足る何かを感じ取れた。


「じゃあ、シアとセレナはここで……」


 そう言いながら、ユウとアイリスの後を追おうとしたところ、


「待って! お兄ちゃん!」


 その気配を察したシアが急いで立ち上がり、グレンの手を掴んだ。


「あのね、その……上手く言えないんだけど」


 こんなことを言うと怒られると思っているのか、シアはビクビクと小動物のように怯えた様子で、しかし、しっかりとグレンの目を見つめながらこう言った。


「やっぱり……危ない、と思う。だから、お兄ちゃんも、ここにいたほうがいいと思う……」


 置いていかれるのが怖いから言っているのだと、シアのことをよく知らない者なら思うかもしれない。

 だが、子どもの頃から付き合いのあるグレンは、シアが自分のわがままで、こんなことを言う子ではない事を知っていた。むしろ周りを優先するあまり、自分のことを押し殺してしまうような、そんな少女なのだ。


 そのシアが、ここまで言うのは何か理由があるはずだとグレンは察した。彼女が言いよどんでいるのは、怯えや恐怖のせいではなく、漠然と感じている不安のようなものを上手に言語化できないのだろう。


 そうと察したグレンは、シアの頭を撫でてやりながら、ゴブリンが野営していた方向にあらためて視線を向けた。

 相変わらず、木々に視界が遮られ状況は分かりづらいものの、あちこちで魔法や戦技を放つ音や光が見える。こちら側が優勢であることは間違いなさそうで、戦闘音があちらこちらから聞こえてくることから察するに、散り散りになって逃げていくゴブリンを、英雄たちがそれぞれ追撃している様子だった。


 初めての実戦、興奮気味の英雄たち、見通しの悪い森、あちこちから聞こえる戦闘音、逃げていくゴブリンとそれを追う英雄たち……

 脳裏に浮かんでくる様々な言葉が、グレンの脳裏でひとつの形を取ろうとした時だった。


「ゲギャッ!?」


 突然、近くの茂みからゴブリンが飛び出してきた。野営地から坂を上り、こちら側に逃げてきたのだろう。激しい戦闘音で、近づいてくるゴブリンの足音に気づかなかった。


 グレンとシアの目の前に現れたそのゴブリンは、ボロボロになったベールのようなもので顔全体を隠し、体中に骨や磨いた石などをじゃらじゃらと身につけていて、大きな杖を手にしている。加えて頭に大きな青い羽根飾りをしているのが特徴的だった。


「ゴブリンシャーマン!?」


 それはゴブリンの中でも、とりわけ危険視されている個体だ。通常のゴブリンよりも高い知能を持ち、精霊魔法や暗黒魔法を使いこなす。個体によっては群れのリーダーとなり、何十匹ものゴブリンを率いて人間の村を襲うことすらあった。


 お互いにとって、完全に不意を突かれた遭遇だったが、グレンたちの方が先に冷静さを取り戻し、体勢を整える。バーチャルなゲームでの体験とはいえ、こういった遭遇戦も幾度となく経験してきた強みが出たといえるだろう。


 シアは流れるような動作で、手に持っていたバケツの様な兜を被り直し、巨大で分厚い鉄製の盾と身長の二倍はありそうな馬上槍ランスを持ち、重装備とは思えぬ素早さでグレンの少し右前方へ出て身構える。


 グレンも負けず劣らずの速さで体勢を整える。今はシアがそばにいるので背負っている盾はそのままで、勢いよく抜き放ったバスタードソードを両手持ちで構え、いつでも戦技を放てるよう敵に集中する。


 敵の初撃をシアが受け止め、その隙にグレンがカウンター気味に戦技を叩き込む、今まで何万回と繰り返してきた、この二人の基本フォーメーションである。

 二人の練度の高さもあるだろうが、初めての実戦で、この洗練された動きが出来ることこそが、この世界の住人たちがまさに想定していた『英雄』の強さなのだろう。


「シア!」


 それだけで意図が伝わり、シアが右側に大きく飛ぶ。

 瞬間、グレンからゴブリンシャーマンへの射線が通り、十分に闘気を練り上げた刺突技が放たれた。


「【閃きの紅(スカーレット・レイ)】!」


 叫び声と共に突き出されたグレンの剣先から紅い光線が放たれた。突き出した剣尖が紅い光を纏い、そのまま敵に向かって伸びていくようにも見える。


 その紅い剣尖が、ゴブリンシャーマンへとまっすぐに伸びていき、その頭を正確に貫こうとした、まさにその瞬間――


「グォォォァァアアッ!!」


 野太い雄叫びと共に、横から大きな影が飛び出し、その勢いのままゴブリンシャーマンを庇うように突き飛ばした。

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