想像していた結婚生活じゃない②
「あー……」
夜風が気持ちいいなぁとぼんやり考えながら、そっと目を閉じる。
……結婚なんてどうでもいいと、私はずっと思っていた。私には他にやりたいことが沢山あったから。
「うー……」
だけどこうして、いざ結婚したとなると……愛し合った人と結ばれたかったな、と感じる自分がいる。
(貴族なんかと結婚しても、何もいいことなんかないのに)
どうしてリケット男爵は私を選んだのだろう?
いやそもそも、なんで私のことを知っていたんだろう?
そんな疑問ばかりが浮かんでくるけれど答えは出ないままだ。
それからしばらくして、コンコンと自室のドアがノックされたのでそちらに視線を移す。
「はい?」
返事をするとドアが開き、そこからメイド姿の女性が姿を現した。
「ディアナ様、旦那様がお呼びです」
「……わかりました」
今日は疲れているから、このまま休ませてほしかったんだけど。
――はっ!? こ、これってもしや、初夜のお誘いってやつなのでは!?
どうしよう、断れないかな? でも夫婦になったんだし……ど、どうしよう!
「奥様?」
「い、今行きます!!」
私は重い腰を上げ、彼女に案内されながらリケット男爵の寝室へと向かった。
「し、失礼します……」
ノックをしてから部屋の中に入ると、ベッドに腰掛けるリケット男爵がいた。
白ジャケットの花婿姿から、室内用のシャツにベストというラフな姿になっている。そんな着こなしもサマになっていて、顔が良いと何を着ても似合うのだな、とふと思った。
私が彼の前に立つと、彼は私にそっと語りかけてきた。
「……ディアナは、こういったことに慣れていないと聞いたのだが。その……大丈夫だったかな?」
「はい? 大丈夫かどうかですか?」
私は首を傾げながら考える。 なんでそんなことを聞いてくるんだろう?
ああそうか。これは私に気を遣ってくれているのか。うーん、男爵様って意外と紳士なんだなぁ。なんて思いつつ、私は言葉を返した。
「……それでお話というのは何でしょうか?」
「君には申し訳ないのだが――」
◇
――翌日。
私は眠たい目を擦りながら、ベッドから起き上がった。
「朝か……」
昨夜は初夜を迎えるのかと思いきや……何もありませんでした。
リケット男爵は……今は私もリケット男爵夫人だから、夫のことは名前で呼ばなきゃね。シャーレ様が私を部屋に呼んだのは、“平民だった私に貴族教育を施したい”という申し出だった。
貴族としての常識が無いまま振舞われると、貴族としての体面にも関わるから――ということらしい。本当なら結婚前に教えたかったらしいんだけど、なにぶん急いで式を上げたかったらしい。でも何をそこまで急いでいたのかしら。
「……はぁ」
憂鬱な気分になりつつもベッドから抜け出すと、メイドさんを呼んで着替えを行う。着替えぐらいは自分一人でできるって言ったんだけど、これも貴族の義務なのだと彼女は言った。
幸いだったのは、メイドさんは意外にも丁寧に教えてくれて……というかとても優しい人だった。
「あー……でもやっぱり、窮屈なのは嫌ねぇ」
気軽にお散歩もできないし、間食やお夜食もできない。なにより魔法薬師の勉強ができないなんて、頭がおかしくなってしまいそう。どうにかしてコッソリと魔法薬の研究はできないかしら?
などと考えつつ、身支度を整えて食堂へと向かう。
「おはようございます、奥様」
「……おはようございます」
執事が挨拶をしてきて、私も挨拶を返す。彼はリケット家の使用人を取り仕切る筆頭で、白髪のおじいさんだ。ちなみに私に対する態度はとても丁寧だけど、シャーレ様への態度は結構雑だった。
「奥様。朝食を用意いたしますので、お掛けになってお待ちください」
「ありがとうございます」
私は素直にお礼を言って着席する。
するとメイドさんが私の前に料理を運んできてくれた。
サラダに前菜、スープにパン。どれも美味しそう……なんだけど、なんか量が多くない? 一人分にしては多すぎる気がするんだけどなぁ……まぁいいや。
「おはようございます」
「おはようディアナ。昨晩はよく眠れたかい?」
「え、えぇ。とても」
食事用の長テーブルには先客がいた。シャーレ様は優雅にお茶を飲みながら、私にそう聞いてきた。それに私も適当に答えると、彼はにっこりと微笑んでくれた。
(なんだか不思議な人だなぁ)
こうして一緒に食事の席に着いた印象だと、彼はあまり会話を盛り上げるタイプではないみたいだ。
(まぁ私自身も、お見合いで一度だけ顔を合わせただけの相手と何を話して良いか分からないから……お互い様なのかな?)
そんなことを思いつつ食事を終えると、シャーレ様が急に思い出したように口を開いた。
「ああそうだ。昨晩言い忘れていたことだけど」
「はい」
「君が魔法薬の研究をする現場を、私に見学させてほしい」
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