想像していた結婚生活じゃない①
「花嫁ディアナ。貴女はリケット男爵を夫として永遠に愛し続けることを、神に誓いますか?」
(……うーん、ごめんなさい。ちょっと自信がないです)
女神様の像と神父様、そして私の旦那様となる男性の視線が重なる中。純白のドレスを身にまとった私は、引きつった笑顔のまま固まっていた。
「ディアナ?」
「え? あー……えっと」
「形だけでいい、とりあえず頷いておきなさい」
「……はい」
私の旦那様となる人……壮年のリケット男爵は、爽やかな笑みを浮かべて優しげな言葉をかけてくれた。私は彼の笑顔に応えようと、コクリと頷きながら――内心ではひたすら現実逃避していた。
シャーレ=リケット男爵。
金髪碧眼に高身長。齢30を前にして、彼が始めた事業は軒並み急上昇中。
祖父の代に叙爵した新規貴族でありながら、現在もっとも有望視されている男爵様だ。顔も世の女性なら羨むほど、非常に整った形をしている。
そんな人が、いったいどうして私を妻にする?
「ねぇ、あの花嫁って平民らしいわよ」
「しかも血のように赤い髪って、品が無いわよねぇ」
「なんだか田舎者の臭いが、こっちにまで漂ってくる気がするわ」
うるさいわね、ヒソヒソ声がこっちまで聞こえてきているのよ。どうせ私は平民で田舎者ですよ。大正解だわ。
でも髪の色は気に入っているんだから馬鹿にしないで。
「では神の御名において、この婚姻の成立を認めます」
神父様の宣言と共に、周囲から拍手の音が鳴り始める。
「あ……あはは……」
私はどうにかぎこちない笑みを浮かべながら、呆然と立ち尽くす。
(どうしてこうなった)
いやまぁ、理由はちゃんと分かっているんだけどね。
課長に呼び出されたあの日。部屋に入って早々、私に告げられたのは”男爵から縁談がきた”という話だった。
「彼は若いながら、我が研究所に出資をしている傑物だ。そんな人物が直々にお前を指定して、嫁にしたいと言っている」
「はぁ……」
まるで光栄に思えと言わんばかりの言い草に、思わず素っ気ない返事をしてしまう。正直私には、何の興味もそそられない話だったから。
「ともかくお前に拒否権は無い。そもそも、平民が貴族の妻に選ばれること自体が異例なのだ。謹んで受けるがいい」
つまりそれは私に拒否権は無いってことだ。課長は私が断るという可能性を端から想定していないのだろう。
そうしてあれよあれよといううちに数か月が経ち、結婚式を迎えることになってしまった。
ちなみにリケット男爵と会ったのは、この結婚式で二度目。顔合わせで互いに軽い自己紹介を交わしただけで、いつの間にやら結婚式当日を迎えたという始末だ。
「はぁ……」
私は今日何度目かわからない溜め息をつきながら、教会の祭壇から神父様を見つめていた。
「これでお前の顔を見なくて済むようになると思うと、清々するな」
結婚式に来ていたピペット課長から、そんな捨て台詞を頂戴して私は確信した。建前上は寿退社ということになっているけれど、これは実質クビだ。この縁談に、課長も一枚嚙んでいたに違いない。
過程はどうであれ、これで魔法薬師になるという私の夢は潰えてしまった。あーあ。課長に気に入られるよう、もっと媚でも売っておくべきだったかな。
憂鬱な感情とは裏腹に式そのものは順調に進み、私は男爵の妻となった。誓いのキスはさすがに遠慮してもらって、ファーストキスだけは私の唇に残しておいたけれど。
(私ってば、一体何をしているんだろ)
専用にあてがわれた、男爵家の自室の窓を少しだけ開いて、夜空を見上げる。月の光が差し込んでくる部屋の中、私は今日の出来事を思い返していた。
(7/19)