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一難去ってまた……災難?①

「おい平民女! てめぇはここで5年も働いていながら、新人の面倒もロクに見れねぇのか? あぁん?」


 ピペット課長の怒声がフロアに響きわたる。私はただ、平身低頭で謝り続けるしかない。



「申し訳ありません!」

「大量の素材使って、あんな使えねぇ薬を作りやがってよぉ。てめぇの給料から材料費を引いておくからな。ノルマ分を作り終わるまで、今日は帰るんじゃねぇぞ! ったく、この能無しが!」


 課長がそう吐き捨てると、周囲で様子を窺っていた同僚たちがクスクスと笑う声が耳に入ってきた。


 それでも、私は、


「はい、申し訳ありませんでした……!」


 罵倒の嵐が過ぎ去るまで、延々と頭を下げ続けていた。



 ◇


「どうして、僕を(かば)ったんですか」


 課長のデスクを後にしたあと。私は自分の調合台で黙々と、ノルマの鎮痛剤を作る作業を続けていた。


 定時はとっくに越えており、最低限の魔導ランプ以外は落とされている。この研究所にはもう、私と隣の席の新人君しか残っていなかった。


「ん……後輩のミスは先輩が(かぶ)るものでしょ?」


 私は手元から目を離さないまま、質問に質問を重ねる。隣からはやや沈黙があってから、答えが返ってきた。



「そもそも僕は、ミスをしていなかったはずだ。なのに課長はどうして……」

「そうねぇ……」


 ローグ君はあのとき、ちゃんと鎮痛剤を完成させていた。調合の手順もあっていたし、手技も正確だった。


 もし私がアカデミーの先生なら、合格点をあげていたでしょうね。だけどそれはあくまでも、学校の実験レベルであればの話だ。



「実際の現場では、学校の講義と勝手が違うことが多いのよ。今回の夏雪草も、そのひとつ」


 魔法薬研究所は医薬品を製造して民に提供する、工場としての一面を持つ。だから安定して大量の鎮痛剤を作るためには、教科書通りの方法じゃ駄目。


 夏雪草のケースで言えば、まずは鎮痛成分の濃縮液を作ってから必要分まで一気に希釈する必要がある。


 つまりローグ君のやり方はアカデミーでは良くても、ここでは不正解だったってこと。



「でもローグ君が犯した一番のミスは、そこではないわ」


 アカデミーではそんなことを教えないから、彼が知らないのも仕方のない話だった。だからこそ、先輩である私の指示を大人しく聞かなければならなかった。


「僕が……間違っていた……」


 よほどショックだったのか、後輩君は黙り込んでしまった。


 ふたたび、カチャカチャと器具を動かす音だけが耳に届きはじめる。ローグ君は私の言葉が腑に落ちなかったのか、ずっと沈黙したままだった。



「ねぇローグ君」

「……はい」

「私はアカデミー時代、トップの成績で卒業したの」


 それは自慢でもなんでもなくて、私にとってはただの事実にすぎない。同期の子たちよりもずっと早く魔法薬師の資格を得て、誰よりも努力してアカデミーを卒業して――そして憧れていたこの職業に就いた。


「だけど蓋を開けてみれば、それは理想とは程遠いもので――今もこうして報われない毎日を送っているわ」

「僕は……貴女とは、違う」


 私はローグ君の反応を聞きながら、作業の手を止めない。そうね、と言葉を続ける。


「でも貴方は私と同じで……ローグ君は、誰か大事な人を救いたいんでしょう?」


 彼の息を()む音が、私にもしっかりと聞こえた。



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