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月影のレクイエム  作者: Shiryu
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第二章 〜侯爵令息はどこだ!?〜

「随分と久しぶりだなあ。」

 アルフィアスは大きな欠伸をしながら、馬車を降りた。

「お前は・・・・・・そうだな。」

 シリルは、眠そうに歪んだ薄緑色の瞳を見た。

 けして冷たくはないが、寂しく、張り裂けるように、風が抜けていく。

 彼らは今、侯爵邸に来ている。シリルが噴火した後、ひと先ずは捜査の計画を立て、手始めにフェレーズ家を訪問することとなった。

 そういう経緯でアルフィアスを引っ張り、ここまで辿り着いたわけだが、当人はとても無気力らしい様相を呈している。

「行きますよ、殿下。」

「やだぁ〜、まだ眠いもん・・・・・・。」

「帰りに、“魂魄の森”に置き去りにしますよー?」

「前権撤回!・・・待って、置いてかないでぇ!!」


「帝国の小さな太陽と公子様にご挨拶申し上げます。」

「顔を上げてくれ。」

「・・・・・・は。」

 フェレーズ侯は、礼法に従い、恭しく頭を垂れた。

「久しいな。侯爵邸は十二年ぶりか。」

「それほどになりますか。」

「五歳の頃に西方を視察しに来て以来だ。」

 アルフィアスは、懐かしそうに天井を見上げている。

「本日は我が息子の件でわざわざお越しくださった、と。・・・さ、そちらにおかけください。」

「ああ。」

 この間まで黄金色をちらつかせていた応接間の外の樹々は、すっかり葉を落として、枝組みだけになっている。

「今日は、事のあらましを聞くために、ここへ来た。ご子息の部屋と、屋敷中の者たちを洗いざらい調べさせてもらう。」

「・・・帳簿や人事関係の書類はこちらです。」

「当時の状況を確認したうえで、拝見させてもらおう。」


 侯爵及び各使用人の証言に基づき、事件の粗筋をざっくりと話すとすれば、こうである。

──帝国暦四五二年、十月十五日、夜。フェレーズ侯爵令息ことベルモンド・ラ・フェレーズは、何も普段と変わりなく、乳母が運んできたビスケットをかじり、ホットミルクを一杯飲んで、床に就いた。

 その後、乳母がグラスと皿を下げるために就寝後のベルモンドの部屋へ入ったが、高鼾をかいて熟睡していたという。それから半刻後に、執務を終えてくたびれたフェレーズ侯も自室で眠った。

 しかし翌朝、返事がないのを不審に思った侍女が部屋の扉を開けてみると、現場からベルモンドだけがすっぽりと消えており、事件が発覚。

 その侍女によれば、なんと、部屋は窓が開いた形跡もなく、密室状態だったという。


「普段通り・・・密室・・・・・・。」

 一通りのものを見た彼らは、非常に困惑していた。

「近日中に不審な動きをした人物もいない、か。うーん・・・・・・。常識的に、あり得ないね。」

「・・・・・・。」

 シリルは、眉を顰めた。

「物証となりそうなものはあるのか?」

「残念ながら・・・・・・。」

「・・・・・・あの。」

 躊躇いつつ、声を上げる。

「あの、小麦粉と新品の絵筆を一本、お貸しいただけますか?それから、硝子の板も。」

「小麦粉と筆と・・・ガラス?」


 三人は、再び現場へやって来た。

「この部屋に入った人は、私たち三人と、いつも令息を呼びに来る侍女、乳母、護衛騎士、そして本人だけですよね?」

「ええ。そして、この部屋はあれから手付かずのままです。」

「あ・・・シリル、何を・・・・・・!」

 シリルは、ドアノブに薄く小麦粉を振りかけた。その粉を、絵筆でハンカチーフに払っていく。

「あ、跡が・・・・・・!」

「殿下は、ドアノブを触りましたか?」

「いや、触ってないよ。」

「ならば、触ったのは、私と侯爵と令息と、令息の周りの彼らだけということになります。」

 二人ははっと双眸を見開いた。

「彼らを呼び出しましょう。」


「御用でしょうか?」

おずおずと恐縮し、騎士が二人、侍女が二人、乳母が一人という、立場も職も異なる五人が立ち尽くす。

「ええ。これから皆さんに、あるものをお配りします。」

「はあ・・・。」

怪しげに見つめられながら、シリルは透き通った小板を手渡した。

「硝子です。」

「・・・・・・?」

彼らは全員、まじまじと硝子片を眺める。

「なんの変哲もない、ただのガラスじゃありませんか。」

「そうですよ。公子様は、どうしてこちらを・・・?」

シリルだけがにこりと笑んだ。

「ええ。ただの硝子です。そして、私の望んだことは、これで以上です。あとはそれらを回収させていただきますね。」

すると、さらに怪訝そうな表情が彼を包み込む。しかし、ひとりとして声は挙げない。

硝子片には、慣れた手つきで小麦粉が振りかけられ、筆で拭われていく。

あっという間に、指紋のテンプレートが完成してしまった。

「こういうことです。」

先程まで半信半疑だった人々は、先程まで握っていたであろう硝子片に付いた指紋に、皆、ぽかんとしている。

「ということで、これをドアノブのものと比較してみましょうか。」

シリルはひとりで検証を始めた。

四人目まで来たところで、はたと指が止まる。

「おや・・・?」

その指紋は、騎士のうちのひとりのものだった。

「おかしいですね。」

顔を顰め、指紋を静かに見続ける。

「ねえ、シリル。何がおかしいんだい?」

「あの騎士の指紋だけ、無いのです。」

「・・・・・・っ!」

指で示され、長い黒髪をひとつ結びにしている騎士が目を見開く。真っ青な瞳の奥には、驚愕と不安と緊張とが交差していた。

「執事さんを呼んでください。」


「彼がこの部屋に二週間以内に出入りしていたのは間違いありません。」

「・・・とすると、不思議だ。ふむ・・・。彼は普段、手袋などをしていますか?」

「あ、それなら、いつもは革製の長手袋を着用しています。」

「・・・・なるほど。いつも、ですか。」

シリルは半分納得したように頷いた。さらに検証を続けていく。再び、彼の行動へと視線が集まっていく。

しかし、その中でただひとり、アルフィアスだけは違う方向を睨んでいた。

「・・・・・・。」


「結局、あの五人と侯爵と、俺たちの指紋しかなかった・・・。ということは、あの五人の誰かが犯人・・・・・・。」

うーん、と唸って、ばたりと突っ伏してしまう。

侯爵邸から引き上げて、それからずっと、シリルは馬車の中で頭を捻っている。

「まあ、そんなもんだって。」

アルフィアスは、持ち前の気楽さでシュークリームを差し出した。

「これ食べて頭をふわっふわにしたら、分かってきたりして!」

「シュークリームはいただくが・・・だいたいにして、あんたは気楽すぎだ。」

「あははっ!」

シリルの強ばった微笑みに対して、アルフィアスは花のような満面の笑みを浮かべている。

「・・・まあ、それは置いておくとして、殿下はどう思いました?」

「何を?」

「あの中に犯人がいるとしたら、どうやってベルモンドを連れ去ったか、とか。」

「わかんなーい!」

「おい。」

アルフィアスは口周りにべったりとクリームをつけて、幼子のように無邪気に返答した。

しかしその次の瞬間、掴みどころのない緑の瞳は強ばっていた。

「・・・だけど、俺は乳母が怪しいって踏んでる。」

「・・・・・・え?」

シリルは驚きに眉を顰めた。

だが、その時にはもう、アルフィアスはいつも通りの彼に戻っていた。

「なーんてね♪ 冗談、冗談!」

「そ、そうですよね・・・?」

シュークリームを咀嚼する音を聴きながら、シリルはひたすらに、その無垢でマイペースな男を見ていた──。


来る日もくる日も、彼らは検証を続けた。

しかし!あれからまったく進展がない。いや、進展がないと言うよりも、証拠がない。

アルフィアスは毎日、優雅に菓子を頬張りながら、奔走するシリルについてだけ行っている。

「ああああああああぁぁぁ・・・ッ!」

「うーん、このティラミス美味し〜♪」

相反するこの掛け声にも、そろそろ慣れてきた頃である。

「菓子食ってる暇があったら、お前は参戦しろ・・・!」

「参戦してるよー。」

「どこがだ、おい。」

シリルの怒りメーターは、そろそろ爆発する。

「参戦してるってば、人間ウォッチングに。」

「そうだ、お前はそういうヤツだった・・・。」

「わあ、シリルくんの口調が、だんだん粗野になってきてるね♪」

「あー、もうーっ!少しだけ黙ってください、殿下。」

シリルは深い溜め息を吐いた。

「それに、そろそろまずいかもしれない。」

「えっ・・・なにが?」

「皇帝。」

「あ・・・・・・。」

そうだった。アルフィアスの父親──この国の皇帝は、いま、病に倒れている。その病状が悪化したのだと、シリルは三日ほど前に公爵から伝えられたのだった。

「うん。今までずっと避けてきたけど、さすがにそろそろ、叔父上派と衝突するかも。・・・そんな気がする。」

「・・・・・・。」

珍しく、アルフィアスは苦笑した。

「まあ、六日後の貴族議会でどうにかなることを願うしかないか。」

「ええ。先手は、打てるだけ打ったつもりですが・・・。予断を許さない状況です。」

氷の雨に似た風が、激しく街に叩きつける。

もうすぐ、冬だ。

「フェレーズ侯に賭けましょう。」

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