ほのぼの砂漠
「ねえ、私もあれから出張宿屋の噂を仕入れて来たんだけど、聞く?」
「あんたも随分聞き回ってるそうじゃないか。じゃあ、聞かせてくれよ」
「これは〈ノースガルド〉での話なんだけど、宿屋で宿泊客にスイーツがサービスされたそうなの。しかも、アイスみたいな冷たいスイーツが」
「……雪国で冷たいスイーツだぁ? 嫌がらせみたいじゃないか」
「そう思うわよね? けど、客は喜んで食べたそうよ」
「そんなに美味かったのか?」
「もしくは珍しかったのか。聞いた話ではその宿で振る舞われるのは異国料理らしいわ。もしかすると冷たいだけじゃない、何か仕掛けのあるスイーツだったのかも知れないわね」
「しかしまあ、料理でも何か話題のある宿屋か……」
「美食冒険家として使ってみたいわね、そんな宿屋」
◇◇◇◇◇
「あっつぅうううううー!!」
世界で二番目に広い砂漠〈トトリ砂漠〉に着いての、クロエちゃんの開口一番は感想って言うより叫び声みたいだった。
けどまあ、わからないでもない。今はまだ乾期のピークじゃないけど、それでも昼間の気温は四十度超え。鉄板の上に卵を落とせば、目玉焼きができるレベルだ。
「とりあえず、二人には防暑魔法掛けとくね」
「早くしてくれる? て言うか、魔法掛けてから転移しなさいよ」
「うっさいな。クロエちゃんもオリヴィアも初めて来る場所だって言うから、せっかくだしこの暑さを体感してもらおうと思ったわけよ」
いつものように出張場所にはあたしの転移魔法でさくっと移動。ここから土魔法で宿を建てて、造ったベッドをクロエちゃんが回復ベッドに変化させ、オリヴィアは料理の準備を進めていく。
「前は極寒、お次は猛暑。目まぐるしい変化よね」
「だねぇ。あと、ここはノースガルドに比べれば魔物のレベルも低いから、安心度って言う点でも違うかも」
ウェルさんたち騎士団御一行は昼過ぎにここに着く予定だ。だから、朝早くから前乗りして準備を済ませ、それからはクロエちゃんが淹れてくれた爽やかなハーブティーを、いつものように設計したスタッフルームで頂いていると言うわけだ。
「怖いのは毒蛇や毒虫って言ってましたよね」
「ノースガルドと同じで、砂漠も食料は豊富じゃない。だから、獲物を一撃で仕留めるための毒が発達して強力なんだよ。解毒魔法を掛けても少しの間、痺れが残る場合もあるし、毒を受けた人に触れるとうつっちゃうって毒もある」
「へぇー、厄介な毒なんですね」
「知らずに感染者に触れてさ、パーティー丸々毒状態、なんてこともあったみたい」
「……み、ミアさん? 聞いておいて何なんですが……それ、フラグじゃないですか?」
「……あたしも、言ってからちょっと後悔した」
「早ければ、そろそろ着く頃ね」
いや、それはないって、多分、きっと……。
知らずに触れて毒状態になったって言うのは何十年も前の話だ。その当時はこの毒のことがあまり知られていなくて犠牲者を出したんだけど、今は知れ渡っている。冒険者ならトトリ砂漠では毒に気を付けよう、って最初に教わるような案件だ。
しかも、今回のゲストは騎士団様。相当な準備と下調べをしてから――
「み、ミア殿! た、助けてくれないか!」
…………。
「ほら、ミア。団長様がお呼びよ。その無の表情やめなさい」
「こんな顔にもなりたくなるよ……」
慌てて玄関を潜ったのはウェルさんで、話を聞いてみれば予想通りの毒を受け、予想通り感染者に触れた仲間たちがどんどん倒れたそうな。もちろん、回復魔法が使える魔術師も何人か同行していたんだけど、治療の際に触れて、全員毒を食らったんだと。
「す、すまない、ミア殿。私たちが無知なあまり……」
「いいよ、別に。予め教えてなかったあたしにも、落ち度がないわけじゃないだろうし。仲間を置いて宿に走ったウェルさんも正しい。全員が毒になって動けなくなってたら死んでたしね」
騎士団御一行は宿から一キロくらい先にいた。もう少しで宿屋ってところで毒を受けたみたい。駆け付けたあたしが全員に解毒魔法を掛けて、お蔭様で犠牲者は一人も出なかった。
「これから砂漠を探索するんだし、みんなも憶えておいて。これは〈オナガサソリ〉の毒だよ。大きさは掌くらいの魔物なんだけど、こいつはその名の通り尻尾、毒針が長いの。だから、冒険用のブーツも簡単に貫通しちゃう。そして、みんなも体験したからわかると思うけど、この毒は触れた者にも感染しちゃう」
一度に多くの獲物を狩ろうってことから進化した毒なんだろうね。毒の強さ的には即死レベルってわけじゃないけど、動けなくなるのは確実。こんな砂漠で動けなくなれば、熱中症で死んでしまう。
「毒の判別は簡単だよ。全身に紫色の痣みたいな発疹が浮かぶから、そう言う状態になった人には触らないこと。触れずに解毒魔法で治療して」
「了解した。ご教授、感謝する」
「そんな改まらないでよ。毒受けた人は一応ベッドで休んで。毒素が残りやすい体質の人もたまにいるからね。あと、探索行くなら一人五百Gで一日続く強化魔法と、今日はサービスで毒耐性アップの魔法も掛けてあげるから、必要な時は声を掛けてよ」
身体強化サービスは今回も大盛況だった。多分、オナガサソリの一件があったお蔭でもあるんだろう。みんな、準備にはお金を惜しまないって感じだ。
けど、それはこっちとしても助かる。お金を稼げる、って意味はもちろん、みんなが危機感を持ってくれたら、下手に犠牲者を出すこともなくなるんだから。
「そう言えばさ、オリヴィアはラキュウ料理の経験はあるの? あんた、ラキュウを狩りに行くって聞いたらテンションぶち上がってたじゃん?」
ウェルさんたち騎士団は早速ラキュウ捕獲に向かい、何人かの団員はベッドで横になっている。あたしたちは暇な――いや、英気を養う時間だ。
「ないわ。だから、テンションぶち上がったの。でも、私に料理を教えてくれた師匠は、魔族でも数少ないラキュウ料理の成功者だった」
「そうなんだ? じゃあ、ラキュウについて何か教わったり?」
「特には何も。やっぱり、弟子にもその極意は教えられないものなのよ。ラキュウ料理に成功した、とただ自慢するだけ。でも、最後にいつもこう言うの。綺麗好きに越したことはない、ってね」
「ああー、あんた、サンローイの自分の部屋めっちゃ汚いもんね」
背後で「バチっ」と音が鳴ると、全身に電流が走った。雷の基礎魔法〈サンダーボルト〉だ。不老不死ではあるけど当然、痺れるし痛い。
「あんたね! たまに攻撃魔法でツッコむのやめてよ! 普通に痛いんだから!」
「痛くても不死だし、いいでしょ。それに、ミアには心置きなく魔法を使えるせいか、最近魔力がちょっと鍛えられてるのよね」
「あたしをサンドバッグ扱いすんなし!」
「ま、まあまあ……。ところで、オリヴィアさんのお師匠様が言った、綺麗好きに越したことはない、って結構普通のことじゃありません? 料理人って清潔であるのは当然って気がするんですけど?」
オリヴィアの部屋が汚いとは言ったけど、何もゴミで溢れているわけじゃない。料理に関する本なんかが乱雑に置かれていて、単に整理整頓ができていない部屋って意味だ。オリヴィアが作ってくれる料理はいつも、見た目からして美味しいんだから。
この子が汚らしい、なんてことは絶対ない。
「ラキュウに限らず、砂肝と言う部位は水洗いが大切な食材でもあるの。鳥の多くは地面にある餌を啄んで食べるわよね。だから、砂も一緒に食べてしまうものなの。そうすると、胃袋である砂肝には砂が付着していることがほとんど。それを洗い落としてから調理するの」
「けど、多分だけどラキュウの場合はそれだけじゃ足りないってことだ?」
「師匠の言い方だとそうね。まあ、実物を見ないことには何とも言えないけど」
「実物か……。ウェルさんたち、上手い具合に捕獲できればいいんだけどね」
期間は三週間、探索規模は約五十人。それがトトリ砂漠に常駐して、一匹のラキュウに出会えるかどうかってくらいの遭遇率なんだ。正直、領主様はウェルさんに無理難題を押し付けたもんだ、とか思ってる。
「ミアさんのトラップ魔法で捕獲はできないんですか?」
「不可能ではないけど、現実的ではないね。あたしのトラップ魔法は対象がそれを踏むことで発動する。けど、ラキュウは砂の中を泳いで移動するんだ。砂漠の上をとことこ歩くなんて稀。だから、トラップに引っ掛かることはほぼないよ」
「さすがのミアさんも今回はお手上げって感じですよね……」
「ん? そんなことないよ。あたし、何回か捕まえたことあるし」
「ええっ!?」
これにはオリヴィアも驚きの表情を浮かべている。
ふふふ、二百年は伊達じゃないのさ。
「そ、そうなんですか!? 一体どうやって?」
「探知魔法で辺りを探って、見付かったら風魔法で砂ごと巻き上げるの」
「結構簡単そうですね。どうして誰もそうしないんです?」
「ラキュウは魔力の高い魔物じゃないからね。探知するには相当な集中力がいる上に、砂の中を結構な速さで移動しているから捕捉も難しいの。八十年賢者やってればできるかなー、ってレベルだね」
しかも、八十年みっちり探知魔法を鍛えたら、の話だ。あたしは鍛えた魔力と器用さで、そこら辺をカバーしているって感じかな。
「だったら、さっさと捕まえて来なさいよ。あたしの分も」
「オリヴィアの分は後で捕まえようとは思ってたよ?」
「……そ、そう」
「何? 嬉しい? 照れてんの?」
「うるさいっ」
ぷいっとオリヴィアはそっぽを向いた。可愛い奴め。
「後で、ってことはウェルさんたちには協力しないってことですか?」
「泣き付いて頼みに来たなら聞かないでもないけど、極力は手出し無用かなって思ってる。騎士団としてのプライドやメンツもあるだろうし、何よりラキュウを簡単に捕まえられるって知られたくないんだよ」
「そうなんですか?」
「だって、知られちゃったら世の中の料理人やら美食家やらが挙って頼みに来るじゃん。面倒だよ、そんなの。いくら不老不死でも、ね」
それに、入手困難だから高級品なんだ。あたしが狩りまくって世に流通させれば、ラキュウの価値は落ちる。料理人にとって憧れの食材を、料理もできないあたしがそんな風にしてしまうのは違う気がする。
「じゃあ、ミアはラキュウの調理法についても実は知ってるの?」
「いや、そこはほんとに知らない。路銀を稼ぐために何度か依頼を受けたってだけで、それがその後、どう調理されたかは知らないんだよね」
「食べたことはあるの?」
「それも実はないんだよねぇ。調理方面では力になれなくて、ごめんね」
「期待してなかったから別にいいわよ」
「何おうっ」
「単に確認しておきたかっただけ。私が初めてミアにラキュウを食べさせる料理人だってことを」
「……ふふっ。そうだよ。だから、あたしはあんたに期待してる」
任せて、とでも言いたげにオリヴィアは微笑むのだった。
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