ほのぼの契約
「ねえ、最近話している宿屋の話、私にも詳しく聞かせてくれない?」
「おお、いいぜ。まず宿の名前は〈グランベルジュ〉だ。どこかの街に店を構えているらしい。だが、ここは依頼があれば、どこにでも宿を建ててくれるんだ」
「どこにでも?」
「ああ。最近だと〈ノースガルド〉あとは〈トトリ砂漠〉に宿を構えたって聞いたな」
「しかも、従業員には凄腕のハンターや魔術師もいるって話だ。ノースガルドの魔物は全て狩られたとか何とか」
「さすがにそれは……。私、宿には料理のクオリティーも求めちゃうタイプなんだけど、その辺りはどうなの?」
「料理……?」
「そう言えば……聞かねえな」
「そう。でも……そんな宿屋があるなら一度くらいは使ってみたいものね」
◇◇◇◇◇
ノースガルドでの依頼を達成して、帰って来たサンローイの街は相変わらず賑やかだ。二週間、真っ白な世界にいたせいか、街の色彩が豊富で少し目がチカチカしてしまう。
クロエちゃんに頼まれたお遣いはこれでオッケーかな。ちょっと小腹が空いたし、どこかの屋台で――
ピリっ。
電流や痛みが走るわけじゃないけど、音にするなら「ピリっ」かな。感覚的には髪の毛を軽く引っ張られるような感じ。
これはグランベルジュの玄関に仕掛けたトラップ魔法の応用だ。
こいつはグランベルジュの扉が開くと発動し、あたしに誰かが宿を訪ねて来たことを教えてくれる。予めクロエちゃんとオリヴィアはトラップの対象外としてあるから、二人が扉を開け閉めしても魔法は発動されない。
つまり、ピリッとしたらお客さんってわけだ。
よし、寄り道やめてすぐに転移だ。
こんな風に、外出中に来訪者を感知するためでもあるし、どこかに出張している時でも依頼者がサンローイの宿の扉を叩けば、すぐにあたしが転移して対応するってためでもある。
「あっ、ミアさん、お帰りなさい。ちょうど今、依頼者の片がお見えになったんです」
そうと知って帰って来たから「ちょうど」で当然なんだけどね。クロエちゃんにはツッコむまい。
「それで? 依頼はどんな感じ?」
あたしは依頼主の男性に目を向ける。見た目は二十代。鎧を纏った剣士、或いは重騎士ってところかな。オーラ的には中級冒険者って感じか。
「南西にある〈トトリ砂漠〉を知っているか?」
「うん、世界的にも広大な砂漠だね。昼は猛暑、夜は極寒。温度差の激しい土地でしょ」
「ああ。今回はそこに宿を、三週間頼みたい」
「ふむ……」
いつもみたいに快諾すると思ったんだろう。クロエちゃんは少し慌てた様子を見せた。
けど、それも当然なんだ。トトリ砂漠は確かに上級者向けのフィールドだ。でも、その割にレアアイテムやレア素材はそう多くない。
と言うのも、魔物自体がそう多くないからだ。魔物だってそんな劣悪な環境に住みたくはないでしょ。もっといいとこ探すよ。ダンジョンも遺跡が一つあるだけで、そこも遥か昔から採掘されている場所だから、お宝がある可能性はほぼゼロ。
そんなところに三週間も……? 何か後ろめたい事情でもあるんじゃないかな……?
「理由を聞かせてもらえる? あなたくらいの冒険者なら、トトリ砂漠に三週間も滞在するのが不自然だってことはわかるよね?」
「……さすがに即答とはいかないか」
「そりゃね。こっちは女の子三人でやってるの。危ない橋は、石橋以上に叩いて歩くのが鉄則だよ」
「いや、満足だ。こちらとしても安請け合いされた方が不安だからな。
申し遅れた、私はウェル。ここから南にある〈ライラック〉の領主、オルレアン様に仕える騎士団長だ。この度、グランベルジュに依頼した理由は一つ、トトリ砂漠の幻獣〈ラキュウ〉を狩りたいからだ」
ほほぅ……そう来たか……。それは三週間は必要だ。いや、三週間で足りんの? ってくらい。
ラキュウはトトリ砂漠にのみ生息する、鳥型の魔物だ。ただ、魔物と言っても体長はおよそ三十センチ。鶏くらいの大きさで、カラスみたいに羽毛は真っ黒。それだと砂漠の猛暑に焼かれそうだけど、こいつらは一日の大半を砂の中で過ごしている。だからか、こいつらは鳥類でありながら飛ばない。
広大な砂漠を泳ぐように移動し、特定の群れも作らない。そもそも個体数もそう多くはなくて、遭遇することすら珍しいから「砂漠の幻獣」なんて呼ばれるんだ。
「ねえ! 今、ラキュウって言った!? ねえ、ねえ!」
「お、オリヴィア!? あんた、厨房にいたんじゃ――」
「ラキュウを狩りに行くのね!? 行くわよね!? 行くに決まってるわよね!?」
「あぁもうっ! テンションぶち上がりすぎだよ、こいつ……」
いきなりオリヴィアが駆け込んで来たのはわからないでもないんだ。
ラキュウはレアモンスターでありながら、素材の価値は他の鳥類モンスターとほとんど大差ないもの。経験値の足しにもならないし、見掛けたらラッキーって言う程度の魔物なんだ。
でも、唯一、料理人だけには無類の価値を感じさせる。ラキュウは食材として超一級品なんだ。
「ま、魔族!」
「おっと、お兄さん。こんなところで剣の柄を握っちゃダメだよ? あたしの仲間に敵意を見せようってんなら、あたしはそれ以上の、誠心誠意の殺意で対応させてもらうから」
「なっ――」
目に少しだけ魔力を籠めて睨むと、騎士さんはすぐに膝を折った。これで実力差は明白になった。あたしにも、もちろん彼にも。
「す、すまない。職業病と言うか……魔族と知ると体が勝手に構えてしまうんだ。許してくれ」
「だとしたら、許しを請うのはこっちも同じだよ。彼女はここの料理長。あなた方騎士団は三週間、この子の料理を食べることになる。あなたが敵意を向けた、魔族の料理を。それでも許してもらえるのなら、この依頼お受けするよ?」
嫌味たっぷり。それは二人にも伝わっているようで、クロエちゃんはどこかおずおずと落ち着かない様子。対するオリヴィアは澄ました表情だけど、その内心は穏やかじゃないんだろうなって気配を感じる。
「ああ、お願いするよ。私も魔族の――いや、異国文化の料理に興味がある。是非、食べさせて頂きたい」
「オッケー。じゃあ、今回の依頼はウェルさん率いる騎士団からの依頼ってことでいいかな? 他に連れて行きたい冒険者やサポーターはいない?」
「ああ、私の団だけだが……その確認は必要なのかい?」
「ええ、もちろん。
あたしたちの宿屋は最初の報酬を払ってくれれば使い放題。けどそれは、依頼者に限ったこと。フィールドやダンジョンに宿を構える以上、新規のお客さんも来ることはある。今回で言えば、ウェルさんの団員以外の人。そう言うお客に関しては一泊千G頂いてるの」
「い、一泊千G!?」
高いよね。だって、相場の十倍くらいなんだから。けど、それにもわけはある。
「高いって思うだろうけど、考えてもみて? ウェルさんは高いお金を払って三週間の宿を確保した。それをたまたま、トトリ砂漠を訪れた冒険者が、偶然にもグランベルジュを見付けて泊まりに来た時、その代金がたった百Gだったらムカつかない?」
「そ、それは……かなりムカ――腹が立つな」
騎士だからか、汚い言葉は極力使わないように心掛けているんだろう。言い直す辺り、ちょっと可愛い小僧じゃないか。
「でしょ? けど、宿屋である以上はお客を追い返すわけにはいかない。だから、高価格でもいいなら泊まりなよ、ってスタイルなの」
「なるほど、理解した。では、今回の依頼費用だが、いくらで引き受けてくれる?」
「そうだね……場所と期間から考えて……八万Gでどう?」
「い、いいのか? オルレアン様からは十五万までは考える、と言われていたのだが……」
想像していた額の半分くらい。そりゃ驚くか。けど、さすがに十五万Gは貰いすぎだ。お金持ちの金銭感覚には驚くよ。
「トトリ砂漠の魔物はほぼほぼ中級以下。危険なのは毒蛇や毒虫の方だし、そっちもあたしがいれば、すぐ解毒できるから問題ない。フィールドの危険度は低いから、今回は三週間って言う長期間分のお金で十分だよ」
「そうか、それは正直助かる。出張宿屋、などと言うのは初めて聞いて、私はもちろんオルレアン様も相場がよくわからなかったんだ」
「だろうね。こう言う宿屋営業ができるのは、うちくらいなもんだし。けど、だからこそ高額費用は請求しないようにしてるの。まず、グランベルジュってものを知ってほしい。いろんな人に使ってほしい。そう言う値段設定ってわけ」
この辺はクロエちゃんとも相談して決めたんだ。まずは地道に稼いで、地道に宣伝していこうって。
「商売上手な店長殿だな」
「あっ、店長はこっちね。クロエちゃん。あたしはただの従業員のミア。こっちはさっきも言ったけど、料理長のオリヴィア」
「し、失礼した。ところで、ミア殿。あなたはトトリ砂漠に関して、それなりに精通しているように思えたのだが、ラキュウについても詳しいのだろうか?」
「まあ、一般人程度には、ってところかな。ラキュウは個体数が少ない上に群れを作らない。一日の大半を砂の中で過ごし、広大な砂漠を泳ぎ回っている。砂漠のペンギン、なんて呼ぶ人もいるね。
主に砂漠の昆虫なんかを食べるんだけど、彼らはそれを砂ごと飲み込んで、胃の中で分解させている。一説には砂に含まれているミネラルなんかも吸収しているって話だね。
で、その胃袋。つまりは砂肝がとにかくヤバい」
「や、ヤバいとはどう言う意味なんだ?」
「こっからはオリヴィアに説明してもらおうかな」
魔術師が話すよりも料理人の方が適任だろう。ここからは魔術じゃなく、料理の分野だから。
「ラキュウは素材としての価値はないのだけど、食材としての価値は一級品よ。砂漠で生きる力がそのまま肉に溢れ、栄養価はかなり高い。中でも、ミアが言ったようにラキュウの砂肝は至高の食材と言ってもいいわね。料理人泣かせの食材よ、二つの意味で」
「ふ、二つの意味?」
「まずは普通に、ラキュウの砂肝に出会えたことへの喜びの涙。もう一つは、それを料理する難しさ、一流シェフでも上手く扱えず、食材を無駄にしてしまう悔し涙。
ラキュウは捕獲するのが困難な上、料理するのも困難な『ヤバい』食材なのよ」
料理人にとって、ラキュウは失敗すれば二度と出会い食材だ、とも言われているそうだ。だって、誰だって失敗してしまった料理人のところに、せっかく手に入れたラキュウを持ち込まないでしょ。だから、そもそもラキュウは扱わないって料理人も多いらしい。
「入手困難だから練習しようにもできない。成功した料理人に話を聞いても、詳しく教えてくれる人は少ないわ。ラキュウを調理できるコックは超一流料理人だからね。そう簡単にその極意を教えるはずない」
「オルレアン様は特に料理人に関しては何も仰られてはいなかったな……。もしかすると、うちのコック長がラキュウ料理の成功者なのか……?」
「領主お抱えの料理人ならあり得なくないと思うわ。ただ、アピールポイントになるわけだから、騎士団長であるあなたも知らない、と言うのは少し不自然かもね」
「うむ。その辺りのこともオルレアン様には報告しておこう。では、利用開始日についてだが……――」
そこからは細々とした話が続き、ウェルさんのサインを頂いたところで契約完了となった。
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