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ほのぼの新時代



「ガーランド、〈グランベルジュ〉はあれからどうだ?」

「繁盛しているようですよ。王都にも噂は出回っております」

「ならば、グラインの無礼の詫びにもなっただろうか」

「グライン殿への罰はあれで良かったのでしょうか?」

「魔族との魔物の合同討伐の呼び掛けと参加、か……。確かにそれを罰と呼べるのかはわからん。だが、ミア殿の提案だ。聞き入れないわけにはいかぬ」

「しかし、これは人間と魔族の在り方を変えるための大きなきっかけになるでしょう。人間と魔族が手を取り助け合い、共に目的を達成する。それを勇者であるグライン殿が率先して行えば、人間側の考えも変わりやすいでしょう」

「魔族側もアルフィード殿に賛成する者が増えていると聞く。時代の流れは共存へと向かっているのだろう。その責任をミア殿に代わり、我々が担う。それも罪滅ぼしの一つと言うわけだ」

「まあ、グライン殿はプライドの高いお方ですからね。魔族の手を借りる、と言うのはいい薬になるかも知れませんね」

「さすがのお前も今回ばかりは手厳しいな」

「当然です。グライン殿からミア殿を捕縛したのだが、と相談された時、何の夢を見ているのだろうと思いましたからね」

「夢だと信じたくもなるな」

「実際、地下の仕置き部屋でミア殿を見た時、私は死を覚悟しましたよ」

「ガーランド、休暇を取って〈グランベルジュ〉で羽を伸ばすか?」

「ミア殿を前にしてゆっくり休んでいれば罰が当たりますよ」

「それもそうだな」



◇◇◇◇◇



 今回、あたしたちが出張することになったのは大洋に浮かぶ小さな島〈ローグ島〉だった。そして、依頼主はクロエちゃんの両親、ゲオルクさんとシャルロッテさん。

 何だけど、その二人は島に着くなり探索へと出掛け、宿屋はしんと静まり返っていた。


「す、すみません……。目的地に着くなり、碌にお礼もせずに出て行っちゃって……」

「お礼なんて別にいいよ。これが仕事なんだし。それに、宿屋って本来こう言うものでしょ? 冒険者が傷を癒す拠点なんだから。引き籠もってバカンスする場所じゃないしね」

「そうですけど……。ミアさんには身体強化魔法をガンガン掛けてもらってるのに……」

「あ、あれはね、頼まれなくても掛けてたよ。二人がいないから言うけど、両親の実力でローグ島は死にに行くようなもんだもん……」

「それ、本人にガツンと言ってやって下さいっ」


 そこは娘であるクロエちゃんが頑張ってよ……。


「ローグ島は現状、踏破されたフィールド中で最高レベルの場所なんでしょ?」

「そう。絶海の孤島であるローグ島には独自の進化を遂げた魔物がたくさんいて、一番弱い奴でもそこらのダンジョンのボスクラス。グラインも足を踏み入れたって話だけど、どうせ数に物を言わせて、ちょっと探索したくらいだろうね」

「うちの両親も似たようなものですよ。ミアさんって言う裏技使っただけです」


 クロエちゃん、だいぶご機嫌斜めだな。せっかく久しぶりに会えたって言うのに、両親との時間が取れていないって言うのも原因の一つなのかも。


「夕飯までには帰ってくるって言ってたから、夕食は親子水入らずでゆっくりしたら? あたしとオリヴィアは外すしさ」

「いえ、逆にいて下さい」

「いいの?」

「昼間は冒険と探索、夜は夜でミアさんとオリヴィアさんと話すのを楽しみにしているみたいなんです」

「そう言うことなら別に構わないけど……」

「私としても一緒にいてもらった方が気楽でいいです。正直、久しぶりで何だか気恥ずかしいところもあるんですよね」

「そっか。じゃあ、遠慮なく混ざらせてもらおうかな」



 その日、クロエちゃんの両親が宿に戻ったのは陽も沈み掛けた頃だった。無事戻ったことにクロエちゃんは一先ず安心した様子だ。そんな娘の心配など露知らず、二人は興奮冷めやらないようで、冒険譚を楽しそうに話していた。


「いやぁ、それにしてもミアさんの魔法は凄いな! まだ魔法が継続していて体が強化されているよ」

「あっ、気になるなら解除しますよ?」

「いや、もうちょっとこのままで。何だか強くなった気でいられるからな」

「ちょっと、お父さん! 食事中なんだから子供みたいに燥がないでっ」

「そうよ。オリヴィアさんの美味しい料理をもっと堪能しないと失礼だわ」

「お口に合って良かったです」


 何だか楽し気で明るい家族だなって思った。ゲオルクさんはクロエちゃんが言うように子供っぽいと言うか、童心を忘れない人なんだと思う。対するシャルロッテさんは一見大人しい上品な女性に思えるけど、結構好奇心旺盛な人のようで、オリヴィアの魔物料理も一切躊躇うことなく食べていた。


 そんな二人に挟まれて育ったから、クロエちゃんはしっかり者になったのかも知れないな。真面目で礼儀正しい性格は、両親からの遺伝じゃなくて、育った環境がそうさせたのかも。


「そう言えば、ミアさんが提案した魔族との共闘クエスト。冒険者の間でも評判がいいようだよ」

「魔族は魔物のことをよく知ってるからね。その生態や狩り方を学ぶのは決して悪いことじゃない。魔族としても人間の器用さや技術力を学ぶいい経験になるからね」

「まさか、人間と魔族が手を取り合う日が来るとはね……。五十年も生きていない俺が感慨深くなるんだから、ミアさんはもっと、それ以上の想いなんだろうな」

「感慨深くは……特にないかな」

「そ、そうなのかい!?」

「別に人間と魔族の共存があたしの生涯の目標だったわけじゃないしね。できたらいいじゃん、程度だったし。共闘クエストの案も国王が、何か罰が必要だ、とか言うから成り行きで提案したものだしね」


 ゲオルクさんとシャルロッテさんはぽかんとした顔で口を開けているけど、クロエちゃんとオリヴィアはそうだよね、とでも言いたげに笑っていた。

 二人はあたしのことをもうよくわかっている。あたしがそんな聖人君子みたいな大層な夢を掲げるもんですか。

 あたしはほのぼの生きてたい。それだけだ。


「グラインのことはほんとに、心底どうでもよかったから、向こうが適当な罰を与えればいいと思ってたんだよ。けど、あたしが決めてくれって言うからさ、せめて世間の役に立ちそうな罰を考えたってわけ。ついでに、あいつのプライドもズタズタにできそうだったし」

「ミアちゃん、どうでもいいと言う割りに、プライドはズタズタにしたかったのね……」

「そこは腹癒せって言うよりは、今後のため、かな? あいつも性格はあれだけど、実力は確かにあるからね。それをいい方向に使うには、あのプライドは無駄でしかない」


 あと、そうやってあたしから遠ざけておけば、今後絡んでくることももうないだろうし。


「ミアらしいわね」

「はい、ミアさんらしいです」

「何かバカにした言い方だなぁ」


 そうそう、これだ。いつもと変わらない日常が、ただのんびりと流れるだけでいい。

 あたしたち三人の笑い声で、宿を満たしていただけ。ただただ、のんびりと。



 深夜、みんなが寝静まった頃、急に目が覚めてしまったあたしはキッチンに足を向けた。水でも飲もう。そう思って廊下を歩いていると、キッチンの方にぼんやりとした灯りが見えた。


「あれ、クロエちゃん?」

「ミアさん! ミアさんも眠れなかったんですか?」

「いや、急に目が冴えちゃって……」


 グラスに水を注いで、あたしはクロエちゃんの向かいの椅子に腰を落ち着けた。


「クロエちゃんは?」

「ちょっと考え事を……」

「考え事?」


 クロエちゃんも自分が飲んでいたグラスを傾けて、水を少し飲んだ。


「今のグランベルジュはミアさんの能力を最大限、活かせていないような気がするんです」

「えっ? まだあたしに何かやらしたいの!? あたしはまだ役立たず!?」

「そ、そうじゃなくて……! 今回のことで国王様との繋がりもできましたし、アルル様を筆頭とした魔族とも良好な関係を築けています。他にも学者の方々や錬成術師さん、冒険者の皆さんとの繋がりもあります」

「うん、まあそうだねぇ」

「だとしたら、グランベルジュももっと世の中枢に切り込んでいくべきなのでは、と!」


 うん? おい、どした、クロエちゃん?


「グランベルジュは政治に介入を……いや、一つの国を、グランベルジュ国を起ち上げて、和平の実現を目指すべきじゃないかと!」

「く、クロエちゃん!? 一旦落ち着こう! 水飲んで!」


 普段は冷静なのに、これだと思ったら一直線だよね。こう言うところが遺伝しちゃったのかね。


「クロエちゃん、宿屋は冒険者の、旅人の拠り所だよ。国や政治への忖度で人を泊めるの? 違うよね? 傷付いた人たちを、分け隔てなく癒してあげる。それが宿屋だよね? そこを忘れてしまったグランベルジュは、あたしがいたい場所じゃないよ」

「ご、ごめんなさい! そんなつもりは全然なくて……! ミアさんの凄さをみんなにももっとわかってほしいって言うか……! もっと活躍できるのに、私が足枷になってるんじゃないかって……!」

「バカ。そんなことあるわけないじゃん」


 あたしはコツンと、クロエちゃんの頭を小突いた。


「あたしはクロエちゃんが見た夢を、一緒に見たいんだよ。クロエちゃんが目指したグランベルジュを、あたしも見てみたいって思ったんだよ。二百年修行して、あたしはようやく出会えたんだ」


 そう。この二百年、無駄じゃなかった。クロエちゃんに出会って、オリヴィアに出会い、そしてもっとたくさんの人と繋がれた。


「二百年修行したせいで失った目標を、クロエちゃんが与えてくれたんだよ。それが宿屋。それがグランベルジュ」


 どんな宿屋でもいいわけじゃない。ここが、いいんだ!


「でも、クロエちゃんのいいところはそこだと思うんだ」

「えっ?」

「いろんな人に出会って、いろんな人と接して、いろんな人の話を聞いて、いろんな人に影響を受けた。クロエちゃんの経験値って、戦闘で得るものじゃなくて、日々の仕事で得ているものだと思うんだよね。だから、いろんな企画も考えられるし、今みたいに別のビジョンも見出せた」

「けど、結局は見当違いなものでしたし……」

「考えることは悪いことじゃないよ。間違いはみんなで軌道修正していけばいい。だから、一緒に働いているわけでしょ? クロエちゃんの考えを、あたしとオリヴィアも一緒になって吟味する。今までだってそうじゃない」


 宿の出張、身体強化サービス、魔物料理、錬成などなど。みんなで考えて決めたものだ。グランベルジュでしか生み出せなかったもの。

 うん、絶対そうだ。そうに違いない。あたしはそう思う。


「グランベルジュは不老不死の最強魔術師が修行の末に巡り会えた、最も甘美な魔法だよ」


 くすくす笑いながら、クロエちゃんは頬を濡らしていた。その雫はテーブルにいくつも落ちて、小さな輝きを放っていた。


「ミアさん、言ってる意味がよくわかりませんよぉ……」

「そこは何となくで受け取ってよ」


 虫も魔物も寝静まった頃、絶海の孤島の小さな宿屋に、小さな笑い声が溢れていた。



◇◇◇◇◇



「あっ、あった! ここが宿屋〈グランベルジュ〉! よ、よし……」


 からんころん――


「おっ、いらっしゃい。〈グランベルジュ〉にようこそ、お嬢ちゃん」

「あなたが店長さん?」

「ううん、あたしはただの魔術師で従業員。店長は別にいるよ」

「その店長さんはどこに?」

「今はいないね」

「いつ戻るの?」

「さあ、いつだろうね。もう長い間、戻ってないよ」

「あなたはそれをずっと待ってるの?」

「そうだね。修行しすぎて二百年、この〈グランベルジュ〉を守り続けて二百年。かれこれ四百年生きてる魔術師、ミア・グロリアンスとはあたしのことだい。あなたは……」

「あ、わ、私は――」

「ゼルファ一族の人」

「う、うん。何で、わかったの……?」

「ずっと、ずーっと待ち侘びていたからね」

「……私を?」

「うん。ゼルファ一族は本当に優秀な人が多かった。その理由はあらゆる分野の人たちと交流し、あらゆる文化、思考を取り入れ、何事も拒絶しない姿勢にあったからなんだ。だから、あんたが知ってる親族にも有名人は多いでしょ?」

「ま、まあ、そうかも。お父さんは魔物学者でお母さんは錬成術師。お兄ちゃんは騎士団の団長だし、叔母さんは植物学者。従妹のお姉ちゃんは魔物料理で星三つ取ってるし、お祖父ちゃんはもう引退しちゃったんだけど、王都の管理職してたかな」

「そう。ゼルファ家はどの分野でも一流の人材を生み出し続けていた。それは『ゼルファ家の革命児』からの代からずっとね」

「それって私のご先祖様の異名……」

「革命児は恐れることなく突き進んでいったよ。今のあなたみたいにね。

 自分の周りには名の知れた凄い人ばかり。そんな中で、宿屋を経営したいって何て場違いなことを言ってるんじゃないか。

 そう思ってる。思いながらも、夢を諦めきれずにここに来た」


「……はい」

「よし、じゃあやろう」

「へっ?」

「あんたのご先祖もそうだったんだよぉ。こうと決めたら一直線」

「えっ? ええっ!? いきなりですか!?」

「だってさ、あたしは待ってたんだ、あなたを。クロエちゃんの意志を継いでくれる誰かをずっと、ずっと!」

「私を……待ってくれてた……?」

「よっし! 開店準備だ!」

「えっ? ええっ!? 私、まだ何も教わってないですけど!?」

「そんなの大丈夫! あんたの体に脈々と流れる血が教えてくれるって!」

「何のアドバイスにもなってなーい!」

「てか、あんたの名前聞いてなかったね。まあ、どうでもいっか」

「いや、よくないでしょ!」

「行くよ、クロエちゃんの子孫。シソンちゃん」

「シソンちゃんじゃない!」

「子孫でしょ?」

「そうだけど、そうじゃなくて……!」

「いいから行くよー」



「私はシロエ! シロエ・ゼルファだい!」




これで完結となります。

お付き合い下さって、ありがとうございます。

また別の作品も投稿していきますので、そちらも読んでもらえたら嬉しいです。


ありがとうございました!!

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