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ほのぼの身体強化



「おい! 俺も遂に仕入れたぜ、宿屋グランベルジュの噂!」

「おっ、今度は何をしてくれたんだ?」

「奴ら何と、あのホワイトグリズリーを殲滅させたらしいぞ!」

「……それ、宿屋の噂じゃなくて、どこかのギルドの話じゃねえのか? ホワイトグリズリーを殲滅、って宿屋の仕事じゃねえだろ?」

「いや、確かな筋からの情報だ。しかも、だ! そこに泊まると上限以上に回復して、パワーアップまでするらしいぞ」

「いやいや、さすがにそれは……盛りすぎとも言い切れないのかも、な……」

「ここまで噂が出回ると、な。だからさ、やっぱ……」

「ああ。そんな宿屋、一度でいいから使ってみたいな」



◇◇◇◇◇



 食事は全ての宿屋が準備しているってわけじゃない。料理を提供しない、素泊まりってタイプの宿屋もあるし、グランベルジュも目指す料理が売りの宿もある。

 オリヴィアは夜明け前から厨房に立っていて、早朝に目覚めたクロエちゃんも加わって朝食の準備をしていく。あたしと言えば、料理に関しては全く以って力になれないから、朝は宿屋周辺の掃除担当となっている。


 いやぁー、昨日も降ったなー。あたしが造った建物じゃなかったら、雪の重みで潰れてんじゃない?


 朝の仕事は雪かき、だ。雪原出張ならではの作業で、あたしはちょっとだけワクワクしていた。別に雪を見るのは初めてじゃないけど、ここまでの豪雪地帯って久しぶりだからね。

 この量を普通に一人で雪かきしてたら日が暮れるけど、あたしの場合は魔法でこうして……っと。


 まずは風の魔法で屋根に積もった雪を掃う。そのまま落としたんじゃ、もし下に人がいたら危ないので空中で火の魔法を使って雪を溶かす。宿周辺も風魔法で雪を掃い、歩きやすいようにしておいた。


「ミアさん」


 次はアーチの様子でも見に行こうかと思っていると、誰かに呼ばれて足を止めた。その呼ばれ方だけでクロエちゃんかと思ったんだけど、振り向いた先にいたのは昨日、内部凍結で苦しんでいた女性アーチャーだった。


「おはようございます。もう体は平気?」

「ええ、お蔭様で。昨日は何か興奮状態だったと言うか、冷静さを欠いていたせいでお礼もちゃんとできていなかったから、改めて言わせて。助けてくれて、本当にありがとう」


 膝に両手を当てて、丁寧にお辞儀をするアーチャーに、あたしは照れ隠しで頬を掻くのだった。宿の仕事を手伝うようになって感謝されることは増えた。それなりに慣れたつもりでいるんだけど、まだまだどこかこそばゆいんだよね。


「お客様を元通り元気にする。あたしは宿屋の使命を全うしただけだよ。だから、感謝はこれで十分」

「で、でも――」

「感謝は十分だけど謝礼はまだまだ受け付けるよ? 心行くまでグランベルジュに貢いでよ」


 呆気に取られていたのは一瞬で、すぐにアーチャーさんは笑みを零して頷いていた。


「今日も仲間と探索に行くの。期待していて」

「リフーザ氷穴に行くの?」

「いえ、今回は南にある〈氷樹海〉に行く予定よ」


 氷樹海。幾千もの氷柱のような氷の樹が立ち並び、正に樹海みたいに氷の森となっている地帯だ。風や吹雪を凌げるから多くの生き物が集まりやすくて、レア素材の宝庫の一つだね。けど……。


「昨日は結構荒れた天候だったから、氷樹海に身を寄せている魔物は多いと思う。でも、今日は比較的穏やかな天気になりそう。だから、身を寄せて集まった弱い魔物を捕食しようと、食物連鎖のトップが動き回る可能性は高い」

「それって……!」

「フローズンシャークにホワイトグリズリー。どっちも足の速い捕食者だから、俊敏性強化は忘れないで」

「そのクラスの魔物がお出ましってなると、うちの魔術師じゃちょっとキツいかも……」


 ええぇー……何しに来とんねん……。

 っと、思ってしまった。ノースガルドに来る以上、フローズンシャークやホワイトグリズリーに遭遇すると仮定してパーティーを組むでしょ。それに対応できるパーティー編成するでしょ。

 それをしていないって……申し訳ないけど、この人たちのノースガルドに対する認識が甘すぎるよ。


「わかった。あたしが強化してあげるから、出掛ける時に声掛けて」

「い、いいの?」

「また内部凍結で戻って来られても困るし、死人を出したんじゃ宿屋としての評価も下がっちゃうしね。まあ、あたしは復活魔法も使えるから、死人なんて出さないけど」

「そ、そうなの!? じゃあ、ガンガン行くわね!」

「いやそこは、命大事に、でお願いするよ……」



 あのアーチャーさんか、そこのパーティーが言い触らしたのかは知らないけど、出掛ける前にあたしに強化魔法をせがむお客が急に増えた。いやまあ、別にいいんだ。減るもんじゃないし、強化魔法を掛けるくらいで疲れもしないから。けど、チップくらいは弾めよ……。

 なんて考えてたら、閃いた。宿泊特典に身体強化付けたらいいんじゃね? と。


「どうかな、この考え」


 あたしは早速クロエちゃんとオリヴィアに話をしてみた。冒険者のほとんどが探索に出掛け、オリヴィアも料理を全て出し終えたから暇な時間なのだ。


「私は賛成ですけど、ミアさんの負担ばかり増えているようで申し訳ないです……」

「いいよいいよ、全然。それに、普通の強化魔法は大体五回くらいの戦闘で解けちゃうけど、あたしの強化魔法はほぼ一日保持される。お客の安全性を高め、より多くのレアアイテムをゲットしてもらえば、こっちに渡るチップの額も上がると思うんだよね」

「じゃあ、今日はお試し期間と言うことにしておいて、明日から本格的にサービスを開始しましょう。値段はそうですね……一組五百Gでどうでしょうか?」


 今回の出張費用は二週間で五万G。宿屋の宿泊費は百G前後だから、出張宿屋は決して安いものじゃない。けど、出張で出した宿屋は依頼者なら使い放題。三食ご飯も付いてる。大浴場は二十四時間使えるし、立地次第では露天風呂を造る場合もある。

 それに、ノースガルドは危険なフィールドでもあるから、それくらいの金額は貰わないと割に合わないんだ。

 でだ、一日強化サービスが五百Gって言うのは妥当なラインだと思う。身体強化アイテムが平均二、三百Gだから、それが一日中保持されるのなら五百くらいでちょうどいい気がする。


「いいと思うわ。あまり高く設定してもリピーターが付かないかも知れない。ミアの魔力が消費されるだけで、宿側にコストも掛からないんだし、手の出しやすい金額がいいと思うわ」

「あたしの魔力が消費されるだけ、って言い方にはちょっと引っ掛かるけど……まあ、実際そうだしね。あたしも賛成。じゃあ、明日から早速――」


 ブァアアアアアー!!!!!


 いきなり響いた図太い咆哮は、宿の窓をガタガタと揺らすほどだった。クロエちゃんは耳を押さえて背中を丸め、オリヴィアは目だけをきょろきょろと泳がせている。

 今の鳴き声、多分ホワイトグリズリーだ。


「二人は中にいて。オリヴィア、クロエちゃんのこと頼んだよ」

「ええ、任せて」


 オリヴィアは戦闘経験も豊富な魔族だ。ホワイトグリズリーを倒すのは無理かもだけど、攻撃から身を守るくらいはできる。だから、あたしは急いで宿を飛び出して屋根に飛び乗り、ぐるりと雪原を見渡した。

 ……――いた! 冒険者パーティーが真っ白な巨大熊に追われてる!


 事前にアーチの活用法を説明していたお蔭だろう。追われているパーティーはアーチを潜り抜け、ホワイトグリズリーは壊せるだろうと思って構うことなくアーチに突進する。けど、アーチが破壊されることはなく、見事にホワイトグリズリーを足止めしていた。


「あたしが強化してあげたパーティーだね。アジリティが上がってる。あれなら逃げ切れるだろうけど……」


 アーチに嵌って藻掻く巨大熊の後ろ、五十メートルくらいかな。十匹ほどのホワイトグリズリーがこっちに迫ってる。多分、あいつのさっきの鳴き声に誘われたんだろう。

 あいつらに囲まれたって宿の中は安全だけど、外にいる冒険者のみんなが帰って来られなくなる。あいつらや他の魔物に襲われる危険もあるし、何より長時間外にいれば火炎草を食べていても凍死してしまう。


「しゃーない……。追っ払いますか」


 まずは転移魔法でアーチとバカみたいに相撲を取っている熊の足許まで転移。風魔法を拳に纏って突き上げると、空気の弾丸が巨大熊の顎を撃ち砕いた。また図太い叫び声を上げながら、ホワイトグリズリーは後ろに倒れていった。


「えっ? あの子、確か……」

「宿屋の従業員だったよな……?」


 巨大熊が倒れたことで、逃げていたパーティーがあたしの存在に気付いたようだ。


「ホワイトグリズリーを倒したのか……?」

「あんな女の子が……? 嘘だろ……!?」


 へへん。見た目は美少女だけど、中身は三秒で勇者を殺せちゃう魔術師様なんだい。


「け、けど、逃げろ、お嬢ちゃん! 後ろからもまだ何匹か迫ってるんだ!」

「ご心配なく。どっちかって言うと、みんなが巻き込まれないか、こっちが心配だから」


 軍勢と言えるほどの数じゃないけど、十匹ほどのホワイトグリズリーがあたしの方へと迫って来る。さすがに学習したのか、アーチは避けて通っているけど、そこに罠を仕掛けないわけがない。

 ドカン――爆炎と爆音がアーチの傍で起こると、真っ白な雪原に真っ黒な焦げた塊が横たわっていた。


「余所見してちゃダメだよぉ、熊さんたち」


 やられ仲間を見て何を思っているのかは知らない。足を止めたホワイトグリズリーに、火の玉を投げ込んだ。火の基本魔法〈ファイアボール〉なんだけど、これはそれの応用バージョン。

 軽く指を弾くと、火の玉は幾本もの火の矢に分裂して、ホワイトグリズリーたちに降り注ぐ。一匹、また一匹と巨大熊たちは倒れていき、最後の一匹は逃げ出したところで罠に引っ掛かって爆死していた。


「みんな、大丈夫? 怪我はない?」

「ああ、お嬢ちゃんのお蔭でピンピンしてるよ。けど、それにしても強いんだな、お嬢ちゃん。宿屋の従業員にしておくなんて勿体ない。どうだ、うちのパーティーに入らないか?」

「ああ、ごめん。勧誘は全てお断りしてるの。今のあたしの夢は、グランベルジュを世界一の宿屋にすることだから」

「そうか、そりゃ残念だ。お嬢ちゃんの強化魔法のお蔭で生き延びられたようなもんなんだけどな。いつも以上に速く走れたし、俺はあの熊に一撃食らったんだが、傷一つ付いてなかったぞ」

「今日一日はその強化が付与されると思うよ。今回はお試しってことでタダでやったけど、明日からは五百G頂こうと思うんだ」

「五百Gでこれか!? 安いもんだぜ、そんなもん! じゃあ、明日も頼むぜ」

「毎度ありー」


 強化魔法の成果は大きかったようで、例のアーチャーさんのパーティーもフローズンシャーク狩りに成功したらしく、そのフカヒレを謝礼として納品してくれた。その日の晩にオリヴィアがフカヒレを調理してくれて、お客さんはもちろん、あたしたちも大満足の夕食となった。


「私、フカヒレなんて食べたの初めてです! 美味しかったなぁ」

「あたしも久々だったよ。八十年ぶりくらいかな……」

「……ミアが言うと、八十年の時の流れが軽く感じるわね」

「何を言いたいのかわからないようでわかるから……何かちょっとムカつくっ」


 恒例の夜のお喋りタイム。今日は魔物討伐までしちゃったからな。二人とゆっくりお喋りして、のんびりほのぼの癒されたい気分だ。


「ミアは聖地巡礼の途中だったそうだけど、魔族領土にも行ったの?」


 かつて、魔王が治めていた領土は〈魔界〉と呼ばれていたんだけど、現在では人間側の統治下に置かれ、多くの魔族が住まう土地、と言う格付けになっている。もちろん、魔界も勇者パーティーが勝ち取っていった場所だから、巡った場所もあるし、巡ろうと思っていた場所もある。


「もちろん、行ったよ。魔界全部を回ったわけじゃないけどね。何で?」

「魔族料理は食べた?」

「ああー、食べた食べた。見た目はアレだけど、結構美味しいんだよね」

「魔界は農作物を育てるのが難しい環境の場所が多いから、どうしても料理の色彩に欠くのよね。けど、そう言う環境で生き抜くために生まれた料理だから栄養は豊富。だから、それをここでも出せたらな、と思うの。どうかしら?」

「どうかしらって……」

「えっ? だ、ダメ……?」


 あたしとクロエちゃんは同時に顔を見合わせた。クロエちゃんは嬉しそうに口を開けて、あたしも思わず顔を緩ませてしまう。


「いいに決まってんじゃん! ねっ、クロエちゃん!」

「はい! もちろんです! オリヴィアさんが食べて育った料理、私も食べてみたいですから!」

「あ、ありがとう……。でも二人、急にハイテンションすぎじゃない?」


 この小娘め。気付いてないのか。まっ、気付いてないのが可愛らしいと言えば、そうなんだけど。


「そりゃテンションも上がるよ。オリヴィアがグランベルジュのために、率先してアイディアを出してくれるなんて初めてじゃん?」

「オリヴィアさんもグランベルジュの一員なんだって、改めて感じちゃいました」

「――なっ!」


 ようやく気付いたようで、オリヴィアは腕を使ってまで背けた赤い顔を隠していた。普段はツンツンしているくせに、照れた時は盛大にデレてくれるんだよねぇ。


「わ、私は単に、料理の分野から魔族の覇権を取り戻したいってだけよ」

「うん、いいと思うよ。この先、グランベルジュは必ず世界に轟く宿屋になる。そこの料理長が魔族ってカッコいいじゃん」

「……料理長? そんなのじゃ足りないわ。料理王に、私はなる!!」

「照れ隠しが迷子になって違うキャラ入ってない!?」

「おおっ! じゃ、じゃあ……宿屋王に、私はなる!!」

「クロエちゃんも感化されないで!」


 のびのびと、ゆるゆるとした夜は笑い声と共に過ぎていった。


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