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ほのぼのバカ




「院長! ユミリアさんのお父様と通信魔法が繋がりました!」

「代わって下さい」


〈イザベラ院長! 娘は無事なんですか!?〉

「落ち着いて下さい、アドルフさん。まず、ユミリアさんは無事です。ですが、彼女にはとんでもない魔法が掛けられていました。実は……――」


〈なっ! そ、そんな呪詛魔法、一体誰が……!?〉

「それを我々も知りたいのです。こちらには今、引率と護衛も兼ねて不老不死のスキルを持つ天才魔術師がいます。その方が言うには、アドルフさん、あなたが裁いた罪人の中にいるのではないか、と」

〈その可能性は高いと思います。逆恨みされることは珍しくもありませんからね〉

「呪詛魔法を掛けるには対象者に近付く必要があります。ですので、ユミリアさんに近付けたと言うことは、刑期を終えて出所したものではないかと思うのですが、心当たりはありますか?」

〈うーん……。

 私が裁いてきた罪人たちは重い罪を犯した者ばかりで、死罪か終身刑、もしくは二十年以上の懲役刑です。刑期を終えた者、と言うのはいないと思います〉

「では、その仲間が……?」

〈仲間も同じような罰を受けていますからね。なので、正当な裁判を受けなかった、受けられなかった者、ではないかと思います〉

「そ、それはどう言う意味でしょうか……?」

〈今の地位に就く前の話です。他の貴族とのいざこざに巻き込まれたことがありまして……。そこである者に罪を押し付け……〉

「深くは聞かないことにしましょう。それで? その者は生きているのですか?」

〈島流しにされた後、どうなったのかは知りません。しかし、生きていたのなら私のことを憎んでいるはずです〉

「その者に罪を押し付けたのはファーランド家だけではないでしょう?」

〈そうですが、判決を下したのは私のようなものです。何せ『法の番人』ですからね〉

「その者の名を聞いても?」

〈ザックス・メディソン〉

「メディソン……? それはまさか……!?」

〈裏切りメディソン、と名高いメディソン家の者です。メディソン家は魔族と裏で繋がることで、その家を存続させてきたんです。ザックスもまた、そのような容疑を掛けられていました〉

「ここで魔族と繋がりが……! アドルフさん、一旦通信を切ります。また、何かあれば繋げますので」

〈院長! そちらの魔術師様にお伝え頂けますか!? どうか! どうか娘をよろしく頼みます、と!〉



◇◇◇◇◇



 裏切りメディソン、か……。聞いたことはないけど、その界隈では有名なのかな。

 イザベラ先生の話を聞きながら、あたしはまだペンを走らせていた。正直これ、終わる気がしない。

 うーん……解除の時間稼ぎにしては雑な気がするんだけどな……。だからって、ユミリアの命が懸かってるんだから、簡単には見過ごせない。


「ミアさん! ただいま戻りました!」


 重苦しい空気を割って入ってくれたのは、たくさんの薬草が入った籠を抱えたミーシャだった。


「ありがとう、ミーシャ。けど、ちょっと問題が発生してね……」


 マレディクシオンが強化されてしまったことで、ミーシャに頼んだ薬草の調合も変えなくちゃいけなくなった。そのレシピを作るために魔導理論を再構築しているんだけど……。


「これ、凄くないですか……」


 壁一面に貼られた魔導理論を眺めながら、ミーシャは小さく呟いた。傍目には美術館で絵画を眺めているような恰好だ。


「だよね。相当ヤバい。こんなの考える奴の気が知れないよ」

「いや、それもそうなんですけど……それを解いちゃうミアさんの方が凄いって言うか……」

「凄くなんてないよ。今も解けてるのか、解かされているのか、全然わかってないんだから」


 ペンは順調に、滞りなく進む。けど、これが遊ばれているんじゃないかって一度でも思ってしまったら、焦りがどうしても頭の隅に居付いてしまうんだ。


「けど、未完成でもミアさんが目指す意図は読み解けます。わかる部分から、私は薬の調合を始めますね」

「できるの、ミーシャ!?」

「できますよ。やってやりますよ! 私は王都の植物学者なんですから!」

「心強いよ、ほんと」


 そこからミーシャもあたしと同じように紙に向かってペンを持つ。

 あたしが解いた魔導理論を元に、薬草の調合率を計算しているんだ。本来ならあたしがそこまで計算して薬師に託すんだけど、ミーシャレベルになれば調合率の計算も自分でできてしまう。


「これ、お願いします!」

「わかりました!」


 そして、先生たちの仕事は更に増える。ミーシャが計算した調合率を基に、採って来た薬草を先生たちが煎じる。

 これは薬師の仕事ではあるんだけど、ミーシャが計算に集中できるように、先生たちがその役目を引き受けてくれているんだ。連係プレーってやつ。


「ミア、リエラからの通信魔法よ。マレディクシオンに関する資料が見付かったって」

「こっちに繋ぐよ。今、魔力合わせるから」


 魔力の波長をオリヴィアに合わせる。繋がると感覚的にわかるんだ。あと、通信する相手の同意がないと通信魔法は繋がらない。そうじゃないと傍受し放題だからね。


〈初めまして、リエラよ〉

「どうも、ミアだよ」

〈挨拶はさっさと終わらせて本題に入るわね。前室長が残した資料によれば、そのマレディクシオンは研究中に偶然できたものみたいよ〉

「ぐ、偶然!? じゃあ、作った本人も魔導理論を理解してないってこと!?」

〈そうなるわね。ただ発動したら使えるようにはなったけど、どう言う理屈で発動しているのかはわかってなかったのよ〉


 おいおい、これじゃあ……。


「バカじゃん」

〈そうね。彼は優秀な方ではなかったわ〉

「けど、室長やってたんでしょ?」

〈単に努力バカで研究熱心だったのよ。熱意を買われて室長になったけど、要領の悪い人ではあったわ〉

「要領が悪い……って、もしかして!?」

〈何かあったの?〉


 あたしは立ち上がり、床に並べられた紙を、壁一面に貼られた紙を見渡した。頭の中で一つ一つの魔導理論をパズルみたいに組み立てていき、このマレディクシオンを俯瞰的に眺めてみる。


「んぁあああああー! やっぱバカだ! バカバカバカ! これに気付けないあたしもバカなの!?」

〈ミア?〉

「ミアさん?」


 いきなり頭をぐしゃぐしゃ掻き出すもんだから、クロエちゃんだけじゃなくイザベラ先生や他の先生まで動きを止めて、首を傾げている。


「何だよ、これ! マレディクシオンを強化させたものだからって警戒してたけど、強化ポイントは一個だけじゃん! 他は全然関係ないじゃん!」

〈ミア、どう言う意味なの?〉

「この呪詛魔法にはいろんな魔導理論が取り付けられているんだけど、マレディクシオンの効果を高めている魔導理論は一つだけなの。他は何の意味もなさない、ただ余計で邪魔なもの。あたしはそれがフェイクかトラップで付いているんだと思ってたんだけど、リエラの話を聞いてピンときたよ」

〈要領が悪いバカな室長、ね〉

「これがわかったらもう余裕だよ。ありがとね、リエラ。わざわざ研究資料、漁ってくれて」

〈構わないわ。いい掃除になったから〉


 通信を切ったあたしは、壁に貼られた一枚の紙を手に取った。これがマレディクシオンを強化している部分の魔導構築だ。ここを紐解けば、ユミリアを救う薬草の調合率がすぐにわかる。


「み、ミアさん? ユミリアさんは助かるのですか?」

「もう大丈夫だよ、イザベラ先生。ミーシャを引率に連れて正解だったね。すぐに薬草を調合してくれるから。そして、後は……」


 あたしは肩を回し、首を左右に振って関節をポキポキ鳴らす。余計なことで頭を使って疲れた。この責任はしっかり取ってもらおう。


「呪詛魔術をユミリアから取り払って、魔力の核心部に触れるよ。そうすれば、術者の居場所を探知できるからね。すぐに転移して、後始末してくるよ」

「そ、そんなことまでできるのですか……!?」

「二百年も魔法使ってりゃ、いろんな使い方を思い付くんだよ。このマレディクシオンにしても、あたしならもっと効果的に強化するんだけどなぁ」


 あたし考案の進化版マレディクシオンを少しばかり語ると、イザベラ先生はちょっと引いた顔で「生徒の前では、その話はやめて下さいね」と言われてしまった。

 若者に悪影響を与える者って思われたみたいで、ちょっとだけ落ち込んだ。




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引き続き宜しくお願い致します。

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