ほのぼの最強
「それで、結局クロエの力がどんなものなのかはわかったの?」
クロエちゃんとの出会いを話し終えると、とりあえず、と言う具合にオリヴィアが尋ねる。
「その正体まではまだはっきりしないけど、ある程度の分析はできたよ。まず、クロエちゃんの能力はクロエちゃんの宿屋内でのみ使用可能なの。他人名義の宿屋のベッドに触れても、その能力は発揮されなかった」
「じゃあ、クロエに余所の宿屋のベッドを奪う力はないってわけね?」
「そうなる。あたしが作ったこの建物でクロエちゃんの能力が使えているのは、ここが誰のものでもなく、クロエちゃんがここを宿屋だと認識しているから使えているんだね。だから、ある程度は間取りを宿屋のものにしておく必要があるの。試しに一軒家を魔法で建てて、そこのベッドを回復ベッドにしてもらおうとしたんだけど、無理だった。多分、一軒家だとクロエちゃんがそこを宿屋って認識できないからなんだと思う」
「じゃあ、回復ベッドを大量に作って、それを売り捌くことは可能なの?」
「それも無理。クロエちゃんの手許を離れたベッドは、普通のベッドに戻ってしまう。それはベッドが宿屋内にあっても同じでね。例えばクロエちゃんが『今のこの宿屋はもう自分のものじゃない』って思ったら、ここにある全てのベッドは普通のベッドになるの。宿から少し外に出る、くらいならベッドの付与効果は消えないんだけど、心が離れちゃうと消えちゃうみたいだね」
オリヴィアは首を傾げて少し考えるような表情を浮かべてから、ぽつりと、
「本当に意味不明な才能ね、それ」
と、呟いた。
そうなんだよねぇ。まあ、それ言われるの、クロエちゃんは嫌みたいだけど。
ただまあ――別に心配はしていなかったけど、これでクロエちゃんが悪人になる心配はなくなったってわけでもある。
「私だってほしくて磨いたスキルじゃないですっ」
「けど、そのお蔭でこうしてミアと出張宿屋を始められたわけでしょう?」
「そうですね。ミアさんじゃなかったら、私の才能を有効利用できなかったでしょうから。今のこの宿屋のスタイルも、それからグランベルジュって名前も全部ミアさんが考えてくれたものなんです。出会って一ヶ月くらい経った頃でしょうか。こう言うのを考えたんだけどどうかな、と」
意味不明。あたしとオリヴィアはそう言ったけど、実はそうじゃないと思っている。クロエちゃんのこの才能は、こう言う宿屋を生み出すために授かったものだって。
グランベルジュはクロエちゃんがいたから生み出せたもので、それを作るためにあたしがいて、それがあったからオリヴィアは来てくれた。クロエちゃんがいなかったら、あたしたち三人がこうして手を取り合うことはなかったんだ。
「面白いこと考えるわよね、ミアって」
「見た目十七だけど、二百年生きてるからね。無駄にアイディアは豊富なのよ」
「そう言えば、そこも詳しく聞いてなかったわね。ミアってどうして不老不死なの? そのスキルがあるって言うのは知っているけど、魔王様でもそれの取得は叶わなかったのよ」
今更な質問だな、と思いつつも、あたしも率先して話したことはなかったので当然でもある。
積極的に話さなかったのは、単純に恥ずかしいから。不老不死ってスキルは凄くて、カッコいいのかも知れないけど、それを獲得した経緯はかなりハズいのだ。
「別に大したエピソードでもないんだけど……あたしは両親の影響で、勇者パーティーに入ることを夢見ていたの。あたしの故郷は人里離れた山奥にあって、両親は伝え聞く勇者って存在に凄く憧れたそうなんだ。娘を勇者の仲間にさせたくて育て、あたしもあたしで両親から聞く勇者の話に心を躍らせた」
「それで修行を始めた、と?」
「うん。物理スキルより魔法スキルの方が高いって幼い頃にはわかったから、魔術全般を一通り。その程度じゃ納得できなくて、魔導理論の構築なんかにも手を出してね。その時に、十七歳になった頃に不老不死の魔導構造に辿り着いたの」
「ミアって……死ぬほどバカね」
「不死だから死ねねえよ。けど、死に物狂いで机に向かっていたのはそうかも。さっきも言ったように、あたしの故郷って人里離れた山奥なんだよね。だから、入って来る情報には嘘やフェイク、誇張も多いの。そのせいで勇者ってとんでもない、めちゃくちゃ強くて何でもできる、神様みたいな人、ってあたしの故郷では噂されたわけよ。そんな人の仲間になるにはもっと、もっともっとレベル上げしなきゃ、って思うでしょ」
クロエちゃんにはこの話をしたことはあるんだけど、その時も今みたいにあたしを労うような苦笑いをしていた。それはオリヴィアも同じようだ。
「不老不死のスキルが手に入ったもんだから、修行にも更に熱が入っちゃってさ」
「気付いたら二百年経ってた?」
「まあ、そんな感じ。時間の感覚も薄れちゃってね。いつの間にやら故郷は廃村化して人はいなくなって、外の情報は一切入らなくなってさ」
「その時点でヤバいって気付かなかったの?」
「いやぁ、あの時は『修行に集中できる!』って、張り切っちゃったよね」
「ミアは集中すると周りが見えなくなるタイプね。こう言う人はパートナーをダメにする傾向が高いから……クロエ、ミアはやめときなさい」
「何でそんな話になるんだよ! あんたよりかはクロエちゃんを幸せにする自信あるわい!」
「わ、私はお姉さんみたいだなって、ミアさんを単純に慕っているだけですっ」
オリヴィアのお蔭で照れるクロエちゃんを見れたから、まあ良しとしよう。
「話を戻すと、ようやく自分の実力にも納得できて『さあ、行くぞ!』って思って故郷を出たら、もう既に勇者が魔王を倒してたってわけ。いやぁー、あん時はビビったね。魔王いねえし! って盛大にツッコんだよね」
「それで、勇者様の軌跡を巡る旅をしていた時に私を助けてくれたんですよね。で、でも……オリヴィアさんを前に言うのはあれなんですが……」
「いいわよ、気にしない。私は魔族である以上に、ここグランベルジュのコックって言う存在の方が尊いから」
じゃ、じゃあ……。
と、クロエちゃんは少しだけ間を置く。
「魔族の方々って滅びたわけじゃないじゃないですか。また新しい魔王が生まれるんじゃないですか? それをミアさんと勇者様で倒す、って言うのもありなのかな、って。そうすれば勇者パーティーに入りたかったって言う、ミアさんの夢を叶うのかな、って」
「人間と魔族の歴史はクロエが言うようなものなの。勇者が倒れたら新たな勇者が生まれ、魔王が討たれたら新たな魔王が立つ。けどね、今回の勇者は圧倒的すぎた。あまりにも強すぎて、次の魔王に誰も立候補しなくなったのよ。だから、魔族の王の座は今も空席のまま、と言うわけ。リーダーを失った集団に統率はなく、迫害の対象よね……」
「そ、そんなことないです! 私の宿で働いてくれている以上、オリヴィアさんに酷いことする人は許しませんから!」
今の人間側の王、魔王を倒した勇者は人間主情主義の思想が強い。そのせいで争う意思のない魔族の人たちも差別され、迫害されることも少なくはなかった。オリヴィアもその一人で、働き口を探して転々とし、ここグランベルジュに行き着いた、あたしと同じ放浪者だ。
「それにさ、今の勇者は確かに強いっぽいけど、不老不死ではない。いつか死ぬんだし、そうすれば魔王として立ち上がる魔族も生まれるんじゃない?」
「確かに魔王候補として囁かれている人は何人かいるわ。ちなみに、なんだけど……ミアは今の勇者に会ったことあるの?」
この二百年間、勇者と魔王は生まれては滅び、を繰り返し、最後に勇者が魔王を討ったのは五年前のことになる。そこから魔族の王は生まれるはことなく、玉座は虚しく空いたまま。
「あるよー。ある意味、憧れだった人だからね。一度くらいは拝んでおきたいじゃん? けど、正直ガッカリだよね。確かに魔力量は多いように感じた。けど、それだけ。どんなに最悪の事態を想定しても三秒で殺せちゃう未来しか想像できなくてさ。魔王を倒して、王女様をお嫁に貰って幸せ太りしたせいもあるのかもね。あぁ……あたし、こいつのパーティーに入りたくて二百年も修行したのか……ってなった」
「……ミア、今すぐ勇者倒してきなさいよ」
「アホか! あたしが魔王になっちゃうじゃん!」
「いいじゃない。ミアが魔王様なら、私は専属料理人として三食、ミアの料理を誠心誠意提供するわ」
「普通ならありがたいところだけど、あんたの誠心誠意は怖いのよね」
「最近、昆虫食にハマっていてね。朝は芋虫サンド、昼はバッタ粥、夜は巨大Gステーキなんてどう?」
「悪意しか感じないし! 寧ろあんたが魔王でしょ!」
しかも、こいつは本気で作ってしまう性格の魔族だ。前に「死ぬほど辛いカレーが食べたいなぁ」と冗談で言ったら、マジで死ぬほど辛いものを作りやがって、マジで口から火を噴いた。あれ、不死身じゃなかったら死んでたレベルだよ、マジで。
「真面目な話、寂しいとか思ったことはないの?」
「何が?」
「だって、あなたは不老不死でも周りはそうじゃないでしょ? 両親や友人はどんどん老いて、あなたを残して死んでいく。私とクロエもいつかそうなるわよ」
「最初はそりゃ寂しいなって思ったよ。けど、二百年で慣れちゃったね。あとはどうせみんな、あたしを置いて逝っちゃうんだから、あんまり親しくならないでおこう、って考えるようにはなったかも」
「じゃあ、今はどうしてここに?」
「言ったでしょ。クロエちゃんを守るため、よ」
最初はそうだったけど、今はちょっと違う。宿屋を守りたいって言うクロエちゃんの想いを守りたいんだ。
今もサンローイにはクロエちゃんの宿屋がある。こうして出張宿屋をやっている時は閉店しているけど、依頼がない時はサンローイで営業しているんだ。でも、正直まだあのライバル店には勝てない。
だから、あたしたちの目標はこの出張宿屋〈グランベルジュ〉を有名にして、ライバル店にも負けない人気を勝ち取って、ガンガン儲けて、その看板をサンローイの宿に掲げることだ。
「ありがとうございます、ミアさん。けど……私は寂しいです。ミアさんと一緒に成長していけないことが。ミアさんを残して、死んでしまうことが。考えないようにはしていたんですけどね……」
「まーた、オリヴィアが余計なこと言うからぁ。けどまあ、あんまり気にしないで。その気になれば不老不死のスキルは放棄できるし。一緒にお婆ちゃんになって死ねるよ?」
「そ、それはそれで何か嫌です! ミアさん、長生きして下さい!」
「クロエさん……? あたしにどうしろっちゅうねん……」
三人の笑い声が重なったところで、今日のお喋りタイムはお開きとなった。明日は早朝から探索に出掛けるパーティーもいるみたいで、その人たちの朝食も用意しないといけない。息抜きは当然必要だけど、夜更かししている余裕はあんまりない。
あたしたちは自分の部屋に戻り、クロエちゃんが用意してくれたベッドで体力を回復させるのだった。
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