ほのぼの賢者クラス
「あ、あのー、こんにちは……」
「あっ、はい、こんにちは。あら、あなたは?」
「ぼ、ボク、父の代理で来ました、コレット・アップルビーって言います。父がお世話になってます」
「お父様の代理?」
「ああ、ごめん、リズ。それ、私のお客だわ」
「研究所にお邪魔したら、こちらにいるんじゃないかと教えてもらいまして」
「そうだったのね、ごめんなさい。コレットちゃん、だったかしら? 私が魔工学者のフローラよ。よろしく」
「どうもです。すみません、父に急用ができてしまって、ボクが代わりにこれを届けに来ました」
「いいのよ、そんなの。わざわざありがとう。疲れたんじゃない? 今、お茶淹れるわね」
「ここ、私の研究室ですけど?」
「頼むわね、リズ」
「もう……」
「けど、残念ね。コレットちゃんのお父さんには少し聞きたいことがあったのよね」
「父に、ですか?」
「ええ。良かったら伝言を頼まれてくれない? 普通のベッドを回復ベッドに錬成してしまう、不思議な能力を持つ女の子のことを」
「……え? それって〈グランベルジュ〉のクロエさんのことですか?」
「し、知ってるんですか、コレットさん!?」
「はい。いや、逆にボクも驚きです。お二人がクロエさんのことを知ってるなんて……」
「私は正確に言うと会ったことはないんだけど、リズから話を聞いてね。それよりも、まず。コレットちゃんは錬成術師?」
「はい。ようやく一人前になれたばかりですけど」
「そこに泊まったのよね?」
「はい。最初、ボクもあれは錬成だと思ったんです。でも、クロエさんの力はマナや地脈にまで影響を与えるものなので、一般的な錬成術とは次元が違います。それで、ボクも父にクロエさんのことを話してみたんです」
「うん、うん! それで、何て!?」
「錬成術の源流は『錬金術』にあります。石ころや鉛なんかを貴金属に変える術。これが転じて錬成術になっていったんですけど、錬金術が目指した最上級の鉱物が〈賢者の石〉と呼ばれるものです。これは不老不死を与えるものだと伝わっているんです」
「ふ、不老不死って……ミアさん……?」
「〈賢者の石〉を錬金するためには、あらゆる法則、摂理を捻じ曲げないと無理だと言われたそうで、結局誰にも生み出すことはできなかったそうです。けど、この常識を覆すって辺りはクロエさんの能力に似ています。もしかすると、クロエさんの能力は錬成術よりも、錬金術に近いものがあるのかも知れない。父はそう言ってました」
「その錬金術が目指した〈賢者の石〉は不老不死を生むもの。これって偶然なんでしょうか?」
「ボクもそこに引っ掛かりました。クロエさんは初めからあの力を持っていたのか。それとも、不老不死のスキルを持つミアさんと出会ったことで開花したのか」
「確かに他者の魔力に中てられることによって、自分の魔力の質が変わることはあるわ。些細な変化だけどね。でも、その他者が強大な力を持ち、尚且つそれに同調したのなら、大きく変貌する可能性だって否定はできないわ」
「何だか、より答えに近付いて来た気がしますね」
「そうね。ねえ、コレットちゃん、もう少し話をしたいんだけど……大丈夫?」
「あっ、はい。実は〈ミグリット〉の街を見学してきなさいって、父に宿を取ってもらっているので、今日一日はここにいます」
「よっし! じゃあ、食事は全部私たちが奢るから〈グランベルジュ〉談議に花を咲かせようじゃない!」
「……私たち? えっ、私もお金出すんですか?」
「当たり前でしょ。リズ、私より少しだけお給料いいでしょ」
「フローラさんは私よりもずっと年上ですけどね」
「コレットちゃん、今日めちゃくちゃ高いステーキ食べていいから。全部リズが出すってさ」
「嘘です! ごめんなさい、フローラさん!」
◇◇◇◇◇
アルルと幻惑の森に来て一週間。ウェルさんたち騎士団の魔術師が来て三日。それぞれの修行の成果を確認しておこうか。
まず、アルルはだいぶ進歩した。森に入っても、精神を大きく乱すことなく、自分が作り出した幻と闘っているみたい。これに打ち勝つことができたなら、アルルは急成長するだろう。
次に騎士団だけど、こっちはまだ来て日も浅いから、今はまだ幻惑の森に慣れさせている状態って感じかな。森の奥までは入らず、マナの乱れた場所で魔力を練る修行を続けている。
そして最後に、オリヴィアだ。
オリヴィアに関しては、あたしも進捗具合はよくわからない。あたしたちの食事用であれこれ料理を試しているみたいで、別にそれも全然普通に美味しいんだけど、オリヴィア的にはまだ納得のいくレベルではないんだろうな、ってことだけは感じることができた。
「何だか、皆さん頑張っているのに、私だけ何もしてない、何もできないのは歯痒くありますね」
「いやいや、クロエちゃんはしっかり仕事してるじゃん。みんなのベッドを毎日綺麗にしてるのはクロエちゃんでしょ? そのお蔭でみんなは修行に励めてるんだよ?」
「けど、これはもう日々の習慣みたいなものですし。何かの能力か才能って言われてますけど、特に魔力を使うわけでもないですから」
「魔法とはまた別物だからね、クロエちゃんの能力は。ただ、びっくりしたのは、ここでもいつも通り正確にその能力が発動できているってことなんだよね」
「そうなんですか?」
きょとんと首を傾げるクロエちゃん。こんな可愛い子が、実は結構とんでもないことをしているなんて、誰が想像できるだろうか。
「この宿屋の位置、幻惑の森から離れているとは言え、多少の影響は受けちゃう距離なの。正しく言うと、そう言う位置設定にしたんだ」
「もしかして、それも修行の一環で……?」
「そう。戦闘には影響しないけど、日常生活を送る上では少し支障をきたす程度の位置。普通に寝て起きて、ご飯を食べているだけなんだけど、それも修行になってるってわけ」
アルルや敏感な魔術師はもうそれに気付いて、自分の中で魔力の微調整をしている。でも、それに気付いてない人は、何か調子悪いな、何か疲れるな、とか感じていることだろう。
「ってことは、だよ? 幻惑の森の影響はクロエちゃんも受けてるはずなんだよ。確かに魔法ではない能力だけど、魔力を使ってないわけじゃない。多分だけど、マナの流れを変えることで自分の魔力に還元してるんじゃないかな? 魔力を使って流れを変えて、使った魔力分を回収してるって感じかな」
「そ、そんなこと可能なんですか?」
「もちろん、これは魔術師にとっては珍しいことでもないよ。マナが豊富なところで魔力が爆上がりするのと同じような原理だから。
それはいいとして、クロエちゃんは無意識のうちにマナの乱れを感じ取り、無意識のうちに自分の魔力を調整しているってこと。これって賢者レベルだからね?」
「ええっ!? 私、そんなに凄くないですって!」
「胸を張って誇りなよ。じゃないと、世間の賢者さんに怒られるよ」
冗談っぽく笑うと、クロエちゃんは照れたように頬を掻いていた。
実際、あたしもここまでは予想してなかった。もしも、クロエちゃんが幻惑の森の影響を受けていたら、あたしがフォローするつもりだったんだ。
でも、そんな必要全くなかった。
「ただまあ、初めからクロエちゃんに幻惑の森の耐性があったのか、それともここに来て無意識に微調整していたのかはわからないけどね。でも、自分で調整してたんだとすると、クロエちゃんもここでしっかり修行してるってことだよ」
「目に見えた成果がないので何ともですけど、そうだったら嬉しいですね。けどミアさん、私のこの能力が更にレベルアップしたら、どんなことができるんですかね?」
うーん……。それは深く考えたことはなかったな……。てか、前例がないからな……。
「単純な予想だけど、誰のどんなベッドでもグランベルジュ専用の回復ベッドに変えられる、とかかな? 究極、ベッドすら必要なくなる、とか」
「ベッドがいらない?」
「例えば、だよ? 枯草を敷いた簡易の寝床でさえも回復ベッドにしてしまうとかね」
「それもう、宿いらなくないですか……?」
「まあね。宿屋は廃業しちゃうけど、冒険者のパーティーにいたら最強ヒーラーになれるよ」
「その時はミアさんのパーティーに誘って下さいね」
「じゃあ、オリヴィアも入れて三人で冒険するか」
「今と何も変わってませんね」
「確かに」
冒険型宿屋か。それもいいかも。
なんてことを思いながら、あたしは暫くクロエちゃんと談笑していた。
その日の夕方、ようやく成果を挙げたのはやっぱりアルルだった。誰よりも長く森で修行していたお蔭だろう。帰って来たアルルの魔力は研ぎ澄まされているにも拘らず、今にも爆発してしまいそうなほどのエネルギーを感じる。
「へぇー、いい感じに仕上がってるじゃん」
「アルルも驚いてるのじゃ。こんなにも魔力が満ち溢れるなんて……」
「それが修行の成果だよ。今のその状態をよく体に馴染ませておいて」
「ミアお姉様、少し手合わせ願いたいのじゃ」
「やだ」
「流れ! 今の流れは稽古してくれる流れだったじゃろうが!?」
「嘘、うそ。冗談。いいよ、やろっか」
平原に出たあたしは、結界魔法を張っておいた。これであたしたちの魔力は外に漏れ出すことはなく、騎士団の魔術師たちにも気付かれない。
「じゃあ、始めようか」
「参るのじゃ!」
掛け声と共にアルルは早速魔法を放った。
かなり遠めから仕掛けてきたな? 今度は距離を取って闘う気?
「……って! 後ろ!?」
目の前の魔法に気を取られた一瞬の内に、アルルはあたしの背後に回り込んで、拳に魔力を纏わせていた。
この距離感はもう……あたしの仙術だ。
「もらったのじゃ!」
「まだまだだよ」
素早く飛び上がって回避したんだけど、すぐに真下から何かの気配を感じた。
うわっ! あの子、拳に纏った魔力を追撃で放ってきたか……。結構冷静じゃん。
こっちも冷静に放たれた攻撃を弾くと、アルルが真下から飛び上がって来るのが見えた。飛空魔法でスピードを更に上げて、そのままあたしに突っ込んでくる。
「空中戦!? アルルのくせに小生意気な」
「苦手か、お姉様?」
アルルがにやりと笑う。
苦手って言うか、あんまり経験がないんだ。ドラゴンとかグリフォンとか、空を飛ぶ魔物もいるけど、大体が一撃で倒せちゃうから空中で闘うことなんてない。
対人戦ってなるともっと稀だ。そもそも飛空魔法は上位魔法。飛べるだけでも凄いのに、それで闘える魔術師なんてそうはいないんだ。賢者クラスの中でもベテラン賢者、くらいかな。
苦戦が強いられる中、アルルの飛行スピードはどんどん上がっていき、徐々にあたしの体にも攻撃がヒットし始めていた。
精神力が上がっただけで、ここまでレベルに差が出るとはね……。さすがは魔王の娘、か。化けるとは思ってたけど、予想以上で嬉しい限りだよ。
「まだ笑える余裕が……!?」
違うよ、アルル。これは単純に嬉しいだけ。子の成長を喜ぶ親の気持ち、ってこんな感じなんだろうか。
微笑んだあたしの顔は、アルルには見えてなかっただろう。だって、あたしは両腕を顔の前で構えていたから。そこにアルルの拳が真上から振り下ろされる。重力魔法を伴った、重たい一撃によって、あたしは地面に墜落した。
「ミア!?」
「ミアさん!」
クロエちゃんとオリヴィアも様子を見に来たみたいだ。結界魔法は魔力の気配を遮断するだけで、人の出入りに影響はないからね。
「ああー、大丈夫、だいじょぶ。普通に痛いけど」
立ち上がって体の砂を払おうとした時に気が付いた。右腕が動かない。
折れたか……。身体強化してなかったら腕ごと持って行かれてたね。上級冒険者でも瀕死レベルのダメージかな。
回復魔法で骨をくっ付けている間も、アルルは空に浮かんであたしを見下ろしていた。空中戦なら分があると読んだんだから当然か。稽古を付ける側として、下りて来なさいよ、って言うのもカッコが付かない。
だから、ここはお望み通りの空中戦だ。
「アルル、強くなったね。認めるよ。アルルならあたしと一緒に強くなれる」
「ほ、ほんとか!?」
「うん。だから、師匠としての矜持を見てもらおうかな」
空中でアルルと対峙するあたしは、両掌をそっと大きく広げ、ぱんっと高らかに手を打った。
さあて。あたしの二百年の修行の成果、見てもらおうかな。
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