ほのぼのステップアップ
「お久しいですな、オルレアン殿」
「いやはや、呼んで下さればこちらから出向いたものを。わざわざご足労頂き、ありがとうございます」
「頼みがあるのはこちらなので、当然のことですよ。
それよりも、何やら面白い宿屋があるとか?」
「出張宿屋〈グランベルジュ〉のことですね。さすが、耳がお早い」
「王都では小さな噂がちらほら、と言った程度でしてね。配下の者に調べさせたところ、オルレアン殿は二度ほどその宿屋に世話になったとか」
「正確には三度、ですかね。部下はもっとかも知れません」
「どんな依頼も引き受けてくれるのは本当ですかな?」
「それには語弊がありますね。正直、そのような態度で行けば面倒なことになります」
「そんなにも気難しい店主なのですか?}
「店主は温厚で生真面目な少女です。ただ、ここの従業員である魔術師がなかなかの曲者なんですよ。彼女の機嫌を損ねれば、依頼どころの話ではないでしょうね。うちの騎士団が壊滅されてしまう」
「じょ、冗談……ですよね?」
「ええ。彼女は力で訴えるような者ではありません。あり余る力は自らを滅ぼす。それを彼女自身がよく理解しているように思います。ただ、それほどまでに強大な力を持つ者だと思って下さい」
「……オルレアン殿、仲介に入って頂くことは可能ですか?」
「ふむ……。では、依頼内容をお聞かせ願っても?」
「実はですな……――」
◇◇◇◇◇
アルルが目を覚ましたのは、暴走したその日の晩のことだった。豪快に暴走してくれたけど、起きるのもこれまた豪快で、
ぐ、ぐきゅるるるるるー。
と、魔物の鳴き声みたいな音をお腹から鳴らせて起き上がると、
「腹減ったのじゃあああああー!」
こっちの苦労と心配を完全無視した起床に、思わず拳を振り下ろしそうになったよ。
「アルル、体は平気?}
「えっ? お姉様、何でここに? と言うか、アルルは何でベッドの上に?」
どうやら記憶はないみたいだね。
あたしたちが平原でアルルに出会ったところからのことを話してあげると、アルルは涙ながらに何度も頭も下げるのだった。
「体が大丈夫ならいいんだ。お腹空いたんでしょ? 食べなよ。オリヴィアが最高に美味しい料理作ってくれたから」
「う、うむ、頂きます」
一口また一口とゆっくり食べ進んでいたんだけど、何かのスイッチが入ったみたいに、アルルはお皿を傾けて直接口の中へと掻き込んでいく。
「あ、アルル? ゆっくり食べていいからね?」
「美味い! と言うか、懐かしい味なんじゃ!」
もしかして、オリヴィア……。
横目で視線を送ると、オリヴィアは満足そうに微笑んでいた。
「師匠の味付けを再現できたようで安心しました」
やるじゃん、オリヴィア。食事でアルルに元気を与えられたみたいだ。
おかわりまでしたアルルは、冷静に振り返ることができるようになったのか、幻惑の森で何があったのかを話し始めた。
「森に入って少ししたくらいか、急に周りの霧が濃くなって、一面が真っ白になったんじゃ。すると、霧の向こうにぼんやりと景色が見え始めた」
「景色?」
「五年前の、勇者が攻め込んで来た魔王城の」
なかなか、えげつない幻を見せてくるもんだ。
幻惑の森に関しては、この森全体が大きな魔物じゃないかって言う専門家もいて、謎の多い森なんだ。
「アルルは何もできず、目の前でお父様を殺された」
「アルフィード様はあの時はまだ子供だったんです! 何もできなくて当然じゃないですか! それよりも、私たちにとってはアルフィード様が生きておられたことが、何よりの救いだったんです!」
「理解はしている。勇者と魔王は争うのが宿命なのじゃ。どちらかが生き、どちらかが死ぬ。仕方のないことだと思っていた。あの森に入るまでは。
過去の景色の中に、もう一人のアルルが出て来たんじゃ。そいつがアルルにこう言うんじゃ。『お前は逃げたんだ』とな」
自分でも気付いていない弱い部分、人に見られたくない部分。そう言うところを炙り出す感じ。これが幻惑の森の怖いところだ。
「自分自身に言われると、今まで感じてこなかった絶望感と言うか、敗北感が沸々と込み上げてきて……。そこからの記憶は曖昧じゃ……」
「感情に呑み込まれちゃったんだね。そんな程度で自我を失っちゃうようでは、あたしの修行は受けられないね」
「お、お姉様……」
「ミア! あんたと雖も、アルフィード様への侮辱は――」
あたしが止めるよりも先に、アルル自身がオリヴィアの口を止めた。
「良い。ミアお姉様が言うことは正しいのじゃ。ミアお姉様に認めてもらうために、ここに来たんじゃ。こんなところで躓いているようでは、お姉様の修行には付いて行けん」
「てか、一発でクリアできてたら逆にあたしが困る。あたしも幻惑の森には苦しめられたからね」
「そ、そうなのか!?」
「精神ダメージの耐性ってなかなか付けにくいからね。こればっかりは、何度折れても立ち上がる、を繰り返すしかないんだよ。途中で挫折しないかどうか。これを鍛える試練だって思って」
「お姉様でも躓いた……?」
「躓くどころかズッコケるくらいだったよ。けど、転んで立ち上がって、を繰り返しているうちにわかってきたんだ」
自分が何を支えに立ち上がってきたのか。
「そ、それは一体……!?」
「そこはアルル自身で見付けないとね。修行になんないでしょ」
「ミアお姉様はケチなのじゃー!」
ぷくっと頬を膨らませながらも握るその拳には、強く固い決意が込められているような気がした。
翌日からのアルルは、幻惑の森に行っては、ボロボロになって帰って来る日々の繰り返しだった。ボロボロって言っても肉体的なものじゃなく、精神的なもので、初回みたいに暴走はしないものの、やつれた顔で帰って来るもんだから、オリヴィアは気が気じゃないみたいだ。
アルルが参るのが先か、オリヴィアの胃に穴が開くのが先か。
そんなことを考えていたある日のこと。オリヴィアから相談を受けた。
「ねえ、ミア」
「うん?」
「イッカクザメ、狩りに行きましょう」
「……どした、いきなり?」
「あいつの角、万能薬になるのよね?」
「う、うん、まあ……」
「それをアルフィード様に献上するの」
「リズに殺されるから!」
「だったら、私がリズを捌いてやるわよ!」
「落ち着け!? 落ち着けって、オリヴィア!?」
「お願い、ミア! 私も力になりたいの! 私にも……力を貸して……!」
深く、深く頭を下げたオリヴィアの足許には、一つ二つと雫が垂れていた。
「……バカ」
「……っ」
「泣くほど溜め込むなっての。あたしとオリヴィアの仲でしょ? 泣く前に相談しろっての」
「……そうね。私は本当にバカだわ……」
オリヴィアが頭を上げる前に、あたしはそれをそっと胸に抱き寄せた。
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