ほのぼのピンチ!?
「おい、聞いたか? 先代の嬢ちゃん、こっちのことを嗅ぎ回ってるらしいぞ」
「ああ、らしいな。偵察がテイマーで魔物使って、こっちを探ってやがる」
「殺るか?」
「いや、まだ待て。それが魔物部隊の隊長だった場合、こっちの戦力は半分近く持って行かれる」
「魔物でサーカスだの、バカなことを言ってるくせに……!」
「あと、クリフもまだ健在だからな。下手な動きは避けたい」
「先代魔王様からの付き人クリフ、か。戦略家でありながら魔族空手の師範。確かにこいつがいたんじゃ手は出せねえか」
「だが、今のこの状況に甘んじるわけにはいかない。人間に媚びを売る気は更々ない。この世は魔族が治めるべきなんだ」
「ああ! その通りだ! あの娘が魔王の跡を継げば、俺たち魔族は人間の下僕に成り下がる! そんなことさせてたまるかよ!」
「今はまだ、あの娘を推す声は少ない。だが、先代の威光は強いのは事実。あの娘が実力を付ければ、あいつに従う魔族が確実に増える」
「今は無理でも……」
「ああ、確実に消さないといけない人物だ」
「そのためにはどうすんだよ?」
「策は考えてある。もう少し待て」
「さすがだな、やっぱ。元魔族軍総隊長、バルバトス様」
「ふんっ、過去の栄光なんてどうでもいい。俺は次代の魔王だ」
◇◇◇◇◇
幻惑の森。あたしもここには修行で何度か来たことはある。でも、正直苦手なところだ。魔力の流れって精神バランスと似たところがあって、それが安定しない場所は何だか気持ち悪いんだよね。
だから、安心して宿を建てられたのは、幻惑の森から五百メートル以上は離れた場所だった。
「アルルさん、早速出掛けちゃいましたけど、付いて行かなくて良かったんですか?」
「とりあえずは今の自分のレベルを把握したい、ってさ。身体強化も断られた」
「だ、大丈夫よね!? アルフィード様なら大丈夫よね!?」
「そう言うオリヴィアを見るのは新鮮だけど、調子狂うからそわそわすんな」
確かに危険な場所ではあるんだけど、ここに住む魔物はそこまで強くない。て言うか、魔物もあんまりここに近付きたがらない。
この森での修行は、己との闘いって感じだろうか。
「この森で一番厄介なのは、その名の通り幻惑なんだよね。森の中で幻を見るの。人によって見る幻はさまざまなんだけど、その人の今一番弱いところ、苦手なものが出て来るんだよ」
「虫が嫌いな人なら気持ち悪い虫が出るとかですか?」
「いや、もっと精神的なトラウマ的なとこを突いてくるの。例えば恋人を失った時の悲愴感とか、仲間に裏切られた時の絶望感とか、かな」
「そ、それは嫌と言うか、堪えますね……」
「そう言うのを乗り越えた先で強靭な精神力を宿せる、みたいな場所だから、あたしたち魔術師の間では最終関門的な場所だね」
他にも精神を鍛えられる場所はあるけど、えげつなさで言えばトップクラスだよね。
「あれ? アルルさんって魔術師なんですか?」
「魔族は魔法を使えるのが基本スペックだから、魔族全員が魔術師ってこと。ただ、やっぱり得手不得手はあるから、そこから何を磨くか考えるって感じだね」
「アルフィード様は魔術師と言うより、魔闘士タイプね。身体強化魔法で身の熟しを上げて、相手を翻弄しながら魔法を放つ」
「あたしが使う仙術の現代版って感じだね」
仙術は魔力を纏った拳を叩き込むから格闘ベースなんだけど、魔闘士は距離を詰めて魔法を放つから魔術がベースになるんだ。
「アルルさんの今の実力ってどれくらいなんですか?」
「イリアよりは下だね。コマチとどっこいってとこかも」
「ええっ!? イリアさんってそんなに凄いんですか!?」
前もコマチとこんな話したっけ。今頃あの子、くしゃみしてるんだろな。
「あの子は純粋な魔力の高さもあるけど、何より魔力操作が優秀なんだよね。とにかく燃費がいいし、魔法の発動も速い。言いたくはないけど、天才タイプなんだよね、あれで」
「人って見掛けに寄らないんですね……」
「肉体的な強さって見た目でわかるけど、精神的な強さは見た目じゃないからね。寧ろ、ああやってのほほんとしてる方が心は強かったりするんだよ」
そんな話をしているうちに、そろそろ時刻はお昼時。その頃には一旦戻って来るって言ってたから、オリヴィアはアルルのために豪勢なランチを用意しているみたいだ。
今までのお客さんが可哀想に思っちゃうくらい、張り切ってるな、オリヴィアのやつ。
けど、お昼を過ぎてもアルルは帰って来なかった。
一時……一時半……。
そして、さすがに二時前にもなると心配になって、あたしたちは宿を飛び出していた。
「ごめんね、クロエちゃん。アルル探すの手伝ってもらって」
「いえ、全然。寧ろ、頼ってもらえて嬉しいです」
本当はクロエちゃんは宿で待っていてほしかった。でも、今回は捜索範囲が広いんだ。
宿から幻惑の森までは殺風景な平原が続いている。幻惑の森自体はそこまで大きくはないんだけど、この平原で何かトラブルに巻き込まれたんなら、あたしとオリヴィアだけじゃ手が足らない。
「強化魔法は掛けてあるけど無理はしないで。何かあったらすぐに呼んでね」
「わかりました」
平原の捜索はクロエちゃんとオリヴィアに任せ、あたしは急いで幻惑の森へと向かった。
森の入口は鬱蒼と木々が生い茂り、その奥には霧が立ち込めて何も見えない。魔力を探知しようにも、地脈と磁場の乱れから思うようにいかない。
中に入るべき? けどな……中に入っての捜索はかなり難しいんだよね……。もし森の中迷ってるなら、ここであたしが魔力を放ってアルルの道標になってあげた方が効果的だと思うんだけど……。
でもな……! アルルがあたしの魔力を探知できるような状態かはわかんないんだよね……。
思い悩んでいた、正にその時だった。
「アルフィード様! しっかりして下さい!」
平原のどこかから、オリヴィアのそんな悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。
どこだ!? オリヴィアの魔力!
……あった! すぐに転移!
「オリヴィア!」
転移した先、そこにいたのは禍々しいオーラを纏って、よたよたと歩くアルルだった。程なくしてクロエちゃんも駆け付けると、口を両手で覆って息を呑んでいた。
「な、何なんですか、あの黒いオーラは……!?」
「魔力によって具現化した負の感情ってところかな。精神をやられたんだね。体内の魔力とマナがぐちゃぐちゃだよ。こんな状態になられると探知も無理だわ」
「幻惑の森が見せる幻に負けた、ってことですか?」
「そんなとこ、かな。精神崩壊、一歩手前だよ」
変わり果てたアルルの姿は、クロエちゃんに恐怖を与えるほどのものだった。目は虚ろ、何か呟いているのか唇は僅かに動いている。でも、その声はこっちにまでは届かない。
そんなアルルがふら付きながらも、一歩また一歩と近づいてくるんだ。クロエちゃんは逆に一歩ずつ後退していく。
「クロエちゃんはそのまま下がってて」
「は、はい……」
「オリヴィアも同じ魔族とは言え、今のアルルは危険かも」
「……そう、みたいね。だから、頼むわ、ミア。アルフィード様を助けて!」
「とーぜん!」
アルルに向かって足を大きく踏み出すと、アルルはピタリと動きを止めた。
もしかして、あたしのことは認識してくれたのかな、なんて思ったんだけど、それは自惚れみたいだった。
「人間? 人間だな、お前!? お父様の仇じゃ!」
おおぅ。人間ってのは合ってるけど、親父さんの仇ではないよ。あんなに「ミアお姉様」って慕ってくれていたのに、こうも簡単に忘れられると悲しいもんだね……。
「死ねー!」
「不老不死には通じない言葉だよ、それ」
さっきまでふら付いていたとは思えないほど俊敏な動き。いつの間にか身体強化が済んでいたみたいだ。左右に駆け巡りながら、間合いを詰めて魔法を放ってきた。
「無駄だってのに――」
魔法を弾こうとした瞬間、それは黒い煙に変わった。殺傷能力のない、ただの目眩まし魔法だ。
くそ……こんな子供騙しの魔法に引っ掛かるなんて……!
目の前は真っ暗。アルルの魔力は探知がしづらい状態。だから、あの子がどこにいるのかはわからない。
けど、アルルは魔闘士。距離を詰めて攻撃魔法を放つはずだ。だったら、体の周りに魔障壁を張れば大丈――。
「う、嘘……!?」
煙の中からにゅっと腕が、あたしのお腹の辺りへと伸びてきた。そして、アルルの顔が霞んで見えた。にやりと笑ったアルルの顔が。
あの子はあたしが張った魔障壁の内側にいたんだ。
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