ほのぼの昔話2
クロエちゃんが用意してくれた昼食は、この地方の家庭料理。
香草で香ばしく焼いたチキン、数種類の野菜を熱々の出汁にさっと通したスープ、粉チーズを満遍なく振った濃厚なサラダなどなど。
二百年でいろいろなもの、いろいろなところを鍛えたけど、料理の腕に関しては未だ一般人レベルか、それ以下。だから、こんなものをささっと作れちゃうクロエちゃんをマジで尊敬するよ。
「そ、それでミアさん? 何かわかりましたか?」
恐る恐る。クロエちゃんはそんな感じで切り出した。
「どうやらクロエちゃん自身に自覚がないみたいだから、これはまだ仮説なんだけどね。おそらく、クロエちゃんは特殊な能力か才能を持っているんだと思う。それは、普通の単なるベッドに、回復の効果を付与する力だと思うの」
「ベッドに、回復の効果を……? けど私、特に何もしてませんよ? それに、両親に似て魔力もそんなに高くなくて、魔法を扱うのは苦手ですから」
「もしかしたらその能力か才能は、魔法じゃないのかも知れない。寧ろあたしは、そっちの可能性の方が高いんじゃないかって踏んでる。もし魔法だったのなら、あたしが何も知らないなんてことないだろうし」
「ミアさん、魔術師ですもんね」
そう。しかも、二百年も生きてる魔術師。
「けど、今までお客さんに、ベッドの紋章が変だ、なんて言われたことないですけど?」
「あぁー……それは何と言いますか……。魔術師だからっていちいち宿のベッドの魔力やマナを感じ取るわけじゃないのね。魔力を探る、探知するのにも僅かでも魔力は必要なわけ。けど、せっかく休みに来たのに、そんなことわざわざしないっしょ? だから、普通は気付かない。いや、気付けない、かな。本当に些細な違和感しかなかったから」
「じゃあ、ミアさんはわざわざ魔力を探った、と?」
「あたしの場合は呼吸するような感覚で魔力探知をしちゃうんだよ。あと、魔導理論にも造詣が深くてね。まあ、わかりやすく言えばインテリ魔術師ってわけ」
魔術師は大きく分けて二種類のタイプがいる。
一つはとにかく魔力と精神力を磨き、強大で、強力な魔法を習得する者。
二つ目は既存の魔法の魔導構造を紐解き、魔導理論を新たに構築させ、既存の魔法を変異・応用させる者。
あたしは当然、後者だ。ただ、あたしのようなタイプは机に向かっている時間が多くて地味だから、世の中には派手な前者みたいな魔術師の方が多いんだけど。
「まあ、ごちゃごちゃ言っても仕方ない。手っ取り早く答えを知る方法は一つ。何の変哲もない普通のベッドを、クロエちゃんがいつもしているみたいに扱ってもらうってことだね」
「本当に私、何もしてないですけど……。そんなことで何か――」
「ねえ、クロエちゃん。ご飯、おかわり貰っていいかな? クロエちゃんの料理美味しくて、ご飯が進んじゃうよぉ」
「ふふっ、いーっぱい食べて下さいね」
全ての客室のベッドを引っ繰り返すって言う重労働をしたせいだろうね。いつの間にやら、めちゃくちゃお腹が空いていたあたしだった。
クロエちゃんが作ってくれたお昼ご飯を頂いた後、あたしはサンローイの家具屋でベッドを一つ購入した。家具屋さんには即日搬入してもらい、それはクロエちゃんの宿屋の一室に置かれた。
ベッド代は払います、とクロエちゃんは言ったけど、これはあたしの買い物だ。そこは譲らず、代金はあたしが支払った。
「じゃあ、いつも通り。宿に新しいを買ったと思って、普段通りに扱ってみて」
「は、はい。じゃあ……」
クロエちゃんは真っ白なシーツをふわーっとマットに下ろす。所々にできた皺を、優しく伸ばすようにシーツを撫でている。傍目には何でもない、普通のベッドメイクをする光景だ。
けど、あたしの目にはちゃんと見えていた。クロエちゃんがシーツを撫でる度に、何の変哲もなかったベッドにマナが集まっていくのが。
う、嘘でしょ……!? クロエちゃんの腕の動きに連動するように、地脈やマナの流れがコロコロ変わってる! その変化が徐々にいい方向へと向かっているのも……わかる!
おそらくだけど、クロエちゃんがイメージする綺麗なベッドを準備すればするほど、それと比例するように地脈とマナの流れも上昇するんだ。やっぱりこれは魔法じゃない。才能、いや特異体質か。
ベッドの紋章があたしの知らないものだったのも当然だ。普通の魔工具技師はそこの地脈やマナの流れに合わせて紋章を作る。それなりにパターン化された、型に嵌ったもの。けど、クロエちゃんは、言ってしまえば自在にそれを操れるんだ。クロエちゃんにしか作れないクロエちゃん自前の紋章を、今日初めて彼女に出会ったあたしが知るはずもない。
「お、終わりましたけど……何かわかりましたか?」
「……謎は深まるばかりだよ」
「ええっ!? そ、そうなんですか!?」
「でも、わかったことを一つ一つ説明するね。まず、普通のベッドが回復ベッドに変化したのは、やっぱりクロエちゃんの力によるものだった。ただ、これは魔法じゃない。クロエちゃんが持つ、特異体質だと思うの」
「と、特異体質、ですか……」
「あっ、変な意味はないからね? 例えば絶対音感とか瞬間記憶とか、何かに秀でた才能を持つ人っているでしょ? クロエちゃんもその類なんだと思う。ちょっとジャンルが違うように感じられるかも知れないけど、自分を奇妙とか不気味だとか思わなくてもいいよ」
って言われても不安は不安だよね。クロエちゃんの表情は理解できる。
「しかも、そもそもが回復用だったベッドの紋章も変わっていたから、クロエちゃんには紋章を書き換えるような力もあるってことだね」
「でも、書き換えなくたって回復するベッドなんですよね? あんまり意味ない才能じゃないですか?」
「クロエちゃんを信じるから言うけど、悪用すれば他の宿屋のベッドを奪えちゃうよ、その力は」
「あ、悪用なんて……! しかも、他の宿屋のベッドを奪うって……!?」
「前に話したように宿屋のベッドはその宿屋でしか使えない。けど、例えばあの立派な宿屋のベッドをクロエちゃんがベッドメイクしたら、それはおそらくこの宿屋でしか使えないものになる。他の宿屋の営業を妨害できちゃうよね」
もっと言うと、クロエちゃんの力は地脈にまで影響しているようだから、その宿全てのベッドを使用不可にしてしまえる可能性もある。まあ、ここまで言うとクロエちゃんが自分を極悪人みたいに思っちゃいそうだから言わないけど。
「だけど、こう言う特殊な才能には制限や条件が付きものなの。だから、そう簡単には世界中の宿屋を統べることはできないと思うよ」
「そ、そんなことしませんよっ」
冗談っぽく笑ってみせると、クロエちゃんは頬をぷくっと膨らませた。
反応がいちいち可愛い子だよ、まったく。
「まあ、そこら辺の解明は少しずつ進めていこうと思う。魔術師の専門外とは言え、あたしの知識量に勝る奴なんてそうそういないしね。一緒にいればわかってくると思うんだ」
「えっ? で、でも、ミアさん旅の途中なんじゃ……? 確かに特殊な才能か力があるのかも知れませんが、これまで一人でやってこられましたし、特に宿屋営業に支障はありませんから」
「ううん、違うの。あたしが、クロエちゃんと一緒にいたいの」
「……はい? はいぃいいいいい!?」
クロエちゃんは急に顔を真っ赤にさせて、奇声を発しながら頬を手で覆う。
違うんだよ、クロエちゃん。いや、違わないけど、ちょっとだけ違う。八割くらいは正解って感じ。
「お、落ち着いて、クロエちゃん。あたしがクロエちゃんの傍にいたいのは、あなたの身に危険が迫るかも知れないからなの」
「……えっ、それって、何で?」
「クロエちゃんの力はまだ半分もわかっていない。けど、さっき言ったように他の宿屋の営業妨害ができる可能性がある。その力をほしがるライバル店はたくさんいると思わない?」
「た、確かにそうかも、です……」
「それに、クロエちゃんがもしも、どんなベッドにも回復効果を付与できるんだとしたら、それは宿屋経営者に留まらず、世界中の人たちがその力を欲することになる。強引な手段を取る奴が出て来るかも、なんて想像に易いよね」
クロエちゃんの力を利用して宿屋を幅広く展開しようと目論む奴。自宅のベッドの全てを回復ベッドに変えようと企む奴。その回復ベッドを売って大儲けしてやろうと考える奴。
普通のベッドを回復ベッドに変える。
本人はその力にまだピンと来ていない様子だけど、その力は宿屋業界のバランスを変えてしまうほどの大きな力なんだ。
「ボディーガード兼従業員として、あたしをここに置いてくれないかな?」
「そんな……! それは確かに嬉しい申し出ですけど、ミアさんにはミアさんの目的があるはずなのでは? 私なんかのために時間を無駄にしてもいいんですか?」
「あたしに『時間の無駄』はないからね」
「ど、どう言う意味ですか?」
一呼吸、間を置いて、あたしはクロエちゃんを真っ直ぐ見つめて微笑んだ。
「あたし、不老不死なの。もう、かれこれ二百年生きてる」
絶句、だった。
僅かに息を呑む音が聞こえたような気がするけど、そこに言葉はなかった。
「証明しろ、って言うのも少し難しいんだけどね。魔法で自爆して死なないのを証明できるっちゃできるんだけど、あたしは不死なだけで普通に痛みは感じるんだよね。痛いのは誰だって嫌でしょ?」
「いえ、信じます。だって、今のこの状況でそんな嘘吐いて、何の意味もないですもん。それに、レッドドラゴンから助けてくれたことや、私の妙な力に気付いたこととか、不老不死なくらい凄い魔術師じゃないと説明できないですし」
「ありがと、クロエちゃん。だから、そんなわけであたしに時間の心配は無用。クロエちゃんを守り抜く力も申し分なし。史上最強のボディーガードだよ。そう言うわけでさ、どうかな? あたしをここで雇ってくれないかな?」
くすっと笑ったクロエちゃんは、そっとあたしに手を差し伸べてくれた。
「はい。これからよろしくお願いしますね、ミアさん」
「よろしく、クロエちゃん」
あたしはその手を握り、微笑み返した。
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