ほのぼの引き籠もり
『ねえ、お祖母ちゃん。今日はどんな話をしてくれるの?』
『そうさねぇ……。じゃあ、私が錬成術師を目指すきっかけになった人の話をしようかね』
『それって、やっぱりお祖母ちゃんのお父さんやお母さんなの?』
『いーや、違うよ。とても可愛い魔術師の女の子でね。けど、私も敵わない天才でもあった。ある日、私はその女の子に悪戯を仕掛けてみたんだけどね、ものの見事に躱されてしまってね。そこで少しお話しすることがあったんだ』
『その女の子と友達になったってこと?』
『いやぁ、友達とまでは言えないかも知れないね。でも、私はその女の子に凄く憧れたのさ。何でもできて、頭も良くて、魔術師なのに錬成もできた。いとも簡単に、ね』
『その人に憧れて、錬成術師になったの?』
『それもあるけど、一番は驚かせたかったのさ』
『驚かせる?』
『ああ。悪戯に失敗したから、今度はあの子を驚かせてみせよう。私が錬成術師になったら、あの子は絶対驚くんじゃないか。そう思って、錬成術を習い始めたのさ』
『それで、その人は驚いた?』
『……それから今まで、会ってないんだよ』
『そ、そうなんだ……? それって、もう……』
『いーや、それは大丈夫だよ。そんな悲しい顔するんじゃないよ、コレット』
『で、でも……』
『あの子は今も生きてるさ。変わらない姿でね』
『えっ?』
『だから、いつか見せてやりたいねぇ。錬成術師の私と、可愛い孫娘を』
『いつかきっとまた会えるよ! そしたら、その人も驚いてくれるよ。何と言っても、お祖母ちゃんは最強の錬成術師だもんね』
『ふふふ、最強はあの子にこそ相応しい言葉だよ』
◇◇◇◇◇
洞窟の先にあった広々とした空間は、確かにワイバーンが飛び回るのも十分な広さだ。松明も至る所に設置されていて、普通に明るい。
これならこっちも普通に闘えるね。ただまあ、かなり手加減はしないとな。あんまり力入れちゃうと洞窟が崩壊しちゃうからね。
「だから、ここは仙術でいこうかな」
魔法を放って、それを躱されたら洞窟に被弾しちゃう。直接、魔力を叩き込んでやった方が安全で確実だ。
あたしは真ん中辺りに立って、すうっと腰を落とした。
ギギャっ!
魔力を少し解放させると、その気配を悟ったワイバーンが短い声を上げた。洞窟内だと反響して、どこから聞こえたのかはわからないけど、奴の気配はもう感知済みだ。
「来たね、ワイバーン。あんたに恨みはないけど、倒させてもらうよ」
狙うは脳天。そこに魔力を籠めた拳を叩き込んでやる。一撃で倒せなかったとしても、撃墜させたらすぐには飛び上がれない。そこで止めを刺す。
イメージはばっちりだ。そして、あたしの間合いに入った瞬間、そのイメージを体現させる。
もらった!
「って、あれ!?」
ワイバーンに向かって飛び上がった瞬間、あっちはあたしの動きを予想していたのか、急降下。あたしの拳は空を切り、回避したワイバーンはコマチとコレットの方へと旋回する。
「初めから狙いはそっちってことね」
魔物的な勘か、それとも実力を推し量ったのか。まずは弱い方から襲っていこうってことなんだろう。作戦としてはありなんだろうけど、あたしとしては許しがたい行為だよ。
「させるか!」
瞬時にあたしは二人の前に転移。驚いたワイバーンは急上昇して、あたしたちとの距離を開ける。神速を誇るだけあって、動体視力もいいんだろう。
「ワイバーンの中でも速い方じゃん、あんた。けどね、あたしには敵わないかな」
今度は不用意には近付かず、ワイバーンの周りを高速で飛び回る。そのスピードを徐々に上げていくと、ワイバーンの目でも追い切れなくなっていく。
「み、ミアさん、速い……」
「凄いっす……。速すぎてミアさんが何人にも見えるっすよ……」
分身する魔法もあるにはあるんだけど、魔物が相手だとあんまり効果は望めないんだよね。嗅覚が鋭い魔物が多いから、匂いでバレちゃうことが多いんだ。
「もらったよ」
あたしの残像を追いすぎて、最早目を回したような状態だったんだろう。隙だらけだったワイバーンの脳天に、拳を叩き込んだ。
ワイバーンは地面に墜落。僅かな砂煙を舞い上げた神速の翼竜は、ピクリとも動かなかった。
「よし、一撃で済んだか。あっ、コマチ。解体お願いしていい?」
「えっ? いいっすけど、自分でいいんすか?」
「得意でしょ、多分。あたしは苦手でさ、解体。血を見るの嫌いなんだよ」
「じゃあ、ボクも手伝います。元々はボクの依頼ですし」
今更だけど、二人に同行してもらって良かった。魔石は体内にあるから、取り出すには解体しないといけないんだ。ゴーレムみたいに血がない系なら大丈夫なんだけど、ドラゴンを捌くのはマジで無理。
あたしは完全に背中を向けて、二人の作業が終わるのを静かに待っていた。
「解体、終了っす。コレットさんは錬成術師ってだけあって、手際がいいっすね」
「コマチさんだって上手じゃないですか。やっぱり魔物のことを知り尽くしてるんだなって思いました」
もういい? もう大丈夫? 二人とも綺麗に手は洗った? 振り向いたら血塗れの女の子がいるとか嫌だよ?
「それにしても、ミアさんマジで強かったっす!」
わざわざ回り込んで来たコマチに、あたしの心臓は一瞬ビクってなった。けど……うん、大丈夫だ。ちょっと興奮気味に笑うコマチは、解体前の姿と何ら変わりなかった。
「ワイバーンを一撃って、勇者も魔王様でも無理っすよ。何したら、そんなに強くなれるんすか!?」
「日々の鍛錬だよ。二百年やってりゃ、こうなる」
「いや、無理っすよ……」
魔石は無事、手に入った。だったら、何もないここに用はない。コマチのヘルコンドルを外で待たせているから、それを迎えに行って、あとは転移魔法で帰りますか。
その洞窟内での道中のこと、
「思ったんすけど、ミアさんがいる限り、自分たち魔族に勝ち目ってなくないっすか?」
ふと、コマチがそんなことを尋ねてきた。
「確かにミアさんって不老不死なわけですし、どんなに強い魔王が現れても、ミアさんなら倒しちゃうってことですよね」
「そっす。まあ、自分たちは争い以外の道を探してるから別にいいんすけど、強硬派の連中は不憫だなって思っちゃって」
人間側にも強硬派って奴らはいる。魔王が不在の今のうちに、魔族を根絶やしにすべきだ、とかバカなことを言う連中が。最近の勇者の発言が、そっち寄りになっている、なんて噂を聞くから、嫌な世界になってきたもんだよ。
「あたし、戦争には手を貸さないよ? あたしが動くのは、あたしの大切な人たちが傷付けられそうになった時だけ。確かにあたしは勇者パーティーに憧れた。けど、二百年も生きてりゃ目標も憧れも変わるでしょ」
「じゃ、じゃあ、もしもっすよ? もしも、勇者がミアさんの大切な人を人質に取って、魔族を皆殺しにしないと人質を殺すぞ、とか言われたらどうするんすか?」
「人質助けるよ。魔族を皆殺しにするより、そっちの方が簡単で楽だし。勇者相手でも」
少し呆気に取られた表情をしていたコマチだったけど、すぐに声を出して笑い始めた。それはコレットも同じで、二人の笑い声が洞窟に響き渡るのだった。
「何か、ミアさんらしいです」
「ですね。ミアさんがいたら、この世界は安泰な気がするっす」
「人を神様みたいに扱わないでよ。あたしはただの宿屋従業員だよ」
魔石を手に入れた後の帰り道は、終始笑い声に包まれていた。
けれど、楽しく笑っていられたのはそれまで。
エムール洞窟から帰って来て三日。未だコレットは客室に籠ったままだった。
「まだ引き籠もったままね、コレット」
「はい……。食事は摂ってくれているようなので、大丈夫だとは思うんですが……」
「三日も姿を見ないって言うのは、心配だよね。何かあったら、マチルダに申し訳ないよ」
この三日間、コレットは一度も部屋から出て来ていない。クロエちゃんが部屋の前に食事を運んであげると、いつの間にか空になった食器が部屋の前に置かれているから、生きてはいるんだろう。
一人部屋ってことで、トイレと簡易的なシャワーを付けた客室だから、食事以外で部屋を出る必要はないんだ。その食事もクロエちゃんが運んでいるから、コレットは今、完全な引き籠もりになっていた。
ちなみに、イリアとコマチは用事を済ませたら帰っていった。とりあえず、あたしはイリアに拳骨を食らわしておき、イリアは何で殴られたのかわからないって顔をしていたから、一言「反省しろ」とだけ付け加えておいた。
「無理やりにでも部屋に入った方がいいんじゃないですか?」
「んー……。いや、ここはもう少し様子を見よう。いいところまで行ったのに、そこであたしたちが邪魔しちゃったら台無しだからね」
「そうね。タイミングは肝心だわ。じゃあ私、リラックス効果のある料理作るわ」
「うん、お願い」
「私はハーブティーを淹れますね」
こうしてあたしたちグランベルジュは、総出でコレットの応援をすることになった。
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