ほのぼの上司と部下
「ヤバい! ヤバーい! ヤヴァーいよ、コマチちゃん!」
「ど、どうしたんすか、イリア隊長!?」
「私、このままじゃ殺されちゃうよー!」
「誰にっすか!?」
「アルル様に!」
「……じゃあ、仕方ないっす」
「仕方なくないよぉ! 私がアルル様に粗相ばっかしてるみたいに聞こえるじゃんかー!」
「聞こえるも何も、実際そうっすからね」
「酷い! 私はコマチちゃんをそんな部下に育てた憶えはありません!」
「あっ、自分忙しいんでもう行きます。今までお世話になりました。隊長のことは絶対忘れないっす」
「ごめんなさい真面目に相談してよろしいでしょうかコマチさん」
「そんないきなり真剣になるなら、初めから真面目にして下さいよ……」
「はい……。実は、かくかくしかじかで……――」
「なるほど、なるほど。イリア隊長は人間に自分たちの最大戦力である〈エンシェントドラゴン〉を売った、と?」
「そんなつもりじゃないよー! 何も考えずに教えちゃったの!」
「それが隊長ってどうなんだろ……。転属願、出そうかな……」
「それで、コマチちゃん! オリヴィアちゃんに通信魔法が繋がらないんだけど! どうしてくれるの!?」
「いや、自分にキレられても……。多分〈エンシェントドラゴン〉に警戒されないために、魔力を抑え込んで遮断してるんじゃないっすかね? 奴らの嗅覚は僅かな魔力も嗅ぎ付けるっすから」
「私さぁ、ミアちゃん関連のことで手を貸すと、あんまりいいことがないような気がする……」
「それ、隊長の頭が悪いだけっす」
「確かにそっかぁ」
「……はぁー。
世界樹の方にいるってことはわかってるんすよね。だったら、直接向かえばいいじゃないっすか。ちょうど自分〈ヘルコンドル〉連れてるんで、一緒に行きましょう」
「さすがコマチちゃん! やっぱコマチちゃんが隊長やってよぉ」
「な、何言ってんすか!? 隊長はほんとバカっすね!」
「また言われたぁ……」
「……自分たちの隊長は、イリア隊長だけなんすから」
「うん? 何か言った?」
「な、何でもないっす! 早く行くっすよ!」
◇◇◇◇◇
見た目はただの焼き魚だった。単なる塩焼きだろうなって思ってた。
否!
この……ふわっとした感じ? お箸入れた時の身の感じが! 食べた時もふわっとしてて、いい感じの塩加減なんだけど、甘さもあって……。甘い? 何で甘いの? あっ、あと、魚! って感じの味がする!
「クロエ、ミアの脳内食レポがバグってるから代わりに説明してあげて」
「ば、バグってないわ! あまりの美味しさに頭の回転が追い付かないだけだ!」
「それがバグなんでしょうが」
うぅ……確かに……。ここはクロエちゃんに任せよう。
「とにかく魚の身が柔らかいです。ふわふわしていて、瑞々しくて。なのに、皮はパリッと香ばしくて一口目から驚いちゃいますよ。生臭さ、魚臭さが一切なくて、絶妙な塩加減のお蔭で魚の旨味と甘みが引き立ってます」
「はい、百点満点ね。ミア、これを見習いなさい」
「うぇ~い……」
二百年修行してきたけど、食レポの方はまだまだ修行中みたいだ。
「けど、本当に美味しいです。ボク、こんなに美味しい料理は初めてかも、ってくらいに」
「ありがとう。料理人冥利に尽きる言葉だわ」
「これが世界樹の葉っぱの効果なんですか?」
「ええ、そうよ。一見、ただの塩焼きのようだけど、それは世界樹の葉っぱで魚を包んで焼いた、蒸し焼きなの。世界樹のマナ、生命力が食材に染み込む、世界樹を一番味わえる料理よ」
だから、テンション爆上がりなんだ、あたし。気持ちだけじゃない。世界樹のマナのお蔭で、魔力も昂ってるんだ。
「……今更ですけど、グランベルジュって凄い人材揃いですよね。実は超老舗宿屋だったりするんですか?」
「いえ、宿屋を始めたのは祖父と祖母の代からだって聞いてるので、そんなに長くありません。あと、ミアさんとオリヴィアさんが凄いだけで、私は特に何もしてませんし……」
「えっ? でも、あの部屋のベッドの錬成、クロエさんのものですよね?」
……!
「わかるの、コレット!?」
「ええっ?」
思わず、あたしはコレットの両肩を握っていた。
クロエちゃんの能力が魔法じゃないとは思ってたけど……そうか、錬成か!
「ちゃんと見たわけじゃないですけど、さっきベッドに座った時、錬成されたような感触があったので。ベッドメイクはクロエさんが担当していたから、そうかなって」
「実はこれ、クロエちゃんの不思議な能力なの。クロエちゃんが何でもない普通のベッドを整えると、回復ベッドに早変わりするんだよ。コレットは何かそう言う話、聞いたことない?」
「過去に一人、錬成陣なしで錬成できた人がアップルビー家にいたそうなんですけど、クロエさんの能力はそれに似てますね」
「ただ、クロエちゃんの場合はマナや地脈にまで影響を与えるから、普通の錬成とはまた違うよね」
「マナや地脈に!? それって、とんでもない能力ですよ!」
コレットの羨望の眼差しに、クロエちゃんも苦笑いを浮かべるしかなかった。
けど、これ以上のことはコレットにもわからないそうで、家に帰ったら両親に聞いてみると言ってくれた。こうして一日目は終わった。
翌日、ちょっと早起きしたあたしは宿から出て、世界樹を見上げていた。
エンシェントドラゴンはいない、か……。世界樹ほどの安全な場所はないだろうから、近いうちに戻ってきそうだけどな……。
そんなあたしの考えとは裏腹に、お昼を過ぎても何の変化も反応もなし。
もしかして、この宿に警戒してる? 三千メートルも下にある建築物なんか気にしないかも知れないけど、強度を上げるために宿には魔力が籠められている。それを察知して、近寄って来ないって可能性もなくはないよね……。
「うーん、でもな……。耐久性は下げられないし……」
みんなの安全が第一だ。いっそ、飛び回ってあたしの砲から探しに行くか?
なんて考えていると、この宿に向かって物凄い速度で何かが近付く気配を察知。ようやくお出ましか、と思って慌てて外に出ると、それはエンシェントドラゴンのシルエットとは全く違うものだった。
「み、ミアちゃぁあああああーん!」
「ん? イリア?」
ヘルコンドルって言う超大型の鳥系魔物に乗っているのはイリアと、見知らぬ女の子だった。
「何しに来たの? エンシェントドラゴンの討伐でも手伝ってくれるの?」
ヘルコンドルから降りたイリアはあたしの許に慌てて駆け寄るなり、ぶんぶんと大きく首を左右に振った。
「逆だよ、逆! 止めに来たの!」
「何で?」
「エンシェントドラゴンが討伐されちゃったら、私がアルル様に殺されちゃうの!」
「いいじゃん別に」
「良くないよぉおおおおおー! ミアちゃんの薄情者!」
「嘘だよ、冗談」
とりあえずイリアと、まだ名前の知らない女の子を宿に招いて、みんなでイリアの話を聞くことになった。
「コレットは初めまして、だね。この子はイリア。魔物部隊の隊長をしていて、今回のエンシェントドラゴンの居場所もこの子に聞いたの。あっ、魔王軍ではあるけど安心して。あたしの友達みたいなものだから」
「空前絶後の! 超絶――」
「あっ、それもういいから、そっちの子、紹介してよ」
「うぃ。この子は私の部下のコマチちゃんだよ」
椅子から立って、ぺこりと頭を下げる女の子。真っ赤な髪は少し短め。見るからに体育会系女子って感じだ。
「ども、コマチっす。ミアさんたちのことはここに来るまでの間、イリア隊長から聞きました。何か、隊長が迷惑掛けて申し訳ないっす」
どっちが隊長かわかんないね、これじゃ……。
「けど、今回は自分からもお願いするっす。あのエンシェントドラゴンはうちの部隊に所属している魔物で、今の魔王軍の最大戦力なんすよ」
「すんごい強いの。ミアちゃんなら余裕で勝てちゃうんだろうけどね」
「もちろん、人間の皆さんからしたら脅威であるのはわかりますし、討伐できるなら討伐しておきたいと思うのもわかるっす。でも、信じてもらえないかもですけど、あのエンシェントドラゴンは人間との闘いのために残しておきたいわけじゃないんすよ」
「今ね、玉乗り教えてるんだよ」
「一回黙っててもらっていいっすかね」
「ごめんなさい」
ほんと、マジでコマチが隊長やった方がいいんじゃない?
「自分たちはアルル様に次の魔王の座に就いてほしいと思ってます。けど、それにはライバルもたくさんいるっす。皆さんには関係のない魔族間の争いですけど、今のアルル様には力を誇示するための兵が必要なんす」
もう一度、コマチは頭を下げた。それを見て、さすがのイリアも同じように頭を下げる。
「だから、お願いっす! あのエンシェントドラゴンだけは勘弁して下さいっす!」
「わかったよ」
「ほ、本当っすか!?」
「あたしたち人間だって無関係じゃないからね、次の魔王の件は。あたしも個人的にはアルルに魔王を継いでほしいって思うんだ。別に倒したいとか、そんなんじゃない。アルルなら今までとは違う、勇者と魔王の歴史に終止符を打つような魔王になれるような気がするんだよね」
人間と魔族が手を取り合い、共存していけるような、そんな世界を築けると思うんだ。
「あざます、ミアさん!」
「ちゃんミアー! さんくす!」
コマチの頭は撫でておいて、イリアの頭には拳骨を食らわしておいた。
反省しろ、反省を。てか、部下に尻拭いさせてんじゃないよ。
「でも、そうなるとコレットさんの試練が……」
「ドラゴンの魔石が必要なんすよね? それで、ちょっと相談がありまして……。ここから北の洞窟に、自分たち魔物部隊には属さないドラゴンがいるんすけど、こいつがまた凶暴でして……。人間や魔族の街を襲っては、食料を掻っ攫っていくんす」
「それを討伐すれば、魔石が手に入るってことですか!?」
「ええ。レベル的にも皆さんが望む魔石が手に入ると思うっす」
ドラゴンを討伐することには変わりないけど、今度はイリアの仲間でもない野良ドラゴンってことか。あたしたちは魔石をゲットできるし、イリアたちからしたら厄介者を退治できてラッキーってわけだ。
「オッケー。そいつ、何てドラゴンなの?」
「神速の翼竜〈ワイバーン〉っす」
ああー、あいつか。
ドラゴンの中でも驚異的なスピードを持ち、翼で巻き起こす竜巻は大岩を吹き飛ばし、疾風は鉄の鎧を斬り裂く。エンシェントドラゴンには劣るけど、確かにハイレベルなドラゴンだ。
「道案内は自分がするっす。あの洞窟には何度も立ち入っているので、最短ルートでワイバーンの巣まで向かえます」
「じゃあ、お願いしようかな」
「うっす!」
「あ、あの、ボクも一緒に行っていいですか?」
ふむ……。
同行したい理由は前にも聞いたし、世界樹には二人で上った。ワイバーンはエンシェントドラゴンよりも格下だし、今回はコマチも一緒だから前よりも安全ではある、か。
「うん、いいよ。じゃあ、一緒に行こう」
あたしは魔法で空を飛んで、コレットはコマチが操るヘルコンドルに乗って、北の洞窟を目指すのだった。
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