ほのぼの嫉妬
『きぃいいいいいー! くっそー!』
『相手が悪かったね。あたしの危険察知能力は子供の悪戯にも反応する。あんたがマチルダだよね。この街でも悪名高い、お転婆娘』
『そうよ、そうですとも!』
『何でこんな悪戯を? しかも、あたしに』
『……最近、お父さんがあんたにばっか構うから』
『ははーん、ヤキモチ?』
『ち、違うわよ、バカ! あんたみたいな小娘が、錬成術を教わったって何もできないって言いたかったの!』
『そうなんだよねー。難しいよね、錬成って。さっき適当にこれ、作ってみたんだけどさ』
『どれどれ……って、これ! ど、〈ドラゴンオーブ〉じゃない!? 何であんたなんかに!?』
『さあ? 適当だから』
『…………。
あんた、ミアだっけ?』
『そだよ』
『……それ作る、コツとかある?』
『大人になること、かな』
『あんた、子供じゃん!』
『こう見えて、百年以上生きてるんだよね。不老不死なんだわ、あたし』
『えっ? そ、そうなの……?』
『だから、大人のあたしがちょっとだけレクチャーしてあげようかな』
『――ってな感じ。ちょっとは掴めた?』
『うん。ミアの説明、感覚的なところが多すぎて、教えるの下手だなって思ったけど、大方伝わったわ』
『素直にありがとうと言えっ!』
『ねえ、ミア』
『うん?』
『ミアはずっとそのままなのよね?』
『まあ、多分』
『じゃあさ、今度はあんたを驚かせる悪戯を絶対考えてやる! いつかあんたをビビらせてやるわ!』
『いや、何でそうなるの――』
『だからさ、見ててよ。私のこと』
『えっ?』
『―――――!』
◇◇◇◇◇
世界樹の上に住む生物や魔物は多くはない。鳥はこの高さまで飛んで来ないし、ドラゴンでも限られた奴らしか辿り着けない高度なんだ。
どっちかって言うと昆虫類の方が多くいて、まだ世界樹がここまでの高さじゃなかった頃から住み着いていて、未だ太古の姿を残したままの虫がたくさんいるんだ。
「エンシェントドラゴンの痕跡って、例えばどんなものなんですか?」
「排泄物とか爪や牙を研いだ痕とかかな」
「ミアさんって探知魔法が使えるんですよね? エンシェントドラゴンがいたら、すぐにわかりそうなものですけど?」
「あいつら、気配消せるんだよね。長く生きてると魔力操作も上手くなるし、知恵も付くってこと」
街の大通りくらいの太さのある枝を歩いて、何もなければまた別の枝にジャンプ。そうやって少しずつ上に登っていくと、空気も少しずつ薄くなっていった。
「コレット、大丈夫そう?」
「まだ大丈夫そうです。ボク、錬成術より運動の方が得意なんで」
あどけない笑顔に、心が癒される。
そう言うところはマチルダ似、だな。
「コレット、あれ見て」
「あれって……骨?」
枝の真ん中辺りに白っぽい何かが落ちている。近寄って拾い上げてみると、あたしの腕くらいの太さの骨だった。
「多分、牛とか馬とか、そう言った生き物の骨だと思う」
「何でこんなところに、そんな骨が?」
「答えは一つでしょ。ここで食べてたんだよ、エンシェントドラゴンが」
コレットは僅かに息を呑んだ。
そりゃ、そうだ。牛か馬一頭を軽々とここまで運んで、それをここで食らったんだから。そんな状況、想像するのも嫌だよ。
「骨の感じからして古いものじゃない。ここを餌場にしてる可能性はあるね。この辺一帯にアラーム魔法を仕掛けよう。何かが触れたら、あたしに伝わるトラップ魔法をね」
相手はエンシェントドラゴンだ。あんまり強い魔力を籠めると気付かれちゃう可能性もある。細心の注意を払って、トラップ魔法を仕掛けておいた。
「よし、これでオッケーかな。あとは待ってるだけ、っと。
あっ、そうだ。オリヴィアのお遣いも済ませないと」
世界樹の葉っぱを数枚手に入れて、あたしたちは宿へ戻ることにした。
「あ、あの、ミアさん?」
「何?」
背負ったコレットの声は震えていた。
まっ、当然か。
「ゆっくり下りますよね? 浮遊魔法でふわふわ下りますよね!?」
「めんどい」
「じゃ、じゃあ、まさか……!」
「飛び下りまーす」
「い、いやぁああああああー!」
上空三千メートル辺りから、コレットの絶叫が木霊する。雲海に入ると周りは真っ白だったけど、それを突き破ると広く果てしない世界が広がっていた。
「大丈夫だって。途中で浮遊するから。それより、見てみなよ、コレット」
「そ、そんな余裕ないですって!」
「見ないと損するよ。マチルダもこんな景色、見たことないだろうからね。家に帰ったら、自慢してやりなよ。これが、これから錬成術師としてコレットが渡り歩く、世界だよ」
「せ、世界……?」
ビューと絶えず空を切る音が聞こえる中で、少女の感嘆の声はなぜか鮮明に聞こえた。
ちょうど陽が傾いた時間で、茜色に染まる空と、それに照らされる大地はまるで絵画のように美しかった。
「す、凄い……。綺麗です……」
「だね。本当に綺麗なものを前にすると、余計な言葉なんて出て来ないんだよね」
綺麗。美しい。本当にそれだけでいいんだ。
宿に戻るとオリヴィアが早速、世界樹の葉っぱを使った料理に取り掛かっていた。何を作るのか知らないけど、今から晩ご飯が楽しみだ。
クロエちゃんとコレットは歳が近いってのもあって、もう打ち解けた様子だ。まあ、クロエちゃんは誰とでも仲良くなれる子だけど。今も錬成の話で盛り上がっている。
「錬成術の修行って、どんなものなんですか?」
「勉強とか仕事とかと同じ、ですかね。まずは基礎中の基礎、薬草のレベルアップから始めて、それができるようになったら次。その次はできたら次。そんな感じでステップアップしていくのが基本です。あとは座学ですね。これは本当にボク、苦手で……」
「魔導理論の構築、ってやつですよね? 私、魔法のことは全然なので、どれだけ難しいものなのか想像もできないんですけど……。譬えるなら、凄く長くて複雑な計算をしている、って感じなんですか?」
「そうですね、だいぶ近いと思います。加えるなら、魔力も一緒に消費するので精神力もガッツリ削られます」
そうなのだ。錬成術師は魔力の高さや大きさよりも、長く持続していられるかって言う持久力を問われる。だからか、昔は魔術師になれなかった奴が錬成術師になる、みたいに思われて、錬成術師は魔術師の落ち零れ、とか言われていた時代もあったんだ。
けど、実際は頭脳と精神力が高くないとできないもので、今じゃ憧れられる職業の一つになっている。
「ミアさんはボクの曾お祖父ちゃんにどんなことを教わったんですか?」
「最初に教わったのは座禅だね」
「ざ、座禅ですか!?」
「あたしが不老不死になった理由って、勇者パーティーに入りたかったからなの。それで修行しまくって、そしたら不老不死になって、まだまだ修行できるぜイェーイ、とか思ってたらいつの間にか二百年経ってたの」
「……す、凄い、ですね」
呆れるよね。呆れるでしょ、普通。
もう慣れたよ、その反応。
「ミアさんの修行ってずっと故郷の山奥に引き籠もっていたってわけじゃないんですね?」
「拠点は実家だったんだけど、たまに遠征したりもしてたんだ」
「それなのに勇者様が魔王を倒したの、知らなかったんですね……」
「ま、まあ、それはどうせまた新しい魔王が生まれるんでしょ、って思ってたからさ。いつの時代の、どんな勇者と魔王でも良かったんだよ。そのせいで、そう言う情報には鈍感になってたかも」
「修行が趣味、みたいになってたんじゃないです?」
「それも否定できないね……。やればやるほど強くなれたから、楽しかったんだよ」
呑み込みが異常に早い。つまり、あたしは天才なのだ。
天才ってあんまり誰も言ってくれないからさ、自分で言っちゃうしかないよね。
「だから、あたしは戦闘特化の魔導タイプってわけ。繊細な魔力の扱いには不慣れだったの」
「ああー、それで座禅をして精神を落ち着かせろ、と」
「そんな感じだね」
「魔力が高い人って、魔力の扱いに慣れているってわけではないんですか?」
クロエちゃんの質問はよくあるものだ。
魔力が高い、強い=魔法操作が上手、とはならないんだ。
「あたしは攻撃的な魔法を得意としている。繊細に魔力を扱うよりも、ドーンと爆発的で力任せな魔力の使い方かな。だから、魔力の使い方が全体的に大雑把になっちゃうんだよ」
「強い魔術師さんなら何でもできるってわけではないんですね」
「うん。強いってことは魔力が膨大ってこと。斧を振り回しているようなものかな。斧で薪を割るのは得意でも、斧でキャベツの千切りしてみてよ、って言われても無理でしょ?」
「無理ですね……」
「昔のあたしはそうだったんだよ。刃物の扱いは斧しか知らないから、千切りしてって言われたら斧を持ってキッチンに立つしかないの。そんな奴いたら『おい、待て、落ち着け!』って止めるでしょ? それを止める方法が座禅だったってわけ」
上手く伝わったみたいで、クロエちゃんは何度も頷いていた。
「曾お祖父ちゃんにはどれくらいの期間、教わっていたんですか?」
「そんなガッツリ修行したってわけじゃないよ。ちょっと話を聞いて、あたしの錬成を見てもらったって程度。一週間も経ってなかったんじゃないかな?」
「だから、お祖母ちゃんともそこまでの接点はなかったんですね」
「まあ、ね」
「何かあったんですか?」
「いやぁ、ガッツリじゃなかったけど、短期集中的ではあったんだよね。お父さんを一人占めしちゃってたわけだよ」
コレットはわかっていないようで、首を傾げていた。でも、クロエちゃんの方は気付いたらしく、くすっと小さく笑っている。
「妬かれちゃったんですね。けど、わかりますよ、その気持ち。私だってミアさんと二人で世界樹やメノウム大樹海を探索してみたいんですからね」
「えっ? ちょ、ちょっとクロエちゃん!? それならそうと――」
「冗談です、半分は」
「半分!?」
「ミアさんは人助けをしているだけですから。誰のことも放って置けない。私はそう言うミアさんが好きですから。それに、こうやって知らない場所に連れて行ってもらえるだけで嬉しいです」
「もう……からかわないでよ……」
そんなこと言われると、照れるじゃんか……。
けど、あたしたちの今の様子を見て、コレットも理解してくれたようだった。
「お祖母ちゃんも案外、子供っぽかったんですね」
「そりゃ、子供だったからね。それが偉大な錬成術師に名を連ねるとは……。サインでも貰っておけばよかったよ」
出張宿は笑い声に包まれながら、夜を迎える。
エンシェントドラゴンは世界樹を住処としているわけじゃないみたいで、夜になってもトラップに反応はなかった。まあ、初日だし、こんなもんだろう。
そんなことであたしは落ち込まない。寧ろ今、テンション爆上がりだ!
「何これ!? 超絶美味しいじゃん!」
「ふふん、これが世界樹の力よ」
これまた初体験。
あたしは生まれて初めて、料理人と言う職業に感謝した。
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