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ほのぼの!?人助け



「聞いたぜ、出張宿屋の噂!」

「おっ、今度はどんな噂なんだ?」

「何でも今回はあの永久凍土、ノースガルドに宿屋を出店させたらしい」

「ノースガルドに!? マジかよ。確かにあそこには宿屋どころか街もないからな。宿なんてあれば探索も捗るだろうに」

「しかも、原因不明の難病まで治したって話だぜ」

「いやいや、さすがにそれは……。宿屋って言うより病院だろ、それ。けど……」

「ああ。そんな宿屋があるなら使ってみたいもんだぜ」



◇◇◇◇◇



「み、ミアさん! 大変です!」

「ど、どうしたの、クロエちゃん!?」


 宿の玄関を潜るや否や、血相を変えたクロエちゃんがあたしのところに駆け寄って来た。


「お客様の体調がベッドで休んでも良くならなくて……! 意識も朦朧としているみたいで、私やオリヴィアさんにはどうにも……!」

「さっきの冒険者の人たち?」

「いえ、ミアさんが外で作業している間に来た新規のお客様です。初期対応は言われたようにやったんですが、一人だけ妙に苦しそうな女性がいて……」

「わかった。案内して、クロエちゃん」


 一〇五号室。そこに問題のお客はいた。五人組のパーティーで、その中の一人、女性アーチャーと思しき人がベッドの上で仰向けになっていた。付き添っているオリヴィアが温かなスープを彼女に飲ませようと試みるも、口に含んだだけで飲み込めずに口の端から流れ出てしまっている。

 どうしてオリヴィアはスープを飲ませているのか。それはそのスープが薬草を煎じたものだから。そして、ベッドの彼女がガクガクと酷く震え、その顔と唇を真っ青にさせているから。


「ミア、ダメなの! 火炎草を使ったスープを作ったのだけど、少ししか飲めずに効果が出ないわ! もっと飲めたら改善しそうなのだけど……!」

「ううん、これは火炎草じゃ無理。この人も火炎草は食べて探索していたはず。なのに、これだけ凍えてる。つまり、火炎草の防寒効果以上の寒気ってこと。火炎草を使ってなかったら、今頃この人は氷漬けだよ」

「けど、クロエが用意してくれたベッドで寝ているのに……!」


 宿屋は万能じゃない。だから、教会や錬金術屋、薬師屋なんかの人々の生活を助ける店舗がいくつもある。宿屋のベッドで寝れば体力は回復する。けどそれは、絶対の摂理じゃない。


「体の中からの凍結〈内部凍結〉の状態異常は宿屋のベッドじゃ治らないの」

「か、体の中からの凍結……? そんなの聞いたことないです……」


「治らないって、ここは宿屋でしょ!? どうにかしてよ!」


 彼女と同じパーティーの女冒険者が声を荒げる。

 だから、宿屋は万能じゃないんだって。でも、この人を見殺しにするつもりは毛頭ない。


「ねえ、どこかでとーっても可愛いアザラシの赤ちゃんに出会わなかった?」

「えっ? 確かに見掛けたわ。けど、ちょっと触れただけで何もされなかったわよ」

「触れたのはこの人も?」

「ええ。けど、私たちみんな撫でたわ」

「原因はそれ」


 みんな、びっくり仰天って顔だ。まあ、それも当然か。二百年生きてるけど、内部凍結状態の人を見るのは二度だけ。自然界ではちょくちょくあるんだけど、人間がこれに罹るのは滅多にない。

 まあ、だからこそ宿屋のベッドじゃ治らない、ってことにも繋がるんだけどね。


「そのアザラシは〈トードライオン〉って言う魔物の赤ちゃんなんだよ」

「う、嘘でしょ!?」


 トードライオンは主に冷たい海に生息するトドやセイウチに似た魔物だ。成獣で大体二、三メートル。重さは二百キロにもなる巨漢魔物だ。鋭く大きな牙が特徴的で、硬い表皮と分厚い脂肪のせいで物理攻撃はなかなか効かない、戦士泣かせの魔物でもある。

 そんな厄介な魔物ではあるんだけど、生まれてすぐは愛くるしい姿をしている。大人の、恐ろしい姿しか知らない人にとっちゃ驚きだろう。


「トードライオンの子供は大人ほどの表皮を持っていなくて、綿毛みたいな体毛で全身を覆ってカバーしてる。けど、雪国には獰猛なハンターがたくさんいるよね。そう言う奴らから身を守るために、トードライオンの子供は体の中から相手を凍り付かせる分泌物を体から出すの。この赤ちゃんを食べようと牙を剥けば、口内の粘膜から分泌液が吸収されて、内側から体が凍り付く」

「わ、私たちはそのアザラシに触れただけよ! 狩って、食べたわけじゃない!」

「この人、アーチャーだよね? 指に矢を引いた傷が見える。多分、そこから分泌液が入ったんだよ。この症状は稀。そもそも治癒することを想定してない。だから、宿屋の回復能力の範囲外なの」


 宿屋のベッドはお客の体力を回復させる分、複雑な仕組みや制限があったりするんだ。


「……た、助かるの? ううん……助けて……! お願い……しますっ!」

「助けてやってくれ! 金ならいくらでも払うから!」

「お願いします、店長さん!」


 もちろん、助けますよ。あたしは宿屋グランベルジュの従業員だからね。あっ、店長はクロエちゃんだかんな。感謝すべきはオーナーであるクロエちゃんに、だ。そこは間違えないでもらいたい。


「もちろん、大丈夫。宿屋グランベルジュは全てのお客様を、あたしたち三人の全力で癒す場所だから」


 さて、ちょっと荒療治になっちゃうけど仕方ない。一番手っ取り早く、確実に治す方法はこれしかないもんね。


「クロエちゃん、急速回復用のベッドを用意してもらっていい? オリヴィアは滋養強壮料理をお願い。とびきり精の付くやつでね」

「了解です!」

「わかったわ。任せて」


 オリヴィアは客室を飛び出して厨房へ。クロエちゃんはもう一つあったベッドを仕立て直す。

 宿屋で眠るとどうして体力が回復するのかって言うと、そのベッドに秘密があるからだ。宿屋のベッドは特別な紋章が施されたもので、指定した宿屋のみでその効果を発揮する。つまり、Aと言う街用に作ったベッドはAの街の宿屋でしか使えないんだ。更に、この紋章は「宿屋」って言う建造物と連動しているから、例えば自分の家に回復ベッドを置くことはできない。置きたいなら自宅を宿屋にしないとダメってこと。必然的に宿屋を営業しないといけない。

 あと、同じAの街だったとしても店を別の場所に移転させた場合、前のベッドは使い物にならなくなる。つまりは買い替えないといけない。しかもまた、このベッドは誰でも作れるってわけじゃないから、かなり高価なんだ。


 それで、だ。あたしたちの出張宿屋のベッドはどうしているんだ、って言う疑問が出て来るよね。普通なら宿屋の場所を変える毎にベッドを買い替えなきゃいけない。けど、そんなことをしていれば採算なんて皆無だ。それにそもそも、この建物はあたしの魔法で造ったもの。宿屋ベッドと建物を同期させるためには宿屋申請が必要になる。それはその街だったり、国だったりに申請するもので、早くても一週間は掛かる。

 普通に考えれば出張宿屋なんてできっこない。けど、それを可能にしているのが、オーナークロエの能力ってわけ。


「ミアさん、急速回復ベッドの準備ができました」

「ありがと。じゃあ、そっちに移動させよう」


 宿屋のベッドを作る魔工具技師は、宿屋として申請された建物の土地を調べ、地脈やマナの流れを測定。そこに合った紋章を作成し、それをベッドに施す。ここまでの工程で一ヶ月は掛かる。

 けど、クロエちゃんはそれをベッドメイクって作業の中で完結させてしまうんだ。つまり、クロエちゃんが用意したベッドは、宿屋と同質のものに変化する。


 これが魔法なのか何なのか、正直あたしにもわからない。二百年生きてきてこんな話は聞いたことがないし、魔法だったとすればそれはあたしの理解と想像を遥かに超えたものだ。

 クロエちゃん本人に聞いてみても「何かいつの間にかできるようになってたんですよねぇ。生まれ付きの体質? みたいな感じですかね?」と、あっけらかんとした様子。生まれ持ったものなら天賦の才だ。

 どうも発動条件や発動範囲なんかもあるみたいで、魔術には近いと思うんだけど、その辺は追々、考えていこうと思う。


「けど、ミアさん。回復速度を上げても、結局この内部凍結は宿屋の能力じゃ治せないんですよね……?」

「うん。だからこれは、単純にこの子の体力を急速に上げておきたかったってこと。これからの治療に耐えるために、ね」


 宿屋のベッドは一晩寝ることで体力を回復させる。けど、中にはお急ぎのお客もいたりする。そんな時に使われるのが急速回復用ベッドだ。これなら仮眠程度で体力を全快させるんだけど、その分普通の宿泊料より割高になる。


「治療って、やっぱり体の中から温めるって感じですか?」

「ううん、逆。この子を一旦カチカチに凍らせる」

「ええっ!?」


 クロエちゃんだけじゃなく、仲間の冒険者たちも同じように驚いている。まあ、そうなるよね。寒がってる子を更に冷たくさせようとしているんだから。


「ちょっと言い方が変かも知れないけど、この子を一度、瞬間凍結しちゃおうってこと。一種の仮死状態だね。だから、本当に死んじゃわないように体力を戻しておきたいの。で、凍結させるとどうなるか。この子の体に巡っているトードライオンの分泌液も当然凍る。体液や血液に混ざった分泌物を取り除くのは難しくて、時間的にこの子がもたない。けど、凍らせて固形にしてしまえば魔法で素早く除去できるってわけ」

「そっか。分泌物さえ取り除いてしまえば、この人は単なる凍結状態。宿屋のベッドで治療ができます」

「うん。短い時間でも仮死状態になるわけだからね。オリヴィア特製の料理を食べてもらって、元通り以上の元気を取り戻すって算段だよ」


 そろそろこの子のHPも回復した頃かな。じゃあ、早速……。

 あたしはベッドで眠る彼女に掌を翳し、魔力をそっと籠める。指先に僅かな冷気を感じると、彼女の全身からふわっと、粉雪みたいな小さな氷の結晶が舞い上がった。見た目にあんまり変化はないけど、今の彼女に触れると冷たく、かちんこちんだ。

 お仲間の冒険者たちはみんな、心配そうな様子。そりゃ当然だ。目の前で仲間が氷漬けにされたんだから。さっさと治療して、安心させてあげよう。


「うん、体力的にも問題なし。治療に取り掛かるね」


 これは解毒魔法の要領と変わらない。体内の毒素を魔力で探って除去するのと同じだ。治癒魔法の基礎的技術。だから、あたしに掛かればほんの数秒で、


「はい、オッケー」

「も、もう!? これでこの子は助かったの!?」

「うん。あとは凍結解除の魔法を施して、ここで眠っていればすぐに目が覚めるよ」


 あたしの言葉通り、彼女は程なくして目を覚ました。特に体に異常はなく、オリヴィアが作ってくれた料理を美味しそうに食べていた。予想通り元気になりすぎて「今すぐ狩りに行きたい!」とか言っていたけど、あたしともちろん仲間たちも断固反対。大人しくベッドに戻ってくれた。


「ありがとう、本当に助かったわ。少ないけど、受け取って」

「今はこれくらいしか出せないが、これからのダンジョン探索で見付けたお宝や魔物の素材なんかを譲るよ。それを今回の謝礼にしたい。いいか?」


 と、お仲間たちからは感謝の言葉とチップを頂いた。この先の謝礼についても断る理由はない。あたしたちは慈善活動をしてるわけじゃないんだ。それ相応の報酬を頂くのが商売。安く見られちゃ宿屋〈グランベルジュ〉の看板が廃るってもんよ。


 その後も冒険者パーティーは挙って来店。徐々に客室は埋まり、夜には満室となった。予め探索参加パーティーの数を聞いて部屋を用意していたから、満室になったってことは脱落パーティーがいないってことだ。これは素直に嬉しい。

 ただまあ、満室だと忙しいことには間違いなくて、あたしたち従業員が一段落付けたのは、日付も変わる頃だった。


「お疲れ様です、ミアさん、オリヴィアさん」

「やっぱ初日はいつだって忙しいよね。クロエちゃんはベッド用意しなきゃだし、あたしは宿屋を建てたり目印作ったりしなきゃだし、オリヴィアは一から料理しなきゃだし」

「そうね。だからクロエ、肩揉んで」

「コラっ、あたしのクロエちゃんを扱き使うな!」


 クロエちゃんが淹れてくれたハーブティーを飲みながら団欒するこの場所は、あたしたち従業員用に用意したスタッフルームだ。宿の受付の裏を居間みたいにして、ここからそれぞれ三人の個室へ行けるように設計しておいた。

 ちなみにテーブルや椅子なんかの家具もあたしの魔法によるものだ。


「それにしても、今回の一件は驚いたわ。内部凍結、だったかしら。あんなもの初めて見たわ」

「あたしですら二回しか見たことないんだもん。かなりのレアケースよ」

「けど、対処法はしっかり把握してる。さすが二百歳のお婆ちゃんね」

「それ言うなっていつも言ってんでしょっ。けどまあ、あたしでも知らないこと、わからないことはいくらでもあるよ。と・く・に、クロエちゃんの能力はマジで意味不明だしね」

「そ、それも言わない約束じゃなかったですか!? オリヴィアさんのせいで、私にまでとばっちりが来たじゃないですか!」


 ぷんすか怒るクロエちゃんはいつ見ても可愛いなぁ。いやー、癒される。


「けど、ミアに会うまでクロエは自分の力に気付いてなかったのよね?」

「はい。元々は普通に街で宿屋を、両親が経営していたんです。けど、魔王が倒されたのを機に冒険者に転職したんです。元々、冒険者に憧れてたらしくって。でも、魔王が怖くてできなかった。今は踏破されたダンジョンを周回プレイしてるみたいですよ」

「なかなか……個性的な両親ね。それでクロエは両親から宿屋を引き継いだわけね。どうにか一人で宿を切り盛りしていたある日、ミアが宿に来て、クロエの能力に気が付いた、と」

「お客さんとして来たんじゃなく、私が招いたんですけどね。まあ、流れとしてはそんな感じです」


 そう言えば、オリヴィアにはあたしとクロエちゃんの出会いを詳しくは話してなかったな。オリヴィアをグランベルジュの従業員としてスカウトしたのは出張宿屋をやり始めた頃で、この出張スタイルを確立しようと忙しくて、話す暇もなかった時期ではあったか。


「ミアはどうして気付いたの?」

「クロエちゃんの宿屋のベッドで寝ようとした時だね。なーんか、普通の宿屋のベッドにしてはマナの流れが妙だなーって思ってさ。ベッド引っ繰り返して紋章を確かめてみたら、こっちも引っ繰り返りそうになったよね」

「……そう。で?」

「いや、今の笑うところだから。無な顔すんなし」


 こほん。と、咳払いを一つ。


「いい機会だし、最初から話そっか。あたしとクロエちゃんがどうやって出会ったのか。どうしてこの出張宿屋〈グランベルジュ〉を始めたのか」


 あたしとクロエちゃんとの出会い。それは一年って言う、二百年生きてるあたしにとっては「昨日?」ってくらい最近の出来事だ。


 いや、うん……昨日は盛りすぎた。


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引き続き宜しくお願い致します。

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