ほのぼの拒否
「ふぅー、これで全部討伐、か?」
「おそらくね。けど、まさかこれほどの群れだったとは思わなかったわ」
「あんたもお疲れさん。助かったよ、手を貸してくれてありがとう」
「いや、構わねえよ。基本ソロなんだが、あれだけの〈ゴブリン〉に追われていたら、助けないわけにもいかないさ」
「しかし、ここから街までは結構あるな……。こう言う時、出張宿屋のありがたみがよくわかるぜ」
「なっ! あんたら、まさか〈グランベルジュ〉を知ってるのか!?」
「ええ。〈ノースガルド〉に行った際に利用したの。あの宿がなければ全滅してたでしょうね」
「だな。全身氷漬けかクマの餌になってたか」
「その話、詳しく聞かせてくれないか!? まず〈グランベルジュ〉って言うのはどこにあるんだ!?」
「〈サンローイ〉だ」
「さ、〈サンローイ〉か……。かなり遠いな……」
◇◇◇◇◇
今、あたしはサンローイの北に広がる森林地帯にいる。わざわざ出張するような距離じゃないし、今回は宿とは別件だ。
何でもここで〈ファントムウルフ〉が多数目撃されたそうだ。ファントムウルフは漆黒の、静かなハンター。物陰に潜んで獲物を狙い、素早い動きと鋭い牙と爪で相手を瞬殺する。
街のギルドに討伐依頼が出されたそうなんだけど、何人もの冒険者が病院送りとなった。遂には領主様直属の騎士団が動くことになったけど、それでも討伐は叶わない。そこであたしに声が掛かったと言うわけ。
つまり今回は、領主パトリック様からの依頼ってわけだ。そりゃ、断るわけにもいかないよね……。
「ギルムのおっさんの件でかなり信頼されちゃったからな……」
もちろんそれはいいことなんだけど、野暮用が増えるのは勘弁して頂きたい。クロエちゃんにも心配掛けちゃうし。
ああ、当然二人は宿で留守番だ。
パトリックさんはウルフ討伐にあたって、騎士団の精鋭を何部隊か貸し出そう、と言ってくれたんだけど、一人の方が気楽だからと断わった。実力を見せ付けて、ますます期待されるのも嫌だし。
……おっと、囲まれた。数は三匹。〈ライトニング〉の準備はオッケー。
ファントムウルフ狩りは結構楽なんだ。適当に歩き回っていれば、鼻のいい奴らは勝手にあたしを捕捉してくれる。何匹かで囲んで来るから、こっちは知らない振りしてボーっとしてればいい。そしたら襲い掛かって来るんで、そこを返り討ちってわけ。
この作戦は無駄に仲間を引き連れてちゃできない。向こうがあたし一人を狙ってくれた方が簡単だ。普通は感知と探知で手一杯になって、襲われると攻撃魔法にまで手が回らなくなるんだけど、あたしは普通じゃあない。
向こうの動きを瞬時に正確に把握しつつ、雷魔法で逆に瞬殺だ。群れの数も結構減ってきたんだけど……。
何だか好戦的だな、このウルフたち……。
ファントムウルフは物陰に潜んで獲物を狙うハンター。言っちゃえば臆病なんだ。だから、群れの仲間が数匹やられると、大体は逃げていく。
それなのに、ここのウルフたちは次々にあたしへと襲い掛かって来る。何か闘う理由があるのか。それとも操られているのか。
うん……? 向こうに大きめの反応……。この群れのボス、とか……?
高い魔力を感知したあたしは、すぐさまその方向へ足を向ける。木々が拓けたそこは小さな広場みたいになっていて、切り株には小さな女の子がちょこんと座っていた。
「どうも、こんにちは」
この子……魔族か。
「こんにちは。あなた、一人?」
「いつもは付き添いがいるんだけど、今日はアルル一人だよ」
アルル。それがこの子の名前か。
見た目は十歳そこらって感じかな? 魔族って人間よりも寿命が長いから、外見で判断しづらいところはあるんだけど。
まあ、何にせよ、あたしより年下ってことは確実だろう。
色白の肌と人間界ではあまり見ることのない桃色の髪。魔族の特徴が顕著な娘さんだ。
「アルルちゃんって言うんだね。何でこんなところに?」
「あなたに会いに来てやったの?」
「あ、あたしに……? 何で?」
「あなた、不老不死の魔術師でしょ?」
ほぅ。初見で見抜かれるとは。誰かから聞いたって可能性もあるんだろうけど、この子はちゃんとあたしを見据えてそう言った。それに、間近でこうして観察してみると、なかなかの魔力量だ。あたしの不老不死スキルを見抜くだけのレベルはある。
「まあねぇ。それがどうかした?」
一瞬、この子がウルフを操ってあたしを襲わせているのかと思ったんだけど、彼女からはそう言った類の魔力は感じられない。多分、これは彼女の才能……いや、カリスマ性ってところかな。
魔族には魔物を従えることに長けた人がいる。この子もその一人で、高い魔力によってファントムウルフが勝手に呼応してしまったんだろう。
「アルルに修行を付けて。アルルを強くして」
「やだ」
「えっ? いや、あの――」
「やだ。無理。絶対嫌」
「だ、だから、あの――」
「やだやだ。いーやーだー」
つっけんどんに答えると、少女は拳と頬をぴくぴくと震わせて、
「ちょ、ちょっとは考える振りでもせんかーい! てか、アルルのお願いじゃぞ! 何で聞かん!?」
ん? この子、キャラが……。なるほど、なるほど。こっちが本性ってわけか。
「そうやって本気でお願いしてきた奴が過去に数人いてね。あたしも敬われるのは悪い気もしないし、稽古してやったの。でも、誰も付いて来られなかった。お前の修行はキツすぎる、とか嫌なこと言って去って行ったよ」
本気でお願いされたんだから、本気で応えるのは当然じゃない。それに、あたしは無理難題を押し付けたわけじゃない。あたしが自分自身に課して、自分でクリアしてきた目標を掲げたんだ。
それなのにキツいだの、鬼だの……。あたしは二百年、その修行をしてきたんだっての。一人で。
「どうせ、あなたも付いて来られない。無理とわかって鍛える気にはなれんのよ」
「ならば、アルルの本気を見せてやるわい!」
「そうそう。こう言うと、大体そんな反応するんだよねぇー」
自分の実力を見せ付けたいがために、あたしが不死だと知ってるから全力で攻撃してくるんだろうけど……痛いから正直やめてほしい。
「喰らえぃ!」
おっ……。この濃密な魔力の量、質、流れ……。あたしを押し潰す圧倒的な重力……。
魔族なら魔王、人間なら勇者や賢者クラスが使う魔法〈グラビティデスフォール〉
「どうじゃ!」
普通に凄い。あたしじゃなけりゃ、地面に叩き付けられた時点で死んでる。そこから更に上から圧力を掛けられて地面にめり込み、全身を擦り潰されて見るも無残な姿になっていただろう。
けど……。
「普通に痛いんだって」
感覚的には「えーい」と腕を振り払っただけ。それだけで、彼女の魔法を掻き消せる。
クレーターみたいに沈んだ地面から立ち上がったあたしは、首や肩の骨をポキポキ鳴らし、服に付いた砂を払いながら、彼女を見上げた。
攻撃されたあたしよりも、明らかに弱ったアルルを。
「筋はいい。けど、魔力の扱い方が下手くそ。今もたった一撃のために余計な魔力まで使ってる。魔法は力を籠めれば籠めるほど威力が上がるってものじゃないの。自分の精神力に左右される。精神力が高くなければ、それ以上の魔力を注いだって無駄。今のあなたが鍛えるべきは、そこ」
あたしが教えるまでもない。あたしに教わるまでもない。まずは自分の心を強くする。彼女はそれだけで十分、伸びる。
「嫌じゃ! 嫌じゃー! アルルはお姉様に鍛えてほしいんじゃ!」
「勝手に姉認定すなっ! お姉様とか呼ばれ慣れてないから、ちょっと心地いいじゃん!」
「じゃあ、決定じゃ! アルルはお姉様の妹なのじゃ!」
「あたしにはクロエちゃんって言う妹がもういるんだい!」
「妹は二人いても構わんじゃろがい! アルルが三女でええではないかえ?」
いや、うちにはオリヴィアがいて、あの子の方が見た目お姉さん。つまり、オリヴィアが長女であたしは次女。クロエちゃんが三女でアルルが末っ子。
……むふふ。こんな楽園みたいな家、あってもいいのかな……――。
「って、いいわけあるかーい! あたしは宿屋の従業員なの! 宿屋グランベルジュを大きく育てたいの! 弟子を取って育てたいわけじゃないの!」
「……アルルがこんなに頼んでもか?」
瞳をうるうるさせる少女。
弟子を取る気はないけど、幼い女の子を泣かせる気はもっとない。
「真面目な話しよっか」
あたしは頭を掻きながらアルルに歩み寄る。
「正直、アルルの実力はかなり高い。けど、自分の身に余る実力を持っている部分があるの。それはどうも、才能とかセンス、或いは遺伝的なものだとあたしは思う。先天的な力を補うのは、後天的な力だと思わない? 生まれ持った力を、どう上手く活用するか」
そう。例えば、クロエちゃんみたいに。
「それは弛まぬ努力なんじゃないかな?」
クロエちゃんはあたしと出会って自分の才能に気付いても、驕らず思い上がらず、今までしてきた日々の努力を続けているんだ。
「アルルは自分で、自分に満足する努力って何かやった?」
「……やってない。いや、まだやれてないのじゃ」
「うん、そうだよね。努力って積み重ねるほど、まだまだ上が見えるんだよ。こんなのじゃ、まだ満足できないって思うっちゃう。そんなことしてたら、あたしは二百年も生きてたってわけさ」
「お姉様も、未だに努力してる、と言うこと?」
「もちろん。ただそれは、強さ、ではないけどね。さっき言ったように、あたしはグランベルジュのレベル上げに努力を注いでるんだ」
アルルに歩み寄ったあたしは、彼女の頭にそっと手を置いた。
「あたしは二百年、ずっと一人で修行してきた。誰かに教わった経験がないから、誰かに教えるってことがそもそも苦手なのかも。あたしは前だけ見て、走ってただけだから。だからさ、アルルはアルルのペースで走りなよ。そしたら、いつの間にか肩を並べて走ってるだろうからさ」
響いた。そう思ってもいいのかな。
アルルはあたしの胸に顔を埋めてくれていたから。
「お姉様の名前、ちゃんと聞いてなかったのじゃ……」
「ああ、確かに。あたしはミア・グロリアンスだよ」
「アルルはアルフィード・インゲノール・アルカンタ」
「んん……? あ、アルフィード・い、いん……」
「アルフィード・インゲノール・アルカンタ」
いや、長いし! 憶えられんし! それで略して「アルル」なのか!?
それからあたしは、ふわふわで柔らかいアルルの髪質を掌で存分に楽しみ、森の中で彼女とは別れた。
アルルが転移魔法でどこかへと飛ぶと、森の中も落ち着いたようで、ファントムウルフの気配はなくなっていた。これで領主様の依頼は達成かな。
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