ほのぼの逆襲
「いらっしゃ……って、またお嬢ちゃんかい。今日は何をご注文で?」
「オレンジジュースをお願い」
「かしこまりました」
「ねえ、マスターさん。いつもここで、お酒を飲みながらお喋りしていた冒険者さんたちは?」
「ああー。噂の宿屋について調べる、と言っていたから、どこかに出掛けているのかも知れないね」
「ちなみに、マスターさんは〈グランベルジュ〉について知ってることはあるの?」
「彼らと同程度、くらいかな。ただ……彼らの話題には上がっていない、私が知っている話は一つある」
「何、なに?」
「知っていると言うか、考えればわかる、に近いかも知れないね」
「勿体ぶるのね、マスターさん」
「あの宿屋が噂になる理由の一つに、貴族や著名人の依頼を受けた、と言うのがある。つまりは〈グランベルジュ〉には太いパイプがあるんだよ」
「ふむふむ。それで?」
「三流貴族が楯突けばどうなるか、は想像に易いと言うお話さ」
「……面白そうね、その宿屋。アルルにはピッタリかも」
◇◇◇◇◇
ギルムとか言うおっさんがいちゃもん付けに来た翌日、あたしはとある用事を終えてライラックの街を探索していた。ライラックはサンローイに比べると海が近いから、舶来品も結構出回っているんだ。
オリヴィアには調味料とリキュールを頼まれていたっけ。
おっ、あのグラス、可愛い。クロエちゃんが好きそうだ。
と、二人へのお土産も忘れずに購入して、あたし自身の買い物――いや、グランベルジュの買い物もしておかないと。
「ねえ、おばさん。〈オニグモ芋〉か〈フジドクロ瓜〉ってある?」
「オニグモ芋はあるけど、フジドクロ瓜はないねぇ。あっ、けど、向かいの爺さんの商店で見た気がするよ」
「ほんと!? ありがとう。じゃあ、オニグモだけ買ってくね」
「毎度あり。けどあんた、若そうなのに料理好きかい? 妙な食材買い集めてるねぇ」
「料理するのはあたしじゃないけどね。食べてみたいものがあるのさ」
あたしが買い漁っているのは名前はもちろん、見た目にも美味しくなさそうな食材ばかりだ。けど、今回はこいつらがいい仕事をしてくれるはず……いや、してもらわないとダメなんだ。
「さーて、帰りますか」
転移魔法でサンローイへ。グランベルジュに戻ると、厨房の方からいい匂いが漂っていた。もうすぐお昼だ。
「ミアさん、お帰りなさい。どうでしたか?」
「引き受けてくれたよ。あとは結果待ち、かな。こっちは大丈夫だった?」
「はい、今のところは何も」
さすがに立て続けに嫌がらせには来ないか。それとも、何か別の策でも練っているのか。どっちにしろ、あたしたちもまだ動けない状況だから、膠着状態は大歓迎だ。
「動き出すのはあたしたちが先か、向こうが先か……」
進展があったのは、それから三日後のこと。一通の手紙が届いた。
「オッケー、明日だ」
「結構早かったわね」
「どうやら今回の件はマルクスとギルムだけが動いていたみたい。深く探りを入れる必要もなかったんじゃないかな。それより、オリヴィアの方は準備オッケー?」
「ええ、もちろん。食材も希望通りのものが揃ったし」
今日まであたしはいろんな街に飛んで、各地で食材集めをしていた。それらは魔道具袋に入れてあるから劣化の心配はない。
今回は宿屋の仕事じゃなくて、宿屋を存続させるための仕事って感じだね。
その日はゆっくり休んで、翌日……――。
お昼前に三人で向かったのは、サンローイにあるお屋敷だ。話は既に通っていたみたいで、執事か使用人らしき人が厨房に案内してくれた。
前のライラックのオルレアンさんの屋敷でも思ったけど、貴族が住む家のキッチンって広いよねぇ。日常でここがフル稼働することなんてあるのかな?
「ミア、ボーっとしてないで食材を出して」
「はいよー」
中央の作業台に並ぶ魔界固有の食材の数々。あたしにはもちろん、クロエちゃんにもどんな風に使うのかはわからないそうだ。
なので、今回のあたしは足手纏い以下。クロエちゃんは事前にオリヴィアから教わり、フォローに徹するって形だ。
「じゃあ、あたしは向こうの様子を見てくるね」
お屋敷をウロウロするわけにはいかないから、彼がどこの客室にいるのかは聞いておいたんだ。その扉を探し、ノックする。誰何されることなく開いたドアから姿を見せたのは、
「やあ、ウェルさん」
「久しぶり、でもないか。この間、会ったのだし」
そうなのだ。この間、あたしがライラックに行ったのはウェルさんに会うためだったんだ。
「立ち話も何だ。中へ」
「いいの? オルレアン様は?」
「もう既にパトリック様と会談中だ」
パトリック・フィアローゼス。ここ、サンローイの領主であり、この屋敷の主でもある。
そう。あたしたちは今、領主様のお屋敷にいるんだ。
「悪いね、いきなり無理聞いてもらっちゃって」
「いや、構わない。ミア殿にはラキュウの件で大変世話になったからな。オルレアン様も快く引き受けて下さったよ」
だだっ広い客室にはウェルさんしかいなくて、部屋の中央にあるソファーで向かい合わせに座っていた。
お礼も早々に済ませ、細かい手筈を話し合った後、あたしは客室を後にした。厨房に近付くにつれ、だんだんといい匂いが漂って来て、どうやらこっちも準備は整ったみたい。
「はてさて、開戦の狼煙はいつ上がるのやら」
「ミアがもし勇者パーティーにいたら、魔王戦の前はこんな感じだったんでしょうね」
「頼もしい限りですね」
客室の扉とは違う、一際豪華で装飾の凝った扉の前で、あたしたち三人は合図を待っていた。
様子を窺う扉の向こうからは、小さいながらも声が聞こえている。
「そろそろ、昼ですね。パトリック殿、どうですか? 昼食をご一緒に」
「そうですな。では、すぐ用意させましょう」
「実は私が用意させて頂きましてね」
「ほう、オルレアン殿が?」
「ええ。サンローイには恩人とも言える知り合いがいましてね。その方に作って頂いたのです」
「そうなのですか!? それは楽しみだ」
「では……入ってくれ」
来たー!
あたしはにやりと口許を緩ませて、扉を開け放つ。
「彼女たちが?」
「そうです。グランベルジュと言う宿屋の方々です。以前、世話になりましてね」
「確か……出張宿屋と言う、面白いことをしている宿だったか」
へぇー、領主様にも知ってもらえているとは光栄だ。けど、まずここは礼儀を弁えるべきだね。
あたしたちは深く頭を下げてから、もう一度部屋にいる面々の顔を見渡す。
オルレアンさんは全てを知っているからか優しく微笑んでくれている。パトリックさんはどこか物珍しそうにあたしたちを眺め、そして……ギルムのおっさんは口をあんぐり、だ。
「お初にお目にかかります、パトリック様。私たちは宿屋グランベルジュの者。そこのオーナーのクロエと申します。今日はオルレアン様に依頼を頂きまして、昼食をご準備させてもらいました。腕を振るったのは私の宿の料理長、オリヴィアさんです」
さすがは生粋の宿屋っ子。丁寧な対応はお手の物だ。
「ほう。彼女はどうやら魔族のようだな。では、今回の料理は……」
「はい、魔族料理になります」
「何と! 魔族料理は初めてだ! それは楽しみだな!」
嬉しそうなパトリックさんの前に、そしてまだ一言も発せないギルムの前にも料理が置かれる。
魔族料理は基本、見た目よりも栄養素。武骨で色彩に欠けるものが多い。そこで、調理法や味付けは魔族料理のまま、色合いや盛り付けをクロエちゃんがアイディアを出して、完成させたのが今回の料理なんだ。
「……うむ。美味い!」
よしっ!
「これは根菜の煮物、だろうか? どれも味が染みていて美味い。この芋などは箸で簡単に割れるほど煮込まれているにも拘らず、食材本来の大地の味を感じられる」
お、おう。
「それは悪く言えば、泥臭いとも表現できるがこの場合は違う。食材の旨さを殺さず活かす、この出汁が美味いのだ」
へ、へぇー。
「なるほど……。魔界の食材は雑味が強いと聞くが、それでも美味しく食せる努力があったのか。見た目も地味と聞いていたが、これは違う。ニンジンやパセリなど、人間界の食材も使って彩りが豊かだ」
……何て言うかさ、
「これはただの魔族料理ではない! 人間と魔族が共存している料理! 人間と魔族の結束! 料理による共存宣言だ!」
パトリック、食レポ上手くね!?
「気に入ってもらえましたか? ささっ、ギルム殿も冷めないうちどうぞ」
「は、はい……」
「怖がらずとも呪いなど掛けられてはいませんよ」
「な、なぜそれを……!」
「美味しさのあまり虜になってしまう魔法なら掛かっているかも知れませんがね」
驚愕の表情を浮かべるギルムに、事情がよく理解できずに困惑した様子のパトリックさん。
さて、うちにちょっかい出したことを後悔させてあげようか。
「オルレアン殿、何のことだろうか?」
「実はギルム殿のことを少し調べさせてもらいましてね。どうも彼はグランベルジュに根も葉もない噂を立て、営業を妨害していたようなのです」
「な、何ですと!? それは本当か、ギルム!?」
領主様の形相に、ギルムも息を呑んで、ぶんぶん首を左右に振る。
「ち、違うんです、パトリック様! 私は宿屋マルクスに吹き込まれただけなのです! グランベルジュには魔族の料理人がいて、それが客を惑わしている、と!」
「お金を貰っておいて、吹き込まれた、とは言えないのではありませんか?」
「ギルム、貴様! 賄賂まで受け取ったのか!?」
「それだけではないようですよ、パトリック殿。彼は街の開発費にも手を出しているようです」
おう、それは初耳だ。けど、これは決定打になったね。
パトリックさんは顔を真っ赤にさせ、ギルムに詰め寄る。胸倉を掴んだかと思うとギルムを投げ飛ばし、尻餅を衝いたおっさんに警備兵が警棒を突き付けた。
「こいつを牢に入れておけ! 後でみっちり尋問だ!」
「はっ!」
待て! 弁明を! 弁明をさせてくれ!
とか、おっさんは騒いでいたけど、二人の警備兵には敵うわけもなく、部屋から強制退場となった。
「お恥ずかしいところを見せた。そして、きみたちグランベルジュには本当に申し訳ないことをした。すまない」
「お、おやめ下さい、領主様! 私たちはいつも通り、普通に営業できるだけで十分ですから」
「しかし……」
「それに、せっかくの料理が冷めてしまいますよ。まずはグランベルジュの味をゆっくり楽しんで下さい」
少しぽかんとしたパトリックさんだったけど、すぐに肩を揺らせて大笑い。それもそうだ、とオリヴィアの料理を綺麗に完食してくれた。
「オルレアン殿は彼女たちに頼まれてギルムのことを調べたようだが、なぜきみたちはオルレアン殿に相談したのだ?」
まあ、そうなるよね。ギルムはパトリックさんの部下なわけだし、直接パトリックさんに相談した方が早いに決まってる。オルレアンさんに醜態を晒すこともなかったんだし。
けど、それには当然理由がある。そして、それを言うのはあたしの役目だろうね。
「それはですね、パトリック様。あなたとギルムが繋がっている可能性があったからです」
「な、何?」
「もし、今回の件が領主であるパトリック様も一枚噛んでいるとなると、宿屋を営業するどころか、あたしたちはサンローイの街にいられなくなるかも知れない。そこで、親交のあったオルレアン様に協力を仰ぎ、ギルムのことを調べてもらったんです」
「……確かに、そうだな。共謀していなかったとは言え、私は奴の不正に気付けなかったのだ。信頼に足る人物ではなかっただろう」
「そこまでは言いません。安全な道があるんだから、わざわざ危険を冒す必要はないって思っただけです」
それに、棚ぼた形式で奴の資金着服も発覚できたんだから、万々歳って感じだ。
「ふむ。あとはマルクスの宿屋にも何かしらの処罰は必要だな」
「一番軽いのでお願いします、って。うちのオーナーがね」
「か、軽い!? それだと注意だけになるが……? きみたちが願うならば、マルクスから営業許可を剥奪することもできるのだぞ?」
「それはさすがに不味いんですよ。マルクスの宿屋がなくなれば、うちに客が一気に押し寄せる。そうなったら、あたしたちだけじゃ捌き切れない。疲れている人を休ませてあげられないなんて、宿屋として最低だ」
最後の一言はクロエちゃんからの受け売りだけど、あたしも最近そう思えるようになってきた。着々とあたしは宿屋従業員に染まっているんだろうね。
「マルクスの宿屋は確かに商売敵です。けど、なくなってほしいわけじゃない。一緒に高め合って、サンローイの街をもっと盛り上げて、最終的にうちの方が人気宿になりたいってだけです」
「なるほどな。その心意気、しかと受け取った」
「だから、是非マルクスの方にも伝えてやって下さい。オーナークロエの寛大なる慈悲を」
「うむ、心得た!」
この展開は予想してなかったみたいで、クロエちゃんはあたふたしている。「何で私がいつの間にかいいとこ取りしてるんですか!?」って顔に書いてあるけど、いいじゃない別に。オーナーなんだから。
その後、パトリックさんと少し話し、オルレアンさんとウェルさんにはもう一度お礼をしてから、二人を街の外まで見送った。
今回の一件、結果としてギルムのおっさんは横領罪で逮捕。マルクスの方には領主様が直々に出向き、注意とそして、クロエちゃんの意向を伝えたそうだ。それで改心したんだろうか。マルクスがグランベルジュにやって来て、涙ながらに謝罪したのだった。
一発くらい殴ってもバチは当たらないと思うんだけど、当然のようにクロエちゃんは和やかに握手を交わしていた。
ほんと、優しい子だよ。
けど、結果としては大成功。商売敵の牽制を躱しただけじゃなく、これ以上ちょっかいを出されることはなくなった。何より、領主様の信頼を得た、って言うのが一番大きいよね。
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