ほのぼの回顧
これはオリヴィアと出会った時の話。
あたしが宿屋にはどんな仕事があるのかを知り、少しずつそれを実践できるようになってきた頃の話だ。
「今回もお疲れ様でした、ミアさん」
「いやいや、お疲れはクロエちゃんの方でしょ? あたしがいろいろ足を引っ張っちゃったからね」
出張宿の依頼を終えたあたしとクロエちゃんは、サンローイの食堂で打ち上げ兼昼食を頂いていた。
依頼内容は中級ダンジョンに宿を構える楽なものだったんだけど、料理を運び間違えたり、運ぶのを忘れたり、お客の案内をミスったり。宿屋としての仕事はまだまだ修行が必要だ。
「いえ、やっぱり不老不死のスキルを手に入れるだけあって、ミアさんは呑み込みが早いと思います。私なんて宿屋で育ったって言うのに、未だにミスしたりしますもん」
「クロエちゃんはちょっとドジっ子くらいな方が可愛いから大丈夫」
ただまあ、正直なところ、ちょっと考えなきゃな、とは思うんだ。
「でもさ、現実的に見てクロエちゃんの負担は大きいと思う。ベッドを用意して、お客さんを案内して把握して、料理を作って、更にあたしのフォローまでさせちゃってさ……」
「大丈夫ですよ。ミアさんが私に身体強化の魔法を掛けてくれるから、いつも以上にテキパキ動けますし」
「クロエちゃんを楽させたいわけじゃないの。宿屋としてのクオリティー、お客さんの満足度を上げたいんだよ。そのためにはもう一人くらい従業員がほしいと思うの」
「確かに……。ちょっと仕事が貰えて自惚れていたのかも知れません。本当はもっともっと忙しくないと、マルクスさんの宿には勝てないんですよね。それを二人で捌くってなると……正直、無理かもです」
そうなんだ。こんな小さな依頼を達成して「お疲れさまー」とか言っている場合じゃないんだ。もっと難しい依頼を、何件も熟さないといけない。それでやっと商売敵と肩を並べられるんだから。
「そこであたしは考えたのよ。一番のネックは――」
「いらねえって言ってんだろ!」
そんなに広くはない食堂に、怒鳴り声が響いた。きょろきょろと辺りを見渡すと、食堂の隅にここの店長と一人の女性が立っていた。
「お願いします! 何でもしますから! 皿洗いだけでも構いません!」
「それもいらねえんだよ! て言うか、うちで魔族が働いているってだけで迷惑なんだよ!」
遠目にもわかる。彼女は魔族だ。
魔族が住む土地は劣悪な環境が多く、日照時間もかなり少ない。そのせいで肌の色素は薄く、あの彼女みたいに真っ白な人が多い。それとは対照的に髪色は色彩が豊かで、赤とか青とか紫やピンク、なんて人がたくさんいる。
彼女は夏の青空を思わせる、爽やかな青い髪色をしていた。
「そうだぞー。店に魔族がいたんじゃ、飯が不味くなる」
「早くこっから出て行け!」
「てか、何でここに魔族がいるわけ? 自警団は何しているのよ」
店内のお客から不満と罵声。あたしにとっては耳障り、この上ない声。
挙句の果てには「出て行け」とコールが始まる始末だ。
あの子が何したって言うのさっ! こんなところでも、魔族ってだけで迫害!? ふざけんなっ!
「み、ミアさん、落ち着て……」
「はっ……!」
いつの間にか作ってしまっていた握り拳に、クロエちゃんがそっと触れた。
心の中だけで怒っていたはずなのに、どうやら知らないうちに表に出てしまっていたみたいだ。
「ごめん。聖地巡礼でいろいろ世界を回ったんだけど、どこにでもこう言うことってあるんだよね。よく見た光景だよ。けどね、未だに慣れないんだよね。人間が一方的に魔族を迫害する光景には」
「魔族お断りの宿屋もあるそうです。そこは私も間違っているって思っていて、宿屋だったら宿泊したいお客さんの種族なんて関係ないと思うんです」
「うん、あたしも。それはグランベルジュの理念として、しっかり掲げよう」
クロエちゃんみたく、魔族に歩み寄ろうとする人間も少ないわけじゃないんだ。ただ、少数派なだけに声を上げにくいってだけだと思う。
だから、こう言う現状を見るのは悲しくて、少し辛い。
「……行こっか、クロエちゃん」
「ですね。次はもうちょっと落ち着いた雰囲気のレストランとかに行きましょうか」
「いいねぇ。ここの味には、もう飽きた」
最後の一言を大きめに放ったせいか、隅にいた店長に睨まれた気がしたけど、構わずお会計を済ませて店を出て行った。こんな店、二度と来るもんか。
「ミアさん長生きしてますけど、魔族に友達とかっているんですか?」
「いやー、さすがに魔族の友達はいないよ。そもそも人間の友達だっていなかったのに」
「な、何か、すみません……。じゃあ、闘ったりとかはあるんですか?」
「喧嘩売られたことは何度かあるね。ほら、あたし魔力高いじゃん? 魔法ってのは元々は魔族の文化だったから、魔族は魔法のセンスが高いのね。だから、魔力の探知能力にも優れてるの。それで『おい、お前ちょっと強そうじゃねえか。相手になってくれよ』的なことはあったかな」
「えっ、それで倒したんですか……?」
「ちょっと魔力籠めて睨んだら、泡吹いて失神したよ」
「ミアさん、強すぎ……」
途中、雑貨屋さんに立ち寄って、クロエちゃんと楽しくお喋りをしながら宿へと戻る。今では我が家とも呼べそうなグランベルジュが見えてきたと同時、その玄関付近に青い髪を靡かせる人が立っていた。
あれって、さっきの……?
「どうも、こんにちは」
あたしから先に声を掛けると、青髪の女性が振り向いた。
やっぱり、さっき食堂にいた魔族の人だ。
「ど、どうも……」
「ここ、あたしたちの宿屋なんだけど、もしかして……うちのお客さん?」
「あなたたちの宿屋なの?」
「見た目こんなだけど、ちゃんと宿屋してるよ」
「別に不安とかではないの。気に障ったのなら謝るわ。だから、お願い。泊めさせてもらえないかしら?」
「もちろん、いいよ」
「い、いいの!?」
あたしの即答に驚くところを見るに、ハズレ宿、ばっかり引いてきたみたいだね。クロエちゃんが言ってた、魔族お断りの宿ってやつを。
「うちは人間も魔族も関係なく、宿泊したいお客様にベッドを提供します。料金の方も相談させてもらいますよ?」
「お金の方は大丈夫。心配してくれて、ありがとう。それじゃあ、一泊お願いできるかしら?」
「はい、どうぞ。いらっしゃいませ、宿屋グランベルジュに」
受付に案内して、まずは名前を記入してもらう。最近の宿屋だと職業や住所なんかも記入する場合もあるみたいだけど、グランベルジュでは古くからある宿屋のスタイルでやっていた。
「オリヴィア・アシュロード様、ですね。では、お部屋に案内します」
「案内くらいはあたしがやるよ」
「じゃあ、お願いします。これ、お部屋の鍵です」
クロエちゃんが渡してくれた鍵は思っていた通り、二〇五号室の鍵だった。それはここで一番いい部屋だから。
「オリヴィアは何でサンローイに?」
「あなた、随分とラフな従業員ね。さっきの子とは大違い」
「クロエちゃんは生粋の宿屋っ子だからね。まあ、気に障ったなら謝るけど?」
敢えて彼女の台詞を真似てやると、彼女はくすっと笑うのだった。
「別にいいわ。私もその方が話しやすいし。ええっと……」
「ミアよ」
「そう。よろしく、ミア。私はオリヴィアよ。
それで、さっきの質問に答えると、私がサンローイに来たのは職を探して、なの。魔王様が倒れ、魔族の領地はかなり減った。そこでは働き手が溢れ、なかなか雇ってはもらえないの。だから、私のように人間界で職を探す魔族が数多くいるんだけど……現状は厳しいものよ」
自分たちの国で、街で働ける方が何かと便宜はいい。でも、雇用してもらえるのは僅かな限られた魔族のみ。出稼ぎでどうにか働き口を探そうにも、世間の風は冷たい。
二〇五号室の部屋にはすぐ案内できたんだけど、あたしはそのまま部屋に入ってオリヴィアの話を聞くことにした。
「雇ってもらえても、賃金は通常の半分以下。それでもみんな、無職よりマシだから働く。頑張って、頑張って、魔族だけど認めてもらえる日が来ると信じ……挙句、過労死よ」
あたしは不老不死だ。けど、痛みを感じないわけじゃない。だから、痛かった。苦しいほどに。胸が。
「それでも自棄にならず、あんたは偉いね、オリヴィア」
「な、何よ、急に……」
「自棄になって暴動を起こす魔族もいるのに、オリヴィアはちゃんと正面から向かって、雇ってもらおうって努力してたじゃん」
「も、もしかして、あの食堂に……?」
「いたよ。ちょうど見ちゃってさ」
「みっともないところ、見せたわね……」
「そんなことない。偉いって言ってんでしょ。オリヴィアの努力は、このあたしが認める」
「何言ってんのよ。あなたみたいな小娘に――」
からん、ころん、と玄関の鳴子が揺れるのと同時、あたしが玄関に張ったアラーム魔法が作動する。
「い、いらっしゃいませ……!」
階下からはクロエちゃんの慌てふためくような声。それもそのはずだ。
この数……かなりの団体客だ!
「ごめん、オリヴィア! 話はまた後で。じゃあ、ごゆっくり」
オリヴィアがお客だってことを忘れずに「ごゆっくり」と言えた辺り、あたしの成長ってところじゃなかろうか。
なんて、呑気なことを考えている場合じゃなかった。
一階の受付に来てみれば、共有スペースに集まる人、人、人……。ざっと見た感じでも三十人以上はいる。
「く、クロエちゃん、これは一体……」
「私にもよくわかりませんが、お客さんの話しぶりから察するに、マルクスさんの方の宿屋に泊まれなくて、こっちに流れて来たって感じなんです」
「そんなことってあるの?」
「いえ、普通はあり得ません」
「だとしたら……」
「はい。向こうで何かトラブルかミスがあったのかも知れません」
お客が来てくれるのは嬉しいことだ。けど、それが商売敵の尻拭いの結果って言うのが素直に喜べないところだ。
しかも、こっちはこの数のお客が来るなんて想定外。
「み、ミアさん。ここ、任せてもいいですか?」
「部屋の準備しないと、だよね」
「はい。全部屋、最速でベッドメイクしてきます」
「オッケー。じゃあ、強化魔法掛けとくね」
クロエちゃんの能力は魔法ではないと思うけど、魔法に似ている部分もある。それは、効果が永続しないこと、だ。
あたしの強化魔法も継続時間は長いけど、永遠ってわけじゃない。クロエちゃんが作り出す回復ベッドもそうなんだ。大体、一日で解けて、普通のベッドになってしまう。だから、クロエちゃんは毎日毎日ベッドを綺麗にしているんだ。
「お客様は、ええっと……」
「五名だ」
「なるほど。じゃあ……一〇二号室へどうぞ」
この分だと全部屋使うことになりそうだ。けど、いきなりこんなにも客が来るなんて想像もしてなかったから、今日のベッドメイクは不完全なまま。
クロエちゃんの動きを予想して、準備が整ってる部屋は……。
「えっと、次のお客様は二〇一号室にお願いします」
結局、お客は十三組、人数にして四十五人。客室は十五部屋あるから、ほぼ満室状態だ。
どうにか案内は無事に終わったけど、問題はここから。今、時刻は午後二時半。夕食まであまり時間がないんだ。
「四十五人分の料理ってなると、買い出し行かなきゃだよね?」
「はい……。しかも、そこから作るってなるとあんまり凝った料理は作れません。かと言って、お惣菜を買ったら儲けなんてまるでなし。大赤字ですよ」
「あたしが料理手伝えたらな……」
「悩んでる暇もありません。とりあえず食材を買いに行きましょう!」
「だね!」
と、振り返った瞬間だった。
「う、うわっ! お、オリヴィア!」
いつの間にか背後にオリヴィアが立っていて、心臓と一緒にあたしまで飛び上がっていた。
「ごめん! 今ちょっと忙しくて……!」
「話は聞こえたわ。その料理、私が作る」
「えっ? オリヴィアって……」
そうだったのか。だから、食堂で働き口を探していたんだ。何でもいいから、皿洗いとかの雑務でもいいから、とにかく働きたいって感じだと思っていたんだけど違ったらしい。
「お、お客様にそんなことをさせるわけには――」
「ううん、クロエちゃん。ここはオリヴィアを頼ろう」
「み、ミアさん!?」
「クロエちゃんの気持ちはわかる。けど、現実的に考えて? あたしたち二人じゃ捌き切れない。今ここで、お客の信頼度を下げるわけにはいかないんだ。偶然だけど、ほぼ満室のこの状態。このチャンスを活かさないと」
「……わかりました。では、オリヴィアさん。お願いします」
頭を下げるクロエちゃんに、オリヴィアは「わかったわ」と微笑んだ。
「まずは今ある食材を見せて。そこから買って来てほしい食材をメモするわ」
「だったら、買い出しはあたし一人で十分だよ」
「四十五人分の食材よ!? あなた一人じゃ持てないわよ」
「大丈夫。あたしには魔道具袋があるから」
見た目はただの手提げ袋だけど、生き物以外なら何でも無限に入れられて、重くもならない便利アイテムなのだ。
さっきまではクロエちゃんが料理を作るから、二人で買い出しに行くつもりだったんだけど、メモを用意してくれるなら一人で十分だ。
「クロエちゃんはオリヴィアを手伝ってあげて」
「わかりました。じゃあ、厨房に行きましょう」
宿にある食材を把握したオリヴィアは、数分のうちにメモを書いた。料理ができないあたしにとって、こんな一瞬で段取りを済ませてしまうなんて驚きだ。
あたしはすぐに宿を飛び出して、商店が立ち並ぶ通りへ急ぐ。オリヴィアが指示した食材は肉に魚、野菜やスパイス、調味料などなど。
これ、全部料理するんだよね……? オリヴィアって実はめっちゃ凄い料理人、とか……?
宿に戻ると仕込みはもう始まっていて、オリヴィアは包丁とまな板で軽快なリズムを、食材を刻んでいる。クロエちゃんは何かを煮込んでいるらしい。
「ミア、こっちに豚肉を頂戴」
「あいよ!」
「クロエ、それは数分煮込んだらハーブを入れて」
「了解です。ミアさん、ローリエとオレガノを頂けますか?」
「ええっと、待ってね……。どれがどれだっけ……」
二人が料理に集中できるよう、あたしはサポートに徹するだけだ。食材を運んだり、お皿を用意したり、調理器具を洗ったり。あとはもちろん、二人には俊敏性を上げる魔法を掛けている。
「よし、完成よ!」
「時間は……七時ちょい過ぎ! やったよ、間に合ったよ!」
「お見事です、オリヴィアさん! すぐに手分けして運びましょう!」
オリヴィアが作った料理は、豚肉の香草煮込みがメインで、サラダと小鉢が二種類も付いた、お洒落なディナーだった。もちろん、味も申し分なくて、客室からは感嘆の声が漏れ聞こえていた。
「いやー、ほんと助かったよ。ありがとね、オリヴィア」
「ありがとうございます、オリヴィアさん。働いて頂いた分は、ちゃんとお給金を出しますので」
厨房の片付けをしながらオリヴィアにお礼をすると、オリヴィアは少し恥ずかしそうに視線を宙に浮かせる。大人っぽいけど可愛い反応するじゃん、この子。
「別に、気にしないで。たまには自分を追い込まないと。腕が鈍るもの」
「ああ、それはあたしもわかる。けど、報酬は受け取っておきなよ。これからここで働いて、ちゃんとお給料を貰うんだからさ」
「……はあ? あなた、一体何を……?」
こほん、とあたしは一つ咳払い。
まさか、探していた人材がこんな風に見付かるなんてね。
「オリヴィア、うちで働いて。グランベルジュの料理長になってよ」
オリヴィアはもちろん、クロエちゃんも驚いているようだけど、クロエちゃんの方はそこに嬉しさも少し混ざっているように見えた。
「いいと思います! 私もオリヴィアさんに手伝ってほしいです!」
「い、いや、でも……私は魔族なのよ? 言ってたじゃない、お客の信頼度を下げたくない、って。私が料理をしていたら、お客の信頼に関わるでしょう……?」
「人間も魔族も関係なし。これがうちのモットーですから。お客様はもちろん、従業員も、です」
オリヴィアは「いや、でも」を繰り返していた。まあ、いきなりの話だし即決できないのは無理もない。でも、この出会いに運命を感じずにはいられないんだ。
あたしとクロエちゃんが出会ったように、オリヴィアもまた、ここに引き寄せられたんじゃないか、って。
「料理ができる人手が足りなくて、そこにオリヴィアが来たから誘ってるわけじゃないの。あたしたちはオリヴィアがいいの、オリヴィアが仲間にいてほしいの。この願い、受けてはくれないかな?」
天を仰いだオリヴィアは、ふぅーと小さく息を吐く。そして、視線をあたしたちへと戻し、微笑んだ。
「ダメね。断る言葉が思い浮かばない」
「じゃ、じゃあ……!」
「本当にいいのね? 魔族である私をここに置いても」
「もちろんです。だから、オリヴィアさんも『魔族だから』とか言うのは、これで最後です。これからは魔族以前に、グランベルジュ料理長のオリヴィアさん、ですから」
「わかったわ、よろしくね、二人とも」
こうしてオリヴィアはあたしたちの仲間となったんだ。
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